紅薔薇姫の決意
スカーレットとミアレス、ルカリアは、肖像画の間にいた。ルカリアは、クロードに声をかける。
「君は扉を見張っていてくれ。誰かが入ってくると、失敗するおそれがある」
クロードは眉をあげ、スカーレットを見た。スカーレットは頷き返す。
「お願い、クロード」
クロードは扉へ向かい、前に陣取った。
すっかり委縮した様子のミアレスに、ルカリアが優しく話しかける。
「ミアレス、目を閉じて、けして開けてはいけないよ。いい?」
その言葉に、ミアレスは小さくうなずいた。ルカリアは彼女を椅子に座らせ、
「レスター、香を」
「はい」
レスターが香炉を取り出し、火を入れた。部屋に甘いにおいが漂い始める。なんだか頭がぼうっとする香りだ。ルカリアは、首にかけているロザリオを取り出した。十字を切って、
「白薔薇の気高き王よ、あるべき場所に戻り給え」
しだいに、ミアレスの身体が青白く光り始めた。幻想的な光景に、スカーレットは見とれる。
(これが……シャーマニズム?)
光がいっそう強くなったころ――ルカリアが身をかがめた。その唇が、ミアレスの唇に重なる。
「!」
スカーレットは真っ赤になって目を泳がせる。レスターはまるで動じていない。クロードは眉をしかめた。
(こ、これって普通のことなの……? 兄弟でキスなんて)
ミアレスの身体から、何かがすうっと抜け出た。真っ白だった肖像画が、ギリアスの顔に変わった。ふらついたミアレスを、レスターが抱き留める。
「部屋に連れて行ってやってくれ」
ルカリアの言葉に、レスターは無言でうなずいた。抱きかかえられていくミアレスを見送り、スカーレットは心配げに問う。
「ミアレスは大丈夫なの?」
ルカリアが頷いた。
「ああ、しばらくすれば目を覚ますだろう」
「あの……さっきの……き、キス……」
言葉を濁したスカーレットに、ルカリアがああ、と応じる。
「霊を呼ぶことを口寄せというんだけど、ミアレスはまだ自分で霊を戻せないんだ。ああすることで、霊がいるべき場所に戻ることができる」
「でも、ミアレスは」
スカーレットはそこで言葉を止めた。彼女はルカリアに恋をしている――。ルカリアはスカーレットの言葉を継ぐように、
「ミアレスは賢い子だ。霊を呼ぶことの危険性はよくわかってる。あの方法でしか霊を返せないこともわかってる」
それなのに、と彼は続けた。
「よく霊を呼んで僕を困らせた。彼女が何を求めているか、わからないほど鈍くはない」
父が死んで、母はこもりがち。ミアレスは僕に依存した。
「僕も悪いんだ。彼女の孤独は理解できたからね……つい甘やかした」
彼女はもう十四歳だ。あいまいなままではいられない。
「妹として大事に思うよ。だけど、ミアレスの気持ちは受け取れない。僕の愛と、彼女の愛は違う」
「……」
スカーレットは無言でうなずいた。ミアレスだってわかっているだろう。だから苦しいのだ。ルカリアはそれに、と続けた。
「気になる子がいる」
真っ白な手が伸びてきて、スカーレットの髪に触れた。
「へ?」
「僕がこの世で一番好きなのは白だよ。それでも、この赤を見たとき美しいと思った」
長い指先で髪を撫でて、唇を近づける。それを避ける前に、ぐい、と身体が引っ張られた。クロードがスカーレットを抱き寄せたのだ。
ルカリアは、隻眼で彼を見上げる。
「……きみは?」
「クロード・ギネヴィア。こいつの専属騎士だ」
そう返したクロードに、ルカリアは目を細める。
「ずいぶんとフランクな口の利き方をするんだね。スカーレットは君の主だろう? 敬意を払って接するべきじゃないかな」
「敬語を使ったら敬意を払ったことになるのか?」
「少なくとも、貴族の世界ではね」
「俺は貴族じゃないから、その意見には当てはまらないな」
なかなか面白い騎士だね。ルカリアはそう言った。そうして、クロードを眺める。
「なんだ。じろじろ見るな」
「君、何かついてるね」
「……なにか?」
「獣か何か。悪いものじゃないみたいだけど」
クロードはぴくりと肩を揺らした。ルカリアはほほ笑んで、
「ミアレスの様子を見てくるよ」
車いすのホイールを動かした。スカーレットが手を貸そうとすると、すっと手を挙げた。
「遠慮するよ。食い殺されるのはいやだから」
「え……」
きょとんとするスカーレットを置いて、ルカリアは出入り口へと向かう。クロードは彼の背中に声をかけた。
「ちょっと待て」
ルカリアが動きを止め、肩越しに振り返る。
「何かな?」
「ギリアス王の言葉は、本当なのか」
「もちろん。彼はシャーマンの王だからね」
「……スカーレットに、死が訪れると?」
「死から逃れられる人間はいない。たとえ王であっても」
彼は口元を緩めた。
「彼女が生きるも死ぬも君次第ということだよ、クロード・ギネヴィア。主君を死から遠ざけるのが騎士の役目だろう?」
そのまま部屋から出て行った。クロードが苦い口調で言う。
「食えないやつだな」
「うん……むかしから、ふしぎな人だった」
スカーレットはつぶやいた。
「ルカリアのことだけは、よくわからないの。片目だから人相も読みにくいし……でも、悪い人じゃないような、むぐ」
いきなり頬を引っ張られ、スカーレットは抗議した。
「何するの、痛い!」
「うるさい」
ぶっきらぼうに言ったクロードを、スカーレットは見上げた。いつも不愛想だが、輪をかけて不機嫌そうだ。
「なにか怒ってる?」
「ルカリアを黙って呼んだのは、何か思うところがあったからじゃないのか」
「何かって……」
「モーリスが言ってただろ。結婚。その気があるのか」
スカーレットはあわててかぶりを振った。
「な、ない。全然ない!」
「あんたはなくても、あっちはあるかもしれない」
その言葉に、スカーレットは強く返した。
「ミアレスと約束したから、ないわ」
「……」
クロードがじっとこちらを見つめた。
「な、なに?」
「今日のあんたは、別人みたいだ」
「おしゃれしてるから」
「薔薇みたいだ。棘はないがな」
彼の指先が髪にからむ。碧眼に見つめられ、ドキドキして、スカーレットはぎゅっと目をつむった。その時、何かが二人の間に割り込んだ。ふわっと髪をなびかせ、彼は言う。
「いちゃいちゃさせませんよ、このルドルフの目が黒いうちは!」
「いたのか、おまえ」
ええ、いましたとも。ルドルフはそう言って、スカーレットにジョセフを手渡す。
「どうぞ、姫様」
「ありがとう」
スカーレットは、ジョセフを受け取って抱きしめた。ルドルフは、その様子を見て瞳を緩める。
「それにしても、ルカリア様はなかなかの美丈夫でしたねえ。眼帯なんかしちゃって、萌えを狙ってるんですかね?」
「おまえじゃあるまいし」
クロードは呆れる。
「失礼な。ルドルフは生まれながらの愛されキャラですよ。ねえ姫様」
「え、ええそうね」
「流されるな。自分で言うやつは絶対違う」
クロードはばっさりと切り捨てた。ルドルフは顎に手を当て、
「しかし驚きましたねえ。霊をはらうためとはいえ、実の妹にキスするとは。私にも妹がいるので、ちょっと引きます」
「見てたのか……というか、おまえに引かれるようじゃ相当だな」
「おや、それはどういう意味ですか」
「そういう意味だ」
ルドルフはおやおや、と相槌を打った。
「ヨークシャーは不可思議な能力を伝承する一族。他とは違うルールで動いてるんだろう」
「ええ。それこそ、血の近いもの同士での結婚は当たり前だったのかもしれませんね」
ミアレスとルカリアの複雑な関係は、環境によって生まれたものなのかもしれない。
「なんだか、別世界みたいだわ……」
「気色悪い」
「切って捨てますねえ、クロード君」
「おまえも言っただろうが、引くって」
「ルドルフ的には、『薔薇みたいだな、棘はないけど』って口説き文句も結構引いちゃいました」
「……」
「生涯聞いた中でも割と上位に入るくっさいセリフですよね。しかもクロード君が言ったことにより本気度が増してじわじわきますよね」
「言いたいことはそれだけか?」
クロードが剣を引き抜くと、ルドルフが悲鳴をあげた。
「きゃー、姫様、たすけてー」
彼がスカーレットの背後にさっ、と隠れる。
「スカーレット、そいつを渡せ」
クロードが出した低い声に、スカーレットは慌てる。
「け、喧嘩はよくないわ」
「そうです。『にこにこと、みんな仲良く紅薔薇派!』」
「なんだその標語っぽい文句は」
「紅薔薇派のスローガンです。どうです姫様?」
「いいんだけど、ジョセフの名前も入れてほしいな」
「ぬいぐるみの名前が入ってるスローガンってなんなんだ」
思わず突っ込むクロード。
「じゃあ、『紅薔薇派、姫様とジョセフかわいいな』」
「もはや標語でもなんでもないだろ」
「じゃあ、みんなでお茶でもしながら考えましょう」
スカーレットの言葉に、ルドルフが応じる。
「いいですね。ちょうど小腹がすきました」
「平和だな、おまえら」
クロードはため息をついて、剣をおさめた。スカーレットは、彼を見上げて笑う。
「厨房に行って、フルーツサンドを作ってもらいましょう。アプリコットが入ってるやつ」
「はいはい! ルドルフはクッキーが食べたいです」
「じゃあそれも」
部屋を出る直前、誰かに呼ばれた気がして、スカーレットは振り向いた。並んでいる肖像画が、こちらを向いている。
「……」
私もいつか、この部屋に飾られるのだ。この国の王として――。その名に恥じぬように。立派に努めなければならない。色を選ばず、薔薇のために。スカーレットは無言で一礼し、扉を閉めた。




