表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

紅薔薇姫の決意

 スカーレットとミアレス、ルカリアは、肖像画の間にいた。ルカリアは、クロードに声をかける。


「君は扉を見張っていてくれ。誰かが入ってくると、失敗するおそれがある」


 クロードは眉をあげ、スカーレットを見た。スカーレットは頷き返す。


「お願い、クロード」


 クロードは扉へ向かい、前に陣取った。

 すっかり委縮した様子のミアレスに、ルカリアが優しく話しかける。


「ミアレス、目を閉じて、けして開けてはいけないよ。いい?」


 その言葉に、ミアレスは小さくうなずいた。ルカリアは彼女を椅子に座らせ、


「レスター、香を」

「はい」


 レスターが香炉を取り出し、火を入れた。部屋に甘いにおいが漂い始める。なんだか頭がぼうっとする香りだ。ルカリアは、首にかけているロザリオを取り出した。十字を切って、


「白薔薇の気高き王よ、あるべき場所に戻り給え」


 しだいに、ミアレスの身体が青白く光り始めた。幻想的な光景に、スカーレットは見とれる。


(これが……シャーマニズム?)


 光がいっそう強くなったころ――ルカリアが身をかがめた。その唇が、ミアレスの唇に重なる。


「!」


 スカーレットは真っ赤になって目を泳がせる。レスターはまるで動じていない。クロードは眉をしかめた。


(こ、これって普通のことなの……? 兄弟でキスなんて)


 ミアレスの身体から、何かがすうっと抜け出た。真っ白だった肖像画が、ギリアスの顔に変わった。ふらついたミアレスを、レスターが抱き留める。


「部屋に連れて行ってやってくれ」


 ルカリアの言葉に、レスターは無言でうなずいた。抱きかかえられていくミアレスを見送り、スカーレットは心配げに問う。


「ミアレスは大丈夫なの?」


 ルカリアが頷いた。


「ああ、しばらくすれば目を覚ますだろう」

「あの……さっきの……き、キス……」


 言葉を濁したスカーレットに、ルカリアがああ、と応じる。


「霊を呼ぶことを口寄せというんだけど、ミアレスはまだ自分で霊を戻せないんだ。ああすることで、霊がいるべき場所に戻ることができる」

「でも、ミアレスは」


 スカーレットはそこで言葉を止めた。彼女はルカリアに恋をしている――。ルカリアはスカーレットの言葉を継ぐように、


「ミアレスは賢い子だ。霊を呼ぶことの危険性はよくわかってる。あの方法でしか霊を返せないこともわかってる」


 それなのに、と彼は続けた。


「よく霊を呼んで僕を困らせた。彼女が何を求めているか、わからないほど鈍くはない」


 父が死んで、母はこもりがち。ミアレスは僕に依存した。


「僕も悪いんだ。彼女の孤独は理解できたからね……つい甘やかした」


 彼女はもう十四歳だ。あいまいなままではいられない。


「妹として大事に思うよ。だけど、ミアレスの気持ちは受け取れない。僕の愛と、彼女の愛は違う」

「……」


 スカーレットは無言でうなずいた。ミアレスだってわかっているだろう。だから苦しいのだ。ルカリアはそれに、と続けた。


「気になる子がいる」


 真っ白な手が伸びてきて、スカーレットの髪に触れた。


「へ?」

「僕がこの世で一番好きなのは白だよ。それでも、この赤を見たとき美しいと思った」


 長い指先で髪を撫でて、唇を近づける。それを避ける前に、ぐい、と身体が引っ張られた。クロードがスカーレットを抱き寄せたのだ。


 ルカリアは、隻眼で彼を見上げる。


「……きみは?」

「クロード・ギネヴィア。こいつの専属騎士だ」


 そう返したクロードに、ルカリアは目を細める。


「ずいぶんとフランクな口の利き方をするんだね。スカーレットは君の主だろう? 敬意を払って接するべきじゃないかな」

「敬語を使ったら敬意を払ったことになるのか?」

「少なくとも、貴族の世界ではね」

「俺は貴族じゃないから、その意見には当てはまらないな」


 なかなか面白い騎士だね。ルカリアはそう言った。そうして、クロードを眺める。


「なんだ。じろじろ見るな」

「君、何かついてるね」

「……なにか?」

「獣か何か。悪いものじゃないみたいだけど」


 クロードはぴくりと肩を揺らした。ルカリアはほほ笑んで、


「ミアレスの様子を見てくるよ」


 車いすのホイールを動かした。スカーレットが手を貸そうとすると、すっと手を挙げた。


「遠慮するよ。食い殺されるのはいやだから」

「え……」


 きょとんとするスカーレットを置いて、ルカリアは出入り口へと向かう。クロードは彼の背中に声をかけた。


「ちょっと待て」


 ルカリアが動きを止め、肩越しに振り返る。


「何かな?」

「ギリアス王の言葉は、本当なのか」

「もちろん。彼はシャーマンの王だからね」

「……スカーレットに、死が訪れると?」

「死から逃れられる人間はいない。たとえ王であっても」


 彼は口元を緩めた。


「彼女が生きるも死ぬも君次第ということだよ、クロード・ギネヴィア。主君を死から遠ざけるのが騎士の役目だろう?」


 そのまま部屋から出て行った。クロードが苦い口調で言う。


「食えないやつだな」

「うん……むかしから、ふしぎな人だった」


 スカーレットはつぶやいた。


「ルカリアのことだけは、よくわからないの。片目だから人相も読みにくいし……でも、悪い人じゃないような、むぐ」


 いきなり頬を引っ張られ、スカーレットは抗議した。


「何するの、痛い!」

「うるさい」


 ぶっきらぼうに言ったクロードを、スカーレットは見上げた。いつも不愛想だが、輪をかけて不機嫌そうだ。


「なにか怒ってる?」

「ルカリアを黙って呼んだのは、何か思うところがあったからじゃないのか」

「何かって……」

「モーリスが言ってただろ。結婚。その気があるのか」


 スカーレットはあわててかぶりを振った。


「な、ない。全然ない!」

「あんたはなくても、あっちはあるかもしれない」


 その言葉に、スカーレットは強く返した。


「ミアレスと約束したから、ないわ」

「……」


 クロードがじっとこちらを見つめた。


「な、なに?」

「今日のあんたは、別人みたいだ」

「おしゃれしてるから」

「薔薇みたいだ。棘はないがな」


 彼の指先が髪にからむ。碧眼に見つめられ、ドキドキして、スカーレットはぎゅっと目をつむった。その時、何かが二人の間に割り込んだ。ふわっと髪をなびかせ、彼は言う。


「いちゃいちゃさせませんよ、このルドルフの目が黒いうちは!」

「いたのか、おまえ」


 ええ、いましたとも。ルドルフはそう言って、スカーレットにジョセフを手渡す。


「どうぞ、姫様」

「ありがとう」


 スカーレットは、ジョセフを受け取って抱きしめた。ルドルフは、その様子を見て瞳を緩める。


「それにしても、ルカリア様はなかなかの美丈夫でしたねえ。眼帯なんかしちゃって、萌えを狙ってるんですかね?」

「おまえじゃあるまいし」


 クロードは呆れる。


「失礼な。ルドルフは生まれながらの愛されキャラですよ。ねえ姫様」

「え、ええそうね」

「流されるな。自分で言うやつは絶対違う」


 クロードはばっさりと切り捨てた。ルドルフは顎に手を当て、


「しかし驚きましたねえ。霊をはらうためとはいえ、実の妹にキスするとは。私にも妹がいるので、ちょっと引きます」

「見てたのか……というか、おまえに引かれるようじゃ相当だな」

「おや、それはどういう意味ですか」

「そういう意味だ」


 ルドルフはおやおや、と相槌を打った。


「ヨークシャーは不可思議な能力を伝承する一族。他とは違うルールで動いてるんだろう」

「ええ。それこそ、血の近いもの同士での結婚は当たり前だったのかもしれませんね」


 ミアレスとルカリアの複雑な関係は、環境によって生まれたものなのかもしれない。


「なんだか、別世界みたいだわ……」

「気色悪い」

「切って捨てますねえ、クロード君」

「おまえも言っただろうが、引くって」

「ルドルフ的には、『薔薇みたいだな、棘はないけど』って口説き文句も結構引いちゃいました」

「……」

「生涯聞いた中でも割と上位に入るくっさいセリフですよね。しかもクロード君が言ったことにより本気度が増してじわじわきますよね」

「言いたいことはそれだけか?」


 クロードが剣を引き抜くと、ルドルフが悲鳴をあげた。


「きゃー、姫様、たすけてー」


 彼がスカーレットの背後にさっ、と隠れる。


「スカーレット、そいつを渡せ」


 クロードが出した低い声に、スカーレットは慌てる。


「け、喧嘩はよくないわ」

「そうです。『にこにこと、みんな仲良く紅薔薇派!』」

「なんだその標語っぽい文句は」

「紅薔薇派のスローガンです。どうです姫様?」

「いいんだけど、ジョセフの名前も入れてほしいな」

「ぬいぐるみの名前が入ってるスローガンってなんなんだ」


 思わず突っ込むクロード。


「じゃあ、『紅薔薇派、姫様とジョセフかわいいな』」

「もはや標語でもなんでもないだろ」

「じゃあ、みんなでお茶でもしながら考えましょう」


 スカーレットの言葉に、ルドルフが応じる。


「いいですね。ちょうど小腹がすきました」

「平和だな、おまえら」


 クロードはため息をついて、剣をおさめた。スカーレットは、彼を見上げて笑う。


「厨房に行って、フルーツサンドを作ってもらいましょう。アプリコットが入ってるやつ」

「はいはい! ルドルフはクッキーが食べたいです」

「じゃあそれも」


 部屋を出る直前、誰かに呼ばれた気がして、スカーレットは振り向いた。並んでいる肖像画が、こちらを向いている。


「……」


 私もいつか、この部屋に飾られるのだ。この国の王として――。その名に恥じぬように。立派に努めなければならない。色を選ばず、薔薇のために。スカーレットは無言で一礼し、扉を閉めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ