紅薔薇姫と白薔薇の王子
☆
「聞いたか、紅薔薇派のユベールがスカーレットさまを殺そうとしたらしいぞ」
「なんと恐ろしい……」
「紅薔薇派の結束力はたいしたものだな。よくクーデターが成功したものだ」
ざわめく場内で、モーリスは腕を組み、目を瞑っていた。会議場の扉が開く音に、ゆっくり瞼を開く。
開いた扉から、ミアレスとスカーレットが入ってきた。いつも通りに美しく、可憐な姿のミアレスは、冷静な瞳でまっすぐ前を見つめている。
一方、スカーレットはといえば、じゃがいも、じゃがいも、とつぶやいている。片手に大きな布のようなものを持っていた。
「一体紅薔薇姫は何を唱えているんだ?」
「それに、手に持っているのはなんだ……?」
「なにをしても、もう悪あがきだろうに」
白薔薇派のテーブルでは、ひそひそ声と嘲笑が交わされている。スカーレットはびくりと身体を震わせた。クロードは手を伸ばし、彼女の手を握りしめる。視線が交わると、彼は唇を動かした。
――大丈夫だ。
スカーレットはほっとして、クロードの手を握り返す。
静粛に、という声があがると、ざわついていた議場が静かになる。
無派閥のテーブルから立ち上がった議長が、いつも通りの文句を並べた。
「ただいまより、第五十二回薔薇会議を行います。本日の議題は引き続き王位継承権についてです」
彼は少女二人に目をやって、
「前回とおなじく、スカーレットさま、ミアレスさま両名にお越しいただきました。ご質問のある方は、挙手をお願いします」
白テーブルから、いくつか手があがった。
「デュポン大臣、どうぞ」
デュポンはふんぞり返るようにして立ち上がり、スカーレットに目を向けた。
「スカーレットさま、ユベールがあなたを誘拐し、殺そうとした、というのは本当ですかな」
彼女は硬い表情で頷く。
「はい。彼は、私に不満があると言いました」
その答えに、場内がざわつく。
「ならば、紅薔薇派ですらあなたを支持していない、ということではないですか!」
勝ち誇ったようなデュポンの声に、同調する言葉があがった。
「そうだ、そんな方に国王が務まるとは思えませんな」
「自ら退くべきではないか」
「ですが、私は」
スカーレットがあげた声が、野次にかき消されそうになる。
「誰にも支持されない国王などいらない!」
「そもそも紅薔薇など、ただの簒奪者ではないか!」
白薔薇派だけではなく、紅薔薇派も声を上げ始めた。
「なんと不敬な、スカーレット様に謝辞しろ!」
「紅薔薇は必要ない、白薔薇の復権を!」
「無礼者! スカーレット様、この者たちに処罰を!」
モーリスがばん、とテーブルを叩いた。
「姫さまが喋ってんだからよお、黙ってきこーぜえ」
穏やかだが凄みのあるその声に、場内がしん、とする。
「ありがとう、モーリス」
「いいえ。続けてください、姫さま」
モーリスはほほ笑んで、話の続きを促した。
スカーレットはほっと息を吐き、小脇に抱えていたものをばさりと振った。背よりも大きい布地だったため、床に擦ってしまう。スカーレットは慌てるが、クロードが端を持ち上げ、掲げてやった。人々がかすかにざわめく。
「なんだ、あれは……?」
「国旗のように見えるが……ブライトンのものではないな」
スカーレットは布地を指差して言う。
「これは、ルナという侍女に協力してもらって完成させたものです」
布地には、大きな紋様が縫い込まれていた。中央に赤い薔薇があり、それに一回り大きな白い薔薇が重なっているデザインだ。
スカーレットは古びた用紙を取り出し、皆に見せた。つたない子供の筆致で、紋様が描かれている。
「この図案は、幼いころに描いたものです」
スカーレットは、図案を指でなぞる。
「いつか紅薔薇と白薔薇が和解できると、私は信じていました」
ミアレスへと視線を据える。
「私は、白薔薇を傷つけたいとは思いません。派閥ができていることも、よくない状況だと思っています。同じブライトンを守る者として、まずは手を取り合うことを考えてほしい」
「……ばかばかしい」
ミアレスはスカーレットを睨みつけた。
「こちらには初代国王がついているのよ。紅薔薇に従う義務などないわ」
「従わなくてもいい」
スカーレットはミアレスに目を向けた。
「和平を結ぶことは従属じゃないわ、ミアレス。いつか、白薔薇に王位継承権を返す時がくるかもしれない。そうしたら紅薔薇は必ず白薔薇に手を貸し、共に国を守ることを誓います」
ミアレスは冷たい目でこちらを見返す。
「誰に吹き込まれたの」
「え?」
「そんなものまで作って。そこまでして国王になりたいの?」
「ミアレス……」
ミアレスは立ち上がり、髪をかけあげた。
うなじの痣に指を這わし、こう唱える。
「白薔薇の気高き王よ、その姿を現し給え」
彼女の背後に、ゆらりとギリアスの亡霊が現れた。ミアレスは冷たく微笑んで、ギリアスに言う。
「陛下、あの女にもう一度死の宣告を」
ギリアスは、指先をスカーレットに向けた。
「その娘が国王になれば、必ず死を招く」
スカーレットは、亡霊を見返した。
「国王になれば死を招く……つまり、私は国王になると、陛下はおっしゃっているのね」
ミアレスが笑い始めた。
「ずいぶんと自分勝手な解釈ね、おねえさま」
スカーレットは、議長に視線を向けた。
「議長、召喚したい人物がいるのですが」
「申請がされていないようですが……」
苦い顔をする議長に、クロードが言った。
「ミアレスも申請なしで初代国王を連れてきただろ?」
議長はむっとして、
「……では、特例として許可します」
スカーレットが目くばせすると、クロードが出入り口へと向かった。扉を押し開けると、からからとホイールの回る音が聞こえる。
その音を聞いて、ミアレスが身体をこわばらせた。彼女は扉のほうへ視線をやり、絶句する。
「お――にいさま」
室内に入ってきたのは、車いすに乗った青年だった。ミアレスとよく似た美しい面立ち、金の瞳。まばゆいプラチナブロンド。左目には眼帯をしている。彼の姿を見て、白薔薇派が大きくざわめいた。
「ルカリア様……!?」
「なぜ彼が……」
「今までけして、表舞台には出てこなかったのに」
ルカリアはルナに車いすを押され、こちらへ向かってくる。彼がスカーレットの前にたどり着く前に、ミアレスがルカリアのもとへ向かった。
「おにいさま、どうしてこんなところに」
「僕が来ると何か不都合でもあるのかな? ミアレス」
「そ……そんなこと」
視線を泳がせたミアレスの頬を、ルカリアが撫でた。彼はじっと妹を見つめ、
「……ギリアス陛下を呼んだの? ミアレス」
その言葉に、ミアレスがびくりとした。
「悪い子だね」
「だ……だって」
「だってじゃないだろう。僕は約束を守れない子は嫌いだよ」
ミアレスがさっと青くなった。先ほどスカーレットに向けていた表情とは打って変わり、おびえた子供のようだ。ルカリアはミアレスの頬から手を離し、こちらに視線を向けた。
「やあ。久しぶりだね、スカーレット」
「お越しくださってありがとうございます、ルカリア様」
スカーレットが礼をすると、彼が目を細めた。
「手紙をありがとう」
「手紙……?」
ミアレスがスカーレットを睨む。
「あなた、おにいさまに何をいったの!」
スカーレットはあえてその言葉を無視した。
「ルカリア様、ミアレスがよんだギリアス陛下について、教えていただけますか」
「忌まわしい歴史に触れることになるけど」
「ぜひ、お聞かせください」
ルカリアはふ、と息を吐いて、美しい金の瞳をこちらへ向けた。
「我がヨークシャー家は、とある神託を受け取った。――いわゆるシャーマニズム。死者と話せる能力だ」
「その能力は、誰にでも備わっているのですか?」
「ああ。ヨークシャーの血は、シャーマニズムの能力と切り離せないものだった」
しかし、とルカリアはつづけた。
「父には――エルマー・ヨークシャーにはその能力がなかった」
他家からすればお笑い草だろう。ルカリアはそう続けた。
「能力の欠如は、父の長年にわたるコンプレックスだった。父は、占い(シャー)師を呼んでその能力を補った」
そして、と続けた。
「父は占い師に強要され、自分の妻すらささげた。そうして生まれたのが僕だ」
「おにいさま!」
ミアレスが悲痛な叫び声を上げた。ルカリアはそれには構わず続ける。
「どうやらその占い師、力は本物だったらしいね」
彼は、左目の眼帯をなぞる。
「この片目、眼帯を外すとあらゆる死者が見えるんだ。普通に生活できないから、普段はつけっぱなしなんだけどね」
スカーレットは、ミアレスの様子を見て目を伏せた。それから、こう問いかける。
「……ギリアス陛下の肖像画が消えたのですが、理由はわかりますか」
「妹が呼んだからだろう。早く戻さないとね」
「おにいさまは、どちらの味方なのですか!」
ミアレスが叫ぶ。
「君のためだよ、ミアレス」
ルカリアは淡々と言う。
「長い間死者を呼び出すと、身体に響く」
ミアレスはぎゅっと唇を噛んだ。だだをこねる子供のような表情だ。
「……おにいさま、スカーレット様が王位につくのをお望みなの?」
ルカリアはため息を漏らし、かぶりを振った。
「僕は王位に興味がない。ミアレス、おまえもそうだろう。ならば、スカーレットに託すべきだと思わないか?」
「私はおねえさまなんかには従わないわ! おにいさまをおねえさまに、渡したりしない!」
ミアレスの言葉に、場がざわめき始める。
モーリスがひらめいたとばかりに手を打った。
「そうか。紅薔薇と白薔薇の和平を実現するために一番手っ取り早いのは、実質上白薔薇の党首である、ルカリア殿下とスカーレットさまが結婚することだよ」
その言葉に、ミアレスがびくりと身体をこわばらせた。
やはり、そうなのだ。スカーレットは、ミアレスに声をかける。
「ミアレス……私はルカリアと結婚しようなんて、考えてもみなかったわ」
「白々しい! そんなの嘘に決まってるわ」
「ミアレス……」
「おにいさまはおねえさまに出会ってから、赤い薔薇を飾るようになったの……白薔薇だけが唯一美しい。そう言っていたのに」
ミアレスは蒼白になって叫ぶ。
「私より勝るところなど一つもないくせに……あなたは私からおにいさまを奪うのよ! ただ紅薔薇の姫であるというだけで!」
ミアレス・ヨークシャーがなぜ自分を嫌うのか。スカーレットはその理由を、ずっと考えていた。やっと確信したのだ。彼女は、ルカリアに対し、兄弟愛以上の感情を抱いている。
スカーレットはミアレスを引き寄せ、ぎゅ、と抱きしめた。ミアレスが身体をこわばらせる。
「なにを……離しなさいよ!」
「ごめんね、気がつかなくて」
細い背中を撫でると、ミアレスが声を震わせた。
「あなたなんて大嫌い」
ミアレスがずっと恐ろしかった。ずっと、得体のしれない子だと思っていたのに。今の彼女は、ちいさな子供のようにみえた。すべては兄をとられまいとする行動だったのだ。
「離して、紅薔薇なんか嫌いだわ。白薔薇のすべてを奪った紅薔薇なんか……!」
ミアレスがすすり泣きを始める。場はしん、と静まり返っていた。議長が咳払いし、
「……会議に戻ります」
各々に着席するよう促した。
それから一時間後、落ち着いた会場内に、議長の声が響いた。
「では、最終決議に入りたいと思います。スカーレットさまの王位継承権を認める方?」
赤いテーブルから、ばらばらと手があがった。
「では、お認めにならない方」
デュポンが勢いよく手をあげたが、続くものはいなかった。彼は狼狽して叫ぶ。
「な、なぜだ。誰もかれも、姫に従おうというのか!」
白薔薇派の人々は顔を見合わせ、
「ミアレスさまは国ではなく、ルカリア様を思って行動していたということだろう」
「スカーレットさまも頼りないが、ミアレス様のあの様子では王位継承者にはまだ幼い……」
「この裏切り者どもめ! ミアレスさま、いま一度初代国王のお姿を!」
デュポンがミアレスに迫る。
ミアレスはおびえた顔をして、ルカリアにしがみついた。ルカリアが彼女の肩を抱き、レスターがミアレスを隠すように立ちふさがる。デュポンはその様子に、いら立ちをあらわにした。
「ミアレス様!」
「やめろ」
クロードがデュポンをにらんだ。
「相手は十四歳の子供だ。おまえの要求を押し付けるな」
「なっ」
「多数決により、スカーレット様の王位継承を認めます」
紅薔薇派から大きな拍手が上がった。
「スカーレット様、一言お願いいたします」
議長に促され、スカーレットは立ち上がる。
「紅薔薇を支持してくれる人たちも、ミアレスも、白薔薇派も、紅薔薇を支えてくれる大事な存在です」
スカーレットは懸命に声を張った。会議場にいる、一人ひとりの顔を見つめる。敵意や悪意を感じ、ふらつきそうになるが、クロードが後ろからそっとせなかを支えた。
──大丈夫、私にはクロードがついている。ひとりじゃない。
「あなたも、あなたも、あなたも」
スカーレットは、ゆっくりと全員の顔を見渡し終え、
「みんな、この国を支えるのに必要な人材です。私は王位を継ぐには、さぞ頼りなく見えるでしょう。だけど、だからこそ、みんなに助けてほしい。悪いところがあれば言ってほしい。私はこの国を守るため、ふたつの薔薇の力を借りていきたい──国内での争いを避け、民を守るために」
そうして、クロードを見つめた。
「飢える子供がいないように」
彼がスカーレットを見つめ返す。
「私は薔薇戦争を、戦わずして終わらせます」
言い終えた瞬間、膝が震えた。モーリスが拍手をし始める。まばらな拍手が、大きくなっていく。スカーレットはほ、と息を吐き、
そのままふらついた。紅薔薇派がざわつく。
「スカーレットさま!?」
伸びてきた腕が、スカーレットを抱き留めた。クロードだ。
「おい、大丈夫か」
「ひ、ひざが笑ってる」
「決まらないな、紅薔薇姫さま」
くく、と笑ったクロードを見上げ、スカーレットは顔を赤らめた。
「笑うなんてひどい」
「さっきまでのあんたは、立派なお姫様だったのにな」
「……周りがみんな、ジョセフだと思うようにしたの」
じゃがいもではうまくイメージできなかったのだ。
「それは気色悪いな」
「でも、安心したわ」
けどそのほうがおまえらしい。彼はそう言って、優しい目でスカーレットを見つめた。




