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紅薔薇姫と白薔薇姫

 ヨークシャー邸、通称白薔薇の館は、城から二十里ほどいったところにある。王宮から追い出され、辺境の地に追いやられたヨークシャーの者たちは、怒りをその身に秘めながらも、めったなことでは城にやってこない。


だから、ヨークシャーの者が城に来るのは、よほどのことがあった時に限るのだ。つまり、今、よほどのこと──紅薔薇の王位継承が認められるか否か──が起きているのだ。


 ミアレス・ヨークシャーは、王との謁見を果たすために回廊を渡っていた。傍に立つ騎士は、物音一つさせずに彼女に付き従っている。ミアレスの歩き方も、その優雅な仕草も、中央から退いているとは思えない堂々たる姫君ぶりだ。


そんなミアレスを見て、城内のものたちはひそひそと話す。


「あの堂々とした様子……まだ十四歳とは思えぬな」

「なんて美しいのかしら。まるで妖精だわ」

「それにあの理知的な目。気品にあふれた歩き方。同じ姫君なのに、スカーレットさまとは随分雰囲気が違うわね」

「まあ、スカーレット様が特殊とも言えるが」


 件のスカーレットは、すっかり定位置となった庭園の東屋にいた。傍らにはルドルフとクロードがいる。時折、回廊をわたる人々の話題が聞こえてきた。皆ミアレスの話題でもちきりだ。


 ルドルフはのんびりと、

「おやおや。まだ登城からわずかしかたっていないのに、ミアレスさまはすいぶんと人気ですねえ」

「確かに威厳があるな。少なくともこいつよりは」


 クロードは、スカーレットをちらりと見下ろした。スカーレットはしゃがみこんで、なにやらぶつぶつ言っている。正しくは、ジョセフと恒例の会話ごっこをしていた。


「スカーレット、ドウシタノ、浮かないカオシテ」

「うん、あのね……ミアレスが来たのよ」

「エー、ホント? ナンノ用事ナノカナ?」

「きっと王位継承権のことだわ。会議に参加して、私の無能っぷりを公開する気なのよ……」


 背筋を震わせるスカーレットに、クロードはおい、と声をかけた。しかし、スカーレットは違う世界に行ってしまっている。


「いっそ逃げようかしら……ジョセフ、一緒に来てくれる?」

「ヨロコンデ!」


 クロードは、スカーレットの髪をくい、と引っ張った。


「いたっ」

「ぬいぐるみと小芝居してる場合か。あのお姫さまが何をする気か、探らなくていいのかよ」

「だって、ミアレスは怖いんだもの」

「怖いんだもの、じゃないだろうが」

「クロード君の裏声のほうが怖いですけどねえ」


 ルドルフはそう言って、


「怖いとおっしゃいますが、ミアレスさまは確か姫さまよりも年下では?」

「彼女は十四歳よ。でも、年齢は関係ないわ。年上だからって、しっかりしてるとは限らないでしょう」

「ああ、だろうな」


 クロードは胡乱な目でスカーレットを見た。彼女はひっしとぬいぐるみを抱きしめて叫ぶ。


「そんな風に冷たい目でジョセフを見ないで!」

「ジョセフじゃなく、おまえに呆れたんだ」


 彼はそう言って立ち上がった。スカーレットは、不安げにクロードを見上げる。


「どこへ行くの?」

「散歩」

「散歩って、ちょっと、クロード!」


 クロードは振り返りもせず、さっさと歩いて行ってしまった。スカーレットは眉を下げる。


「護衛騎士になっても、相変わらず冷たいわ」

「彼が突然デレデレし始めたら、それはそれで怖いですけどねえ」


 ルドルフはのんびりと言い、


「では、クロードがお散歩している間に、我々はお茶でもしましょうか」


 そう続けて、にこりと笑った。スカーレットは、クロードの背中を心配げに見つめていた。



 クロード・ギネヴィアは、謁見室へと向かっていた。閉ざされた扉の前に立ち、中野様子をうかがう。室内から、国王とミアレスの話し声が聞こえてくきた。


「まさかそちらから来るとは思わなかったよ、ミアレス」


 国王の言葉に、ミアレスは鈴が鳴るような声で答えた。


「重要な時期ですもの。辺境地でのんびりなどしていられませんわ」

「辺境地、か」


 皮肉っぽく国王は返す。


「ヨークシャーは十分な土地を与えられているはずだが?」


 ミアレスが笑い声をあげた。


「おかしなことをおっしゃるわ。我が一族はかつて王位を手にしていましたのよ。それを奪ったのはどちらさまかしら」


 会話だけでもぴりりとしたものを感じる。落ち着いた声、物おじしない様子。どれをとっても、十四歳とは思えなかった。


(少なくとも、ぬいぐるみと会話する十七歳とは雲泥の差だな)


 国王はひりついた空気を和ますため、平和的な話題を選んだ。


「ルカリアは元気かね?」

「健康か、という意味ならイエスですが」


 ミアレスの声にひやりとするような響きがにじむ。ルカリアという男の名前が出たあと、少し様子が変わった。


「本来いるべき場所からはじき出された苦しみ……おにいさまはさぞ心を痛めてらっしゃることと思いますわ」


(ルカリアとは誰だ? ミアレスに兄がいるなら、そいつが跡継ぎになるはずだが……)


 その人物について言及すると思いきや、王は苦い声でこう言った。


「……大したもてなしはできないが、ゆっくりしていくといい」

「失礼いたします、陛下」


 そこで会話が途切れた。靴音が近づいてくる気配がしたので、クロードは素早くその場を離れた。柱の後ろに身を隠し、扉を注視する。開いた扉から出てきたのは、ミアレスとひとりの騎士だった。


ミアレスは部屋から出るなり、ぴたりと歩みを止めた。冷たい横顔を見せながら、くん、と鼻を鳴らす。


「ねずみの匂いがするわね──レスター?」

「はい、姫様」


 傍にいた騎士がすっと動いた。その瞳がこちらへ向いた――と思った瞬間。彼は腰に下げたナイフを引き抜き、こちらに投げつけた。


「!」


 クロードは素早く剣を引き抜き、それをはじく。からん、と音を立て、ナイフが落ちた。床を滑るナイフを靴で止め、拾い上げる。刃面を目にした瞬間、手首がぴりりとひりつくのを感じた。このナイフ──毒が塗ってある。


(命を奪うのに、なんの躊躇もないのだ)


「誰? 出て来なさい」


 ミアレスの鋭い声を聞き、クロードは足を踏み出した。金色の瞳がこちらに向く。たしかに美しい少女だ。しかしなぜだ。見ていると、背筋がぞわぞわする。ミアレスはすっ、と目を細め、


「あら、おねえさまといらした騎士ね。お名前は?」

「クロード・ギネヴィア」

「紅薔薇は騎士にねずみのような真似をさせるのね。相変わらず品がないこと。さすが、人のものを盗むだけのことはあるわ」


 王位簒奪のことを言っているのだろう。


「俺が勝手にしたことだ」

「あら、従う者の品格は、主人の品格でもあるのよ」


 ミアレスはにこりともせずに言って、その白銀の髪を揺らした。


「おねえさまによろしく、ねずみさん」


 彼女の傍に立つ騎士は、ミアレスと同じく冷たい目でこちらを見て、音もなく歩き出した。――なるほど、主人と騎士は確かに似るようだ。


「……あれに、スカーレットが敵うのか」

 クロードはそう呟いて、窓から見える庭園に視線をやった。




 薔薇に囲まれた四阿にて、スカーレットはお茶を飲んでいた。カップをソーサーに置き、もう何度目かわからない視線を回廊へと向ける。皿に菓子を取り分けていたルドルフが尋ねてきた。


「気になりますか? クロードのことが」

「ええ。私が怯えたりしてるから、愛想尽かしちゃったのかしら」


 ルドルフはハア、とため息をつき、頰に手を当てた。


「ルドルフ? どうかした?」

「姫さまは私のことは毛ほども気にしてくださらないのに、クロードのことは常に意識してらっしゃるのですね」


 そこで言葉を切り、


「真夏の太陽と呼ばれたルドルフも、美形には太刀打ちできないのですね。悲しくて涙が出てしまいます。よよよ」


 ルドルフは泣きまねを始めた。スカーレットは慌てて立ち上がり、ジョセフを使って慰める。


「な、泣かないで。ルドルフモカッコイイヨー」

「ありがとうジョセフ。君はいい子ですね。抱きしめてもいいですか?」


 ルドルフはそう言いながら、スカーレットを抱き寄せた。


「ちょ、わあっ」


 ジョセフごと抱きしめられて慌てていると、ひゅん、と音がして、パラパラと茶髪が舞った。スカーレットは思わず悲鳴をあげる。


「ひっ」

「なにしてる、ルドルフ」


 剣を構えたクロードが、冷たい目でこちらを見ている。ジョセフは切られた髪をつまんで、


「あなたがなにをするんですか。危うく頭が半分になるところでしたよ?」

「どうせ使わないから構わないだろ」


 彼はそう言って、椅子に腰掛けた。紅茶をぐーっと飲んで、息を吐く。


「クロード、どうしたの? 顔色が悪いわよ、わぷ」


 クロードはスカーレットの髪をわしゃわしゃかき回した。それからこうつぶやく。


「あの女、なんなんだ」

「あの女……?」

「ミアレスさまの偵察に行ったんでしょう? 首尾はどうです?」


 とルドルフ。


「えっ」


 スカーレットは目を丸くしてクロードを見た。彼はその視線をふい、と避け、


「べつにおまえのためじゃない。俺が気になったからだ」

「うわあ。これが世に言うツンデレというやつですか。こんなにもあからさまだなんて、ルドルフびっくりです」


 クロードは、ルドルフに剣を突き付けた。


「ちょっと頭出せ、半分にするから」

「ちょ、落ち着いて! ミアレスは? なにか言ってた?」


 騎士たちの間に割り込んで、スカーレットは尋ねる。


「……王に対して敵愾心をむき出しにしてた。あと、紅薔薇派に対して躊躇する気はなさそうだ」


 クロードは、ハンカチにくるんだナイフを差し出した。それを受け取ったルドルフは、目を細める。


「おや、毒が塗ってありますね」

「!」


 スカーレットはびくりと震えた。クロードが感心する。


「よくわかったな」

「昔、ひたすら毒矢を作る役目を担ってましてね。この匂い……おぼえがあるな」


 においを嗅ごうとするルドルフを、スカーレットは慌てて止めた。


「ルドルフ、あんまり触らないほうがいいわ」

「大丈夫ですよ、姫様」


 にこりと笑うルドルフ。


「クロード、大丈夫? 毒ついたりしてない?」


 スカーレットが手を握ると、クロードはわずらわしげに彼女の手を押しのけた。クッキーをかじり、


「ついてたらこんなとこでクッキー食べてない」

「格差を感じるなあ。ルドルフさすがに拗ねちゃいますよ」


 ルドルフは唇を尖らせて、ナイフを包み直した。


「そ、それどうするの?」

「とりあえずなんの毒か調べようかなあ、と思いまして」

「相手が毒盛ってきた時に、判別する指標になるしな」

「ど、毒を……」


 青くなったスカーレットに、クロードが言う。


「安心しろ、俺がおまえを守る」

「クロード……」


 スカーレットが目を輝かせたら、クロードが彼女の髪をくしゃくしゃかき回した。ルドルフが唇を尖らせる。


「あれ? なんですかこの空気。二人の世界みたいな雰囲気なんですけど。私もいますよ。おーい、ルドルフのことも構ってー」


 ※


 四阿でお茶をする三人を、回廊から見ている人物がいた。――うさぎのぬいぐるみを抱いた、緋色の髪の少女。三歳年上の従妹。相変わらず威厳のかけらもない。王にふさわしいとも思えない。金色の瞳を眇め、黒いドレスの少女は呟く。


「あれが王位継承者ですって。どう思う? レスター」


 傍らにたたずむ無表情な騎士が、口を開いた。


「どう見ても王にはふさわしくないかと」

「でしょうね。会議の様子は?」


 彼女は、咲いている紅薔薇に触れる。


「膠着状態だそうです」

「では起爆剤が必要ね」


 白い少女は、細い指先で己の首筋をなぞった。白銀の髪がかきあげられ、真っ白なうなじが露わになる。そのうなじには、薔薇の模様が浮き出ていた。


「王位継承者にふさわしいのは私よ。おねえさまにはけして渡さない……」


 紅薔薇をぐしゃりと握りつぶすと、花弁が血のように散る。


「なにもかも、奪ってあげる」


 金色の瞳が、キラリと光った。

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