狼騎士と不穏な人々
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薔薇園を出たクロードは、騎士団寮へと戻っていた。王立騎士団は、皆この寮で衣食住をともにするのだ。いかに気に入らない相手がいようと、ここで暮らすしかない。
門をくぐって寮内に入ると、階段付近に男たちがたむろしていた。彼らはクロードを見るなりにやにや笑う。
クロードがモーリスに説教されたことを知っているのだろう。無視して階段を上ろうとしたら、だん、と通路を防がれた。彼らはクロードの腰に目をやって、
「おや? クロードくん。剣がないけどどうしたのかな?」
「どけ」
「どくかよ。一発お見舞いしなきゃ気が済まねえ」
町で目にするちんぴらのように、拳をぱきぱきと鳴らした。
面倒だから避けずにおこうかとも思ったが、あまりにも拳がゆっくりだったので避けてしまった。ついでに足を引っかけたら、あっけなく転んで壁に頭をぶつける。
ずるずると崩れ落ちる騎士を、クロードは蔑みの目で見降ろした。同じ騎士だというのに、どうしてこんなに弱いのか疑問だった。
「てめえっ……」
他の騎士がつかみかかってきた瞬間、声が降ってきた。
「喧嘩はよくないですねえ」
顔をあげると、にこやかな男と視線が合った。騎士たちが彼の名前を呼ぶ。
「ルドルフ……」
「友愛の精神こそが騎士道で最も大事なものでしょう。我々は同じ釜の飯を食う仲間だ」
男はそう言って両手を広げた。なんだ、この胡散臭い男は。紅薔薇派の騎士たちは顔を見合わせ、舌打ちして散っていく。クロードは、こちらを見下ろすルドルフに問うた。
「誰だ、おまえ」
彼はにこっと笑い、襟元を持ち上げた。赤い徽章が光っている。
「紅薔薇派騎士のルドルフ・アーチャーです。お見知りおきを」
「俺は無派閥だ。紅薔薇派と馴れ合う気はない」
「噂通りですねえ、狼騎士のクロード・ギネヴィア」
ルドルフは後ろ手を組んで、階段を下りてきた。彼はしげしげとクロードを見て、
「うーん、さすがにいい男だ。姫様がころっと行くのも仕方ない」
「姫様?」
「超絶プリティーなスカーレットさまですよ」
確かにスカーレットはかわいらしい容姿をしているのだが、クロードにとっては奇行のほうが目立つ。
「奇妙な、って形容詞のほうが似合うがな」
「私、スカーレット様の護衛騎士を狙ってるんです。我々ライバルですね」
「奇特なやつだな」
「おや、あなたはその気がない?」
「面倒だ」
「それは好都合。今後は押せ押せで行かせていただきます」
クロードは答えずに階段を登っていった。まったく、次から次へと妙な人間が沸いて出るものだ。
階段を登り終えたクロードは、ある一室へと向かった。ノックをせず中へ入ると、モーリスが書類を読んでいた。いや、書類を持ったまま爆睡していた。
クロードは無言で彼に近づいていき、椅子を引こうとした――が、モーリスは素早く立ち上がる。彼はけろっと片手をあげ、
「よ、クロード」
クロードは舌打ちした。腐っても騎士団長。反応のよさはクロードに劣らない。
「おいなんだその舌打ちは。俺は騎士団長だぜえ」
それには答えず、スカーレットのサインが入った紙を突き出す。
「受理しろ、おっさん」
「お、ちゃんと行ったのか。偉いなあ、クロード。よーしよしよし」
髪の毛をぐしゃぐしゃかき回されたクロードは、その手をべしっ、と跳ね除けた。
「とにかく、これで問題ないんだろ」
「ああ。へえー、スカーレット様、意外と字が上手いね」
妙な部分に感心するモーリスに背を向け、クロードは歩き出す。
「んで、紅薔薇姫はおまえに何の用だったんだ?」
クロードは足を止めて振り返った。モーリスの襟元に目をむける。そこにつけられているのは赤の徽章。騎士団長は紅薔薇派だ。彼は国王付きの騎士なのだから、当然といえば当然だが。
「知ってて行かせたんじゃないのか。あいつが俺を騎士にしたがってるって」
「まさか。俺は部下に派閥強要したりしないぜえ?」
モーリスは目を細めてこちらを見る。
「大体、強要されて従うようなタマじゃねえだろぉ?」
「俺は誰が王になろうが、どうだっていいからな」
それに、あの少女が王としてやっていけるとは思えなかった。いまだに母親から与えられたぬいぐるみを抱えているような、男の顔にみとれてポーっとなるような少女が──。
先ほどのことを思い出し、少し気まずくなる。なぜ俺は、あんなことをしたのだろう。
「おまえが騎士話を蹴るんなら、ルドルフ・アーチャーで決まりかな」
──あいつか。クロードは先ほど会話した男を思いだす。
「いいんじゃないのか。そいつもスカーレットに執心してるみたいだから」
「姫様はおまえがいいんだって。あなたの顔が好きなの、だろお? ヒューヒュー」
クロードは無言でモーリスを睨みつけた。
「うわっ、育ての親を睨むかよお」
「俺はあいつの騎士にはならない」
「なんでだ? 派閥に巻き込まれるのが面倒だからか?」
「言っただろ、だれが国王になろうがどうでもいい」
青い瞳が冷たく光った。
「王族なんて、国民をどうでもいいと思ってる生き物だ」
※
パチン、パチン。薔薇の茎を切る音が部屋に響いている。薔薇を切るのは一人の男。彼の背後で、キイ、と扉が開いた。
「ルカリアお兄さま」
かけられた声に、男は振り返らずに答える。
「なんだい? ミアレス」
「私、紅薔薇姫に会いに行こうと思いますの」
「紅薔薇? スカーレットに?」
男は振り向いて、背後に立つ少女を見た。豊かな白銀の髪はウエーブして胸元に垂れている。けぶるようなまつ毛に覆われた金の瞳。細い身体にまとう漆黒のドレス。まるで雪の妖精のように可憐なすがたながら、気高さも兼ね備えていた。ミアレスは頷いて、
「ええ。引きこもりの彼女が、最近活発になっているという噂なので」
まるで動物か何かのような表現に、男は笑う。
「彼女が気になるのだね、ミアレス」
「あの方、腐っても王位継承者ですから。お兄さまは気になりませんの?」
金色の瞳は、なにかを探るような色を帯びていた。腐っても、とはひどい言い草だ。妹は昔から、スカーレットを嫌っている。
「いいや、まったく」
男は白薔薇を鼻先に近づけ、芳しい匂いを楽しんだ。薔薇は他の花より匂いが強い。美しい花などいくらでもある。しかし、これほど人を楽しませる花はない。
美しく、香り高く、一国の王にふさわしい品格を備えている。だから特別なのだ。今は赤い薔薇が引き立てられている。だが最後に勝つのは白だ。そんな確信が、彼にはあった。なぜなら──
「僕は赤は嫌いなんだ、ミアレス」
白こそが、この世でもっとも美しい色だからだ。




