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紅薔薇姫と白薔薇の王子



「聞いたか、紅薔薇派のユベールがスカーレットさまを殺そうとしたらしいぞ」

「なんと恐ろしい……」

「紅薔薇派の結束力はたいしたものだな。よくクーデターが成功したものだ」


 ざわめく場内で、モーリスは腕を組み、目を瞑っていた。会議場の扉が開く音に、ゆっくり瞼を開く。


開いた扉から、ミアレスとスカーレットが入ってきた。いつも通りに美しく、可憐な姿のミアレスは、冷静な瞳でまっすぐ前を見つめている。


 一方、スカーレットはといえば、じゃがいも、じゃがいも、とつぶやいている。片手に大きな布のようなものを持っていた。


「一体紅薔薇姫は何を唱えているんだ?」

「それに、手に持っているのはなんだ……?」

「なにをしても、もう悪あがきだろうに」


 白薔薇派のテーブルでは、ひそひそ声と嘲笑が交わされている。スカーレットはびくりと身体を震わせた。クロードは手を伸ばし、彼女の手を握りしめる。視線が交わると、彼は唇を動かした。


 ――大丈夫だ。


 スカーレットはほっとして、クロードの手を握り返す。

 静粛に、という声があがると、ざわついていた議場が静かになる。


 無派閥のテーブルから立ち上がった議長が、いつも通りの文句を並べた。


「ただいまより、第五十二回薔薇会議を行います。本日の議題は引き続き王位継承権についてです」


 彼は少女二人に目をやって、


「前回とおなじく、スカーレットさま、ミアレスさま両名にお越しいただきました。ご質問のある方は、挙手をお願いします」

 白テーブルから、いくつか手があがった。

「デュポン大臣、どうぞ」


 デュポンはふんぞり返るようにして立ち上がり、スカーレットに目を向けた。


「スカーレットさま、ユベールがあなたを誘拐し、殺そうとした、というのは本当ですかな」


 彼女は硬い表情で頷く。


「はい。彼は、私に不満があると言いました」


 その答えに、場内がざわつく。


「ならば、紅薔薇派ですらあなたを支持していない、ということではないですか!」


 勝ち誇ったようなデュポンの声に、同調する言葉があがった。


「そうだ、そんな方に国王が務まるとは思えませんな」

「自ら退くべきではないか」

「ですが、私は」


 スカーレットがあげた声が、野次にかき消されそうになる。


「誰にも支持されない国王などいらない!」

「そもそも紅薔薇など、ただの簒奪者ではないか!」


 白薔薇派だけではなく、紅薔薇派も声を上げ始めた。


「なんと不敬な、スカーレット様に謝辞しろ!」

「紅薔薇は必要ない、白薔薇の復権を!」

「無礼者! スカーレット様、この者たちに処罰を!」


 モーリスがばん、とテーブルを叩いた。


「姫さまが喋ってんだからよお、黙ってきこーぜえ」


 穏やかだが凄みのあるその声に、場内がしん、とする。


「ありがとう、モーリス」

「いいえ。続けてください、姫さま」


 モーリスはほほ笑んで、話の続きを促した。


 スカーレットはほっと息を吐き、小脇に抱えていたものをばさりと振った。背よりも大きい布地だったため、床に擦ってしまう。スカーレットは慌てるが、クロードが端を持ち上げ、掲げてやった。人々がかすかにざわめく。


「なんだ、あれは……?」

「国旗のように見えるが……ブライトンのものではないな」


 スカーレットは布地を指差して言う。


「これは、ルナという侍女に協力してもらって完成させたものです」


 布地には、大きな紋様が縫い込まれていた。中央に赤い薔薇があり、それに一回り大きな白い薔薇が重なっているデザインだ。


スカーレットは古びた用紙を取り出し、皆に見せた。つたない子供の筆致で、紋様が描かれている。


「この図案は、幼いころに描いたものです」

 スカーレットは、図案を指でなぞる。

「いつか紅薔薇と白薔薇が和解できると、私は信じていました」


 ミアレスへと視線を据える。


「私は、白薔薇を傷つけたいとは思いません。派閥ができていることも、よくない状況だと思っています。同じブライトンを守る者として、まずは手を取り合うことを考えてほしい」

「……ばかばかしい」


 ミアレスはスカーレットを睨みつけた。


「こちらには初代国王がついているのよ。紅薔薇に従う義務などないわ」

「従わなくてもいい」


 スカーレットはミアレスに目を向けた。


「和平を結ぶことは従属じゃないわ、ミアレス。いつか、白薔薇に王位継承権を返す時がくるかもしれない。そうしたら紅薔薇は必ず白薔薇に手を貸し、共に国を守ることを誓います」


 ミアレスは冷たい目でこちらを見返す。


「誰に吹き込まれたの」

「え?」

「そんなものまで作って。そこまでして国王になりたいの?」

「ミアレス……」


 ミアレスは立ち上がり、髪をかけあげた。

うなじの痣に指を這わし、こう唱える。


「白薔薇の気高き王よ、その姿を現し給え」


 彼女の背後に、ゆらりとギリアスの亡霊が現れた。ミアレスは冷たく微笑んで、ギリアスに言う。


「陛下、あの女にもう一度死の宣告を」


 ギリアスは、指先をスカーレットに向けた。


「その娘が国王になれば、必ず死を招く」


 スカーレットは、亡霊を見返した。


「国王になれば死を招く……つまり、私は国王になると、陛下はおっしゃっているのね」


 ミアレスが笑い始めた。


「ずいぶんと自分勝手な解釈ね、おねえさま」


 スカーレットは、議長に視線を向けた。


「議長、召喚したい人物がいるのですが」

「申請がされていないようですが……」


 苦い顔をする議長に、クロードが言った。


「ミアレスも申請なしで初代国王を連れてきただろ?」


 議長はむっとして、


「……では、特例として許可します」


 スカーレットが目くばせすると、クロードが出入り口へと向かった。扉を押し開けると、からからとホイールの回る音が聞こえる。


 その音を聞いて、ミアレスが身体をこわばらせた。彼女は扉のほうへ視線をやり、絶句する。


「お――にいさま」


 室内に入ってきたのは、車いすに乗った青年だった。ミアレスとよく似た美しい面立ち、金の瞳。まばゆいプラチナブロンド。左目には眼帯をしている。彼の姿を見て、白薔薇派が大きくざわめいた。


「ルカリア様……!?」

「なぜ彼が……」

「今までけして、表舞台には出てこなかったのに」


 ルカリアはルナに車いすを押され、こちらへ向かってくる。彼がスカーレットの前にたどり着く前に、ミアレスがルカリアのもとへ向かった。


「おにいさま、どうしてこんなところに」

「僕が来ると何か不都合でもあるのかな? ミアレス」

「そ……そんなこと」


 視線を泳がせたミアレスの頬を、ルカリアが撫でた。彼はじっと妹を見つめ、


「……ギリアス陛下を呼んだの? ミアレス」


 その言葉に、ミアレスがびくりとした。


「悪い子だね」

「だ……だって」

「だってじゃないだろう。僕は約束を守れない子は嫌いだよ」


 ミアレスがさっと青くなった。先ほどスカーレットに向けていた表情とは打って変わり、おびえた子供のようだ。ルカリアはミアレスの頬から手を離し、こちらに視線を向けた。


「やあ。久しぶりだね、スカーレット」

「お越しくださってありがとうございます、ルカリア様」


 スカーレットが礼をすると、彼が目を細めた。


「手紙をありがとう」

「手紙……?」


 ミアレスがスカーレットを睨む。


「あなた、おにいさまに何をいったの!」


 スカーレットはあえてその言葉を無視した。


「ルカリア様、ミアレスがよんだギリアス陛下について、教えていただけますか」

「忌まわしい歴史に触れることになるけど」

「ぜひ、お聞かせください」


 ルカリアはふ、と息を吐いて、美しい金の瞳をこちらへ向けた。


「我がヨークシャー家は、とある神託を受け取った。――いわゆるシャーマニズム。死者と話せる能力だ」

「その能力は、誰にでも備わっているのですか?」

「ああ。ヨークシャーの血は、シャーマニズムの能力と切り離せないものだった」


 しかし、とルカリアはつづけた。


「父には――エルマー・ヨークシャーにはその能力がなかった」


 他家からすればお笑い草だろう。ルカリアはそう続けた。


「能力の欠如は、父の長年にわたるコンプレックスだった。父は、占い(シャー)(マン)を呼んでその能力を補った」


 そして、と続けた。


「父は占い師に強要され、自分の妻すらささげた。そうして生まれたのが僕だ」

「おにいさま!」


 ミアレスが悲痛な叫び声を上げた。ルカリアはそれには構わず続ける。


「どうやらその占い師、力は本物だったらしいね」


 彼は、左目の眼帯をなぞる。


「この片目、眼帯を外すとあらゆる死者が見えるんだ。普通に生活できないから、普段はつけっぱなしなんだけどね」


 スカーレットは、ミアレスの様子を見て目を伏せた。それから、こう問いかける。


「……ギリアス陛下の肖像画が消えたのですが、理由はわかりますか」

「妹が呼んだからだろう。早く戻さないとね」

「おにいさまは、どちらの味方なのですか!」


 ミアレスが叫ぶ。


「君のためだよ、ミアレス」


 ルカリアは淡々と言う。


「長い間死者を呼び出すと、身体に響く」


 ミアレスはぎゅっと唇を噛んだ。だだをこねる子供のような表情だ。


「……おにいさま、スカーレット様が王位につくのをお望みなの?」


 ルカリアはため息を漏らし、かぶりを振った。


「僕は王位に興味がない。ミアレス、おまえもそうだろう。ならば、スカーレットに託すべきだと思わないか?」

「私はおねえさまなんかには従わないわ! おにいさまをおねえさまに、渡したりしない!」


 ミアレスの言葉に、場がざわめき始める。

 モーリスがひらめいたとばかりに手を打った。


「そうか。紅薔薇と白薔薇の和平を実現するために一番手っ取り早いのは、実質上白薔薇の党首である、ルカリア殿下とスカーレットさまが結婚することだよ」


 その言葉に、ミアレスがびくりと身体をこわばらせた。

 やはり、そうなのだ。スカーレットは、ミアレスに声をかける。


「ミアレス……私はルカリアと結婚しようなんて、考えてもみなかったわ」

「白々しい! そんなの嘘に決まってるわ」

「ミアレス……」

「おにいさまはおねえさまに出会ってから、赤い薔薇を飾るようになったの……白薔薇だけが唯一美しい。そう言っていたのに」


 ミアレスは蒼白になって叫ぶ。


「私より勝るところなど一つもないくせに……あなたは私からおにいさまを奪うのよ! ただ紅薔薇の姫であるというだけで!」


 ミアレス・ヨークシャーがなぜ自分を嫌うのか。スカーレットはその理由を、ずっと考えていた。やっと確信したのだ。彼女は、ルカリアに対し、兄弟愛以上の感情を抱いている。


 スカーレットはミアレスを引き寄せ、ぎゅ、と抱きしめた。ミアレスが身体をこわばらせる。


「なにを……離しなさいよ!」

「ごめんね、気がつかなくて」


 細い背中を撫でると、ミアレスが声を震わせた。


「あなたなんて大嫌い」


 ミアレスがずっと恐ろしかった。ずっと、得体のしれない子だと思っていたのに。今の彼女は、ちいさな子供のようにみえた。すべては兄をとられまいとする行動だったのだ。


「離して、紅薔薇なんか嫌いだわ。白薔薇のすべてを奪った紅薔薇なんか……!」


 ミアレスがすすり泣きを始める。場はしん、と静まり返っていた。議長が咳払いし、


「……会議に戻ります」


 各々に着席するよう促した。


 それから一時間後、落ち着いた会場内に、議長の声が響いた。


「では、最終決議に入りたいと思います。スカーレットさまの王位継承権を認める方?」


 赤いテーブルから、ばらばらと手があがった。


「では、お認めにならない方」


 デュポンが勢いよく手をあげたが、続くものはいなかった。彼は狼狽して叫ぶ。


「な、なぜだ。誰もかれも、姫に従おうというのか!」


 白薔薇派の人々は顔を見合わせ、


「ミアレスさまは国ではなく、ルカリア様を思って行動していたということだろう」

「スカーレットさまも頼りないが、ミアレス様のあの様子では王位継承者にはまだ幼い……」

「この裏切り者どもめ! ミアレスさま、いま一度初代国王のお姿を!」


 デュポンがミアレスに迫る。


 ミアレスはおびえた顔をして、ルカリアにしがみついた。ルカリアが彼女の肩を抱き、レスターがミアレスを隠すように立ちふさがる。デュポンはその様子に、いら立ちをあらわにした。


「ミアレス様!」

「やめろ」


 クロードがデュポンをにらんだ。


「相手は十四歳の子供だ。おまえの要求を押し付けるな」

「なっ」

「多数決により、スカーレット様の王位継承を認めます」


 紅薔薇派から大きな拍手が上がった。


「スカーレット様、一言お願いいたします」


 議長に促され、スカーレットは立ち上がる。


「紅薔薇を支持してくれる人たちも、ミアレスも、白薔薇派も、紅薔薇を支えてくれる大事な存在です」


 スカーレットは懸命に声を張った。会議場にいる、一人ひとりの顔を見つめる。敵意や悪意を感じ、ふらつきそうになるが、クロードが後ろからそっとせなかを支えた。


──大丈夫、私にはクロードがついている。ひとりじゃない。


「あなたも、あなたも、あなたも」


 スカーレットは、ゆっくりと全員の顔を見渡し終え、


「みんな、この国を支えるのに必要な人材です。私は王位を継ぐには、さぞ頼りなく見えるでしょう。だけど、だからこそ、みんなに助けてほしい。悪いところがあれば言ってほしい。私はこの国を守るため、ふたつの薔薇の力を借りていきたい──国内での争いを避け、民を守るために」


 そうして、クロードを見つめた。


「飢える子供がいないように」


 彼がスカーレットを見つめ返す。


「私は薔薇戦争を、戦わずして終わらせます」


 言い終えた瞬間、膝が震えた。モーリスが拍手をし始める。まばらな拍手が、大きくなっていく。スカーレットはほ、と息を吐き、

そのままふらついた。紅薔薇派がざわつく。


「スカーレットさま!?」


 伸びてきた腕が、スカーレットを抱き留めた。クロードだ。


「おい、大丈夫か」

「ひ、ひざが笑ってる」

「決まらないな、紅薔薇姫さま」


 くく、と笑ったクロードを見上げ、スカーレットは顔を赤らめた。


「笑うなんてひどい」

「さっきまでのあんたは、立派なお姫様だったのにな」

「……周りがみんな、ジョセフだと思うようにしたの」


 じゃがいもではうまくイメージできなかったのだ。


「それは気色悪いな」

「でも、安心したわ」


 けどそのほうがおまえらしい。彼はそう言って、優しい目でスカーレットを見つめた。

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