紅薔薇姫と第二の騎士
スカーレット・ランカストラルは、自室のベッドに座り込んでいた。ジョセフを膝にのせ、抱きしめる。そうしてぽつりとつぶやいた。
「なんだか、昨日の印象と違うわ……」
クロード・ギネヴィア。通称王宮騎士団の一匹狼。まるで彫刻のような美しい容姿に反して、他人を寄せ付けない孤高の騎士。ついたあだ名はオオカミ騎士──と、侍女たちが噂していた。追いかけてくる様子が本当に狼のようだった。獲物になったようでとても怖かった。
「ひとりで三人の騎士をのしてしまうなんて……恐ろしいわ」
スカーレットは身震いし、ジョセフのつぶらな瞳を見つめた。
「クロード・ギネヴィアは味方になってくれるかしら、ジョセフ」
「ウン、ダイジョウブ。クロードハ、本当ハイイ人ダヨ。ダカラ彼ヲ選んだンダロ?」
ジョセフが喋った──わけではなく、案の定スカーレットが吹き替えをしている。
「そうよね、クロードにするってきめたんだから、ちょっと拒絶されたくらいで諦めたらだめ」
スカーレットはぬいぐるみを抱きしめ、天井を仰いだ。
「逃げちゃダメ、逃げちゃダメ、逃げちゃダメ……」
「ガンバレスカーレット!」
ぶつぶつつぶやくスカーレットを、ジョセフが応援する。
「あの」
いきなり自分以外の声が聞こえて、スカーレットは慌てて振り向いた。戸口に、不可解そうな顔の侍女が立っている。
「シーツを換えたいんですが、よろしいですか?」
「え、ええ、どうぞ」
侍女はさっさとシーツを換え、無言で部屋を出て行った。少し開いた扉から、ひそひそ話が漏れ聞えてくる。
「スカーレットさま、またお一人で喋っていたわよ……」
「気味が悪いわよね、なにか取り憑いているのかも」
「ヨークシャーの悪霊とか?」
「やだ~。誰かかシーツ交換の役かわってよ」
「……」
スカーレットが扉の隙間からじいっと見ていたら、彼女たちは悲鳴をあげ、慌てて去っていった。スカーレットはため息をついて、扉を閉めた。ジョセフが声をあげる。
「ドンマイ、スカーレット!」
誰も慰めてはくれないため、自分で自分を励ますスカーレットであった。
翌朝、スカーレットは食堂で朝食をとっていた。テーブルの上にはジョセフがちょこんと乗せられている。スカーレットはパンケーキを咀嚼し、ぬいぐるみに話しかけた。
「今日はね、騎士の訓練所に行ってみようとおもうの。普段のクロードを知れば、親しくなれるかもしれないでしょう?」
「ガンバレスカーレット」
「うん、がんばるわ、見ていてジョセフ」
「スカーレット?」
遠慮がちな父の声に、スカーレットは顔をあげた。
「はい?」
父は何かを言いたげな顔でこちらを見ている。スカーレットは首を傾げ、なんですか、お父様、と尋ねた。父は困惑気味に、
「あー、食事中はそのぬいぐるみを置いたらどうだろうか」
スカーレットは、ジョセフを手にして抗議する。
「ぬいぐるみじゃないわ。ジョセフです、お父様」
「ああ……」
現在、スカーレットは父と向き合って朝食を摂っていた。ブライトンの国王は娘の気持ちがまったく読めない、という顔で、
「侍女たちが話していたのだが、いつもぬいぐるみ相手に話しているそうだね。話し相手がほしいなら、ランカストラルにも同い年の娘が……」
「ぬいぐるみではありません、ジョセフです」
なすすべなし。父はそんな表情になった。グラスの水を一口飲み、笑顔をつくる。
「あー、騎士の件なんだがな、紅薔薇派のルドルフはどうだろう。おまえの騎士になりたいと志願しているらしいぞ」
スカーレットはぶんぶんかぶりを振った。父は意外そうな表情になる。
「何か気に入らないのか?」
「お父様、私、クロード・ギネヴィアを騎士にしたいの」
「クロード?」
国王は、傍らに立つモーリスに話しかけた。
「クロードとはどういう騎士だった?」
「剣術大会で優勝した騎士です。剣の腕は間違いなく一番ですね」
モーリスの答えに、国王はうむ、と相槌を打つ。
「たしか……彼は中立派の騎士ではなかったかな」
スカーレットは身を乗り出した。
「はい、だから、頼んで騎士になってもらおうかと」
父は苦い顔になる。
「頼んで? 頭を下げるということか」
「はい、必要なら」
「おまえは次期国王なのだぞ、スカーレット、一騎士に頭を下げるなど」
「顔がいいんです」
「は?」
「あの人は、私が今まで会った騎士の中で、一番顔がいいの」
スカーレットはそう言って、目を輝かせた。父は苦虫をかんだような顔で、
「……スカーレット、男は顔ではないぞ。それに顔の良し悪しと騎士としての能力は関係な」
「とにかく、決めたんです!」
勢いよく父の言葉を遮ると、彼は困ったようにため息をついた。
「わかった、好きにしなさい。ただ、期限を決めよう。今度の薔薇会議までにクロードを説得できない場合は、ルドルフを騎士に。いいね?」
「はい。ありがとうございます、お父様」
国王ははあ、とため息を漏らし、パンケーキを切り分ける。
──ああ、お父様ってば、わけわからんな、うちの娘は、と言いたげな顔をしてるわ。でも、これだけは譲れない。人の「顔」をみることが、私の唯一の取り柄なのだから。
スカーレットは、ぎゅ、とジョセフを抱きしめた。
朝食を終えたあと、スカーレットは騎士たちが鍛錬をする訓練所へと向かった。傍らにはジョセフを抱えている。訓練所の門からひょい、と覗くと、クロード・ギネヴィアの姿が見えた。
みな剣を組み合わしているなか、彼は一人で剣を振っている。──まさか、ぼっち?
(きっと昼休みとか寝たふりで過ごしてるんだわ……!)
スカーレットは共感と同情で涙ぐんだ。
休憩の合図がかかると、クロードは訓練所を離れた。多分、水飲み場に向かうのだろう。
スカーレットはたたた、と駆けていき、水飲み場の陰からクロードの様子を伺った。彼は水を一口飲み、手の甲で唇をぬぐう。それだけの仕草なのに、妙に凄味がある。狼がくつろいでいる様子って、こんな感じだろうか。
(きれいだけど近づきがたい……)
靴音がいくつか響いた、かと思えば、現れた男たちがクロードを取り囲む。
「おい、クロード。昨日はよくもやってくれたな」
「おまえが剣を抜いたことは、騎士団長に報告した」
「ああ、処分は時間の問題だ」
そろいもそろって、下手な役者のようなセリフを吐く。
クロードはどうでも良さげに彼らをみて、
「なんでもいいが、どっか行ってくれないか。他人がいると休めない」
「っな」
かっとなった騎士たちは剣を抜こうとしたが、昨日のことが頭をよぎったのか踏みとどまった。
「憎まれ口を叩けるのも今のうちだぞ!」
と叫んで去っていく。クロードは冷めた目でそれを見送り、水飲み場のベンチに腰かけた。足を組んで、微動だにしなくなる。──もしかして、寝てるのだろうか?
スカーレットは足音を立てないように、そーっと彼に近づいて行った。正面に立つが、やはりピクリともしない。陽の光が金髪に注ぎ、きらきら輝いていた。
綺麗な髪だ。いや、髪だけじゃない。肌も、まるで陶磁器みたいに見える。影を落とす長いまつ毛、かすかに開いた、形のいい唇。大きな人形だと聞かされたら、信じるひとがいるかもしれなかった。
すごい、さらさら。カツラだったりして……恐る恐る手を伸ばし、髪に触れようとした瞬間。
がっ、と腕を掴まれた。そのまま引き寄せられる。
「!?」
青空のように澄んだ眼が、こちらを見据えていた。
「なにしてる、紅薔薇姫」
「は、離しなひゃい!」
噛んだ。恥ずかしくて真っ赤になったスカーレットに、クロードは淡々と尋ねる。
「お姫様が一騎士をストーカーしてる理由は?」
スカーレットは咳払いし、クロードをじっと見た。彼もこちらを見返す。まるで告白でもするかのように、ドキドキ心臓が鳴る。
「私の騎士になっ」
「断る」
立ち上がったクロードに、スカーレットは慌てて追いすがった。
「ちょっ! まだ話してるのに!」
「その歳でぬいぐるみを卒業してない姫の騎士なんかごめんだ」
「ぬいぐるみじゃないわ、ジョセフよ!」
「はっ」
「鼻で笑った!」
訓練所へ戻り、再び剣を抜いたクロードに、スカーレットは言い募る。
「一度話をしたいの。お茶を用意するから、明日薔薇園に来てくれない?」
「なんで俺が。明日は非番なんだ。部屋で寝る」
クロードはすげなく誘いを断る。
「美味しいお菓子もあるのよ!」
「釣られるか、そんなものに」
彼は藁を相手どり、親の仇かなにかのごとく切り刻む。生まれ変わっても、あの藁にだけはなりたくない。スカーレットはそう思った。ふと、何人かの騎士たちがこちらを見ているのに気づいた。
「?」
クロードは剣を振りながら、
「大体、騎士なんか紅薔薇派から選べばいい。あの辺にあんたの騎士になりたそうな連中がごろごろいるぞ」
「私はあなたがいいの」
そう告げたら、藁を斬り付けようとしていた剣が止まった。
「どうして」
碧眼がこちらに向く。スカーレットは口を噤んだ。理由を言って、信じてもらえるとは思えなかったのだ。
「あなたは、あなたは……すごく顔がいいから!」
その場がしん、とする。
クロードはふっ、と息を吐き、訓練所の入り口を指差して一言。
「帰れ」
と言った。タイミングよく、彼が痛めつけていた藁が地面に転がった。
スカーレットは、しょんぼりしながら回廊を歩いていた。顔がいいから、はまずかっただろうか。でも、他に言いようがないし。回廊のベンチに腰かけ、膝にぬいぐるみを乗せる。
「どうしよう、ジョセフ」
はああ、とため息をつきながら、ジョセフに尋ねる。そして一人芝居を始めた。ジョセフの手をつかんで動かす。
「ナニを悩んデルの?」
「どうしたらクロードがお茶を飲みに来てくれるかな、って」
「ウーン、ムズカシイネ」
「そりゃあ弱みを握って脅すんです。弱いところのない人間は存在しませんからね」
いきなり聞こえてきた第三者の声に、スカーレットはびくりとした。男が背後からぬっ、と顔を出す。
「どうも、姫さま」
「ひっ」
スカーレットはジョセフを抱きしめ、後ずさった。
「あ、あなた、だれ」
彼は胸元に手を当てた。
「驚かせてしまいましたか、申し訳ありません。私はルドルフ・アーチャー。紅薔薇派の騎士です」
「ルドルフ……?」
聞き覚えのある名前だ、とスカーレットは思った。朝食の席で耳にしたのを思い出し、あっと声をあげる。
「もしかして、私の騎士を志願した?」
「はい、姫さま。私は今日からあなたの忠実なしもべです。ふむなり焼くなり罵倒するなりお好きになさってください」
ルドルフは心なしか頰を染めている。なんか怖い。スカーレットは背筋がぞくっとするのを感じた。
「け、結構よ。私はクロードに騎士をやってもらうの」
「おや、クロード・ギネヴィアですか。確かに見た目はなかなかの美丈夫ですが、ああいうタイプは若ハゲしますよ」
若ハゲって。ルドルフは、ふんわりと髪をかきあげる。
「私は父もまったくハゲていませんし、長い目で見るとお買い得かと」
「べつに見た目で選んだわけじゃ」
「え? 先ほど「顔がいいから!」と叫んでらしたじゃないですか」
聞かれていたのか……。スカーレットは立ち上がり、
「と、とにかく、あなたは私なんかの騎士より、騎士団長とか目指したほうがいいわ」
「おや、なぜです?」
「顔がそんな感じだから」
顔? ルドルフは首をかしげながら、顎を撫でている。
じゃあ、と言いおいて、スカーレットは歩き出した。ちらりと背後を見ると、彼はにこにこ手を振っていた。なんだか妙な騎士だ。
──でも、弱みをにぎる、というのはいい手かもしれない。紅薔薇姫は、ジョセフを抱きしめたままにんまり笑った。




