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狼騎士の苛立ち

 ★


 クロード・ギネヴィアは、自室で安眠していた。寝息を立てるたびに長い睫毛が揺れ、窓から差し込む陽光が、金髪を輝かせている。


 かすかに何者かの気配を感じ取り、クロードは瞳を開いた。即座にベッドから起き上がり、剣を手に取る。扉の壁に背をつけ、息をひそめた。


 カツカツと靴音が聞こえてきた。靴音が止まり、ガチャリと扉が開いたその瞬間、ビュッ、と剣先を突きつける。扉の向こうにいた男が剣を引き抜き、クロードの剣を受けた。


キイン、と金属音が響き、剣が衝撃で震える。しなる刀身越しに、見慣れた顔がのぞいていた。それが誰かに気づいて、クロードは眉を寄せた。


「……モーリス」

「相変わらずだあな、おまえは」


 モーリスは呆れたように言い、剣先を降ろす。クロードが驚かすな、と言うと、ほかにどうやって来いってんだ、とかえってきた。


騎士団長、モーリス・ルブラン。短く刈り上げた栗色の髪と、額の傷跡が特徴的だ。彼は戸口にもたれ、軽い口調で言う。


「もーちっと気いぬいて生きろよ。いつ見ても群れからはぐれた狼みてーな目えしてよお」

「どんな目だ」

「鏡見ろい」


 そうはいうが、この部屋に鏡はない。鏡というものは不気味だ。クロードはそう思う。たとえ一人でいても、誰かに見られているような気がする。モーリスはつらつらと他愛もないことを口にする。


「おまえにはよう、膝枕で癒してくれる可愛い彼女が必要だあな。まあそのキレーな面なら女には困るめえよ。休みの日はぐーすか寝てねえで、街にでも出てだなあ」

「なんの話をしてんだ、おっさん」

「誰がおっさんだこのやろー」


 グリグリ髪をかき回され、クロードは不機嫌にそれを払った。彼はもう四十近いはず。立派におっさんだ。


「用件は?」

「ああ、そうそう」


 モーリスは手を退けて、眉をあげた。これは、彼が説教するときに見せる表情だ。


「おまえよう、また他の騎士に喧嘩売ったんだってえ?」

「俺が売ったわけじゃない。あっちがしかけてきたんだ」

「ガキじゃあるめえし。城内で理由なくコレ抜くのは禁止だって知ってんだろお?」


 モーリスはクロードが持っている剣をちょいちょい、と指差した。


「やらなきゃやられてた」

「わかってるよ、おめえは喧嘩売るほど他人に関心ないだろ。だけど周りは違うんだよ。ただでさえ目立つツラしてんだからよう」

「じゃあ面でもつけて歩く」

「あのなあ……」


 彼は眉をしかめ、ぽりぽりとこめかみをかいた。すっと封筒を差し出す。


「なんだこれ」

「一応処分、ってんでな」


 差し出された封筒を、クロードは怪訝な顔で受け取った。その隙に、モーリスは剣を奪い取る。


「おい!」


 モーリスは奪い取った剣をかざし、


「ある方にサインをいただくまでこれは没収〜」

「ある方?」

「そこにいるぜえ。じゃな〜」


 ひらひら手を振って去っていくモーリスを睨み、クロードは手紙を開封した。


「午後三時、この場所に来てください」


 手紙にはそう書かれていた。筆致からして、女──しかも、紙の質からしてかなり身分の高い女だ。文字の下側に載っていた地図は、薔薇園の四阿だった。


剣がないと、心がざわざわして落ち着かない。モーリスはそれを知っていて奪ったのだ。


「あのクソジジイ……」


 クロードは手紙をぐしゃりと握りつぶし、足早に歩いて行った。


 ☆


 初夏の風が薔薇を撫でて、ふわりと芳香が漂った。スカーレット・ランカストラルは、四阿の下で紅茶を飲んでいた。カップをソーサーに置き、そわそわしながら薔薇園の向こう側を覗く。


何回かその動作を繰り返していたら、視界の端にクロード・ギネヴィアが見えた。薔薇に囲まれた彼はまるで絵のようだ。ただし、離れていてもその機嫌の悪さが伝わってくる。


(タイトルをつけるなら、「狼騎士の苛立ち」って感じかしら……)


「こっちよ、クロード!」


 スカーレットは立ち上がり、クロードに向かってぶんぶん手を振った。クロードは彼女の行動をまったく無視し、無駄のない動作で向かいに座った。


「クロード、よく来てくれましたね。ジョセフも喜んでいるわ」


 スカーレットはそう言って、ぎゅっとジョセフを抱きしめる。クロードはちらりと見る。


「前から思ってたが、そのうさぎはなんなんだ」


 美しい碧眼が、うさぎのぬいぐるみに注いだ。


「お友達のジョセフよ。コンニチハ」


 少女に操られるうさぎを、碧眼はなんの感情も込めずに見つめる。スカーレットはぬいぐるみを抱きしめ、


「そんな冷たい目で見ないで! ジョセフが怖がるわ」

「他にぬいぐるみをどんな目で見ろって?」


 スカーレットはジョセフの手をつかみ、ゆらゆらと動かす。


「スカーレット、彼ハ照レテルンダヨ」

「そうね! クロードは悪い人じゃないもの」

「お話しスレバ分かり合えるヨ」

「うん、私頑張る!」


 少女とぬいぐるみのやり取り(限りない一人芝居)を、クロードは無表情で見ていた。いつ終わるんだこの茶番。おそらくそう思っているのだろう。スカーレットはジョセフの手をクロードに向ける。


「あなた、早く帰りたいと思ってるでしょう」

「ご名答だ」


 彼は懐から出した紙を、テーブルに叩きつけた。


「さっさとサインをくれ。あんたのサインをもらえば、団長は抜刀のことを不問に伏すって言ってるから」

「そもそも、なぜ他の騎士たちとあんなに仲が悪いの?」


 クロードは眉をひそめ、スカーレットを見た。


「あんたに関係あるか?」

「ジョセフが知りたいって。ね、ジョセフ」

「ウン、ボク知リタイナア、スカーレッ「茶番やめろ」


 うさぎの上ずった声を防ぎ、クロードは青い瞳を細める。


「あんたこそ、なんで初めて会った時布団をかぶってたんだ?」


 スカーレットはぎくりと肩を揺らした。こちらを見るクロードの瞳は、まるで野生の狼だ。警戒心が強く、スカーレットに対してまるで心を許していない。


「誰にだって話したくないことはあるだろう。それを侵すのは王族だろうが許されない」


 こちらが話さなければ、クロードも話さないだろう、そう思う。スカーレットはジョセフを膝に乗せ、正面の男を見据えた。


「私は……顔を見れば、その人がどんな人か、わかるの」

「どういう意味だ」

「人相学、って知ってる?」

「知らない」

「顔形で、能力や人格、立場がわかる。そういう学問なんだけど、私はそれを学んでいないのに、自然とできる」

「それで、なんで布団をかぶる」

「怖いから」


 周りにいる、全ての人。顔が見えすぎてしまう。それが怖くて、スカーレットはずっと、人の顔をまっすぐ見られなかった。仮面をかぶって生きる人間が、その本性を見るのが怖かったのだ。だから、ぬいぐるみとばかり話してきた。


「あなたは、すごく綺麗な顔。普通の人はもっと、いろんなしがらみでくもった顔をしてるのに。あなたみたいな人、見たことないの」


 普通に聞いたら口説き文句とでも思われそうな言葉に、クロードは眉をしかめた。


「本当に顔だけで俺を選んだのか?」

「そう、そばでずっと見ていたくて、あっ!」


 ジョセフを取り上げられ、スカーレットは慌てて手を伸ばす。


「返して!」

「早くサインしろ。こいつの命がないぞ」


 クロードはそう言ってサインを突きつける。スカーレットは彼の周りをぐるぐる周りながら、ぬいぐるみを奪い返そうと奮闘する。しかし、頭上高く持ち上げられ、白い頰を膨らませた。


「こんなの卑怯よ、騎士道に反してるわ!」

「俺はこういう人間だ。騎士道なんか知らない。あんた見る目がないな」


 その言葉に、スカーレットは瞳を光らせた。


「見る目がない? 聞き捨てならないわ」


 人を見る目がある──スカーレットがただひとつ、他人より優っているものだ。


「クロード・ギネヴィア」


 彼に指を突きつけ、スカーレットは叫んだ。


「あなたは童貞よ!」


 よー、よー、よー。スカーレットが放った言葉は、余韻を帯びて薔薇園に響き渡る。


「……」

「どう? 図星でしょう」


 えへん、と胸を張ったスカーレットの腰が、ぐい、と引き寄せられた。


「へ?」

「図星かどうか教えてやろうか」


 彼の目はえらく据わっていた。ひんやりした手のひらが頰を滑って、スカーレットはびくりとする。


「え? ちょ、ち、違うの? だって、女の人に興味のない顔してるからっ……」

「そんな男いるか」


 近づいてきた美しい顔に、スカーレットは鼓動を鳴らす。きっとクロードは、さぞ女性にもてるのだろう。でもこの人の瞳は青空のように澄んでいる。……遊んでる男は、美形でもなんとなくくすんで見えるものだ。


 この人は、きっと内面がすごく綺麗なのだ。やっぱり、この人がいい。重なりそうになった唇が、爪の先ほどの距離を保って止まった。


「オイ」


 むぎゅ、と頰を挟まれ、スカーレットは呻いた。


「うぐ」

「何をその気になってる。あんた姫だろ。私に触れないで! とか言って拒絶しろよ」

「あなたの顔が好きだから、近くで見れて幸せ……」

「頰を染めて言うな。誤解を生む。早くサインしろ」


 スカーレットはしぶしぶ紙を受け取り、サインをした。クロードはサインを確認し、ジョセフを差し出してくる。


 スカーレットは素早くぬいぐるみを取り返し、抱きしめた。クロードはそれを横目で見ながら、


「それ、そんなに大事なのか」

「お母様の形見なの」


 クロードは少しだけ身じろぎした。


「……ああそう。じゃあな」


 さっさと歩き出したクロードに、


「私、あきらめないから!」


 スカーレットはそう叫んだ。

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