紅薔薇姫と妹
クロード・ギネヴィアは事態の報告をするため、謁見室にいた。目の前にいる国王は、苦い顔をしている。
「そうか……ユベールが」
そばに控えているモーリスも眉をしかめた。
「ユベールは薔薇革命以前の重臣だろうよ。なんだってぇそんなことを」
「紅薔薇姫が頼りないから、と主張していた。ナタリー姫に王位を継がせたかったようだ」
「ったくよぉ。で、スカーレットさまは?」
「疲れているようだったので、寝かせた。今、ルドルフがそばについてる」
城につくなり、ルドルフは寝ているスカーレットを奪うようにして抱き上げた。
あとは私に任せてください。このルドルフが姫さまをちゃーんと見ておりますので、クロードくんはなんの気兼ねもなく陛下に報告しに行ってくださいね。
──あいつ、面倒だから報告を俺に押し付けてきたな。要領のいいやつだ。
「ご苦労、戻っていい」
クロードは失礼します、と頭をさげ、その場を去ろうとした。
「クロード」
立ち止まったクロードに、王が続ける。
「たとえどんな結果になっても、スカーレットの側にいてやってくれ」
クロードは振り向いて、瞳を光らせた。
「あなたに言われずとも、そうします」
紅薔薇王に従うわけではない。自分の主は、あの娘だ。
「こらクロード、無礼だろうがぁ」
諌めようとしたモーリスを、国王がとどめた。
「いい。狼騎士と呼ばれているんだ。それぐらいの気概がなければな」
誰がそんな恥ずかしいあだ名で呼んでいるのかはしらないが、やめろと思う。扉に手をかけたら、かたん、と物音が聞こえた。
「――?」
扉を開けたら、少女がたたずんていた。この少女は、たしか――。
「ナタリー姫?」
彼女はクロードと視線が合うなり、跳ねるようにして駆けだす。
「おい、ちょっと待っ……」
追いかけようとしたら、肩をつかまれた。振り返ると、モーリスがかぶりを振った。
「なんで止める。聞かれただろ、確実に」
「そっとしといたほうがいい。きょうだいってのは複雑なのさ」
「……」
クロードは、視線を廊下へと戻した。ナタリーの小さな姿は、すでに視界から消えていた。
謁見室を出たクロードは、スカーレットの部屋へ向かった。扉に手をかけようとしたら、それよりも先に開く。
「!」
クロードはつんのめった軽いからだを抱きとめた。
「あっ、クロード」
スカーレットが緑の瞳でこちらを見つめた。先ほどまで寝ていたせいか、白い頰が紅潮している。
「なにしてるんだ、おまえ。どこ行く気だ」
「姫さまってば元気ですね。すぐにおきてしまって。私はもう少し姫さまの寝顔を堪能したかったのですが」
ルドルフは笑顔であぶない発言をする。どさくさに紛れて何を言ってるんだ、こいつは。
「物置にいくの。ついてきてくれる?」
「は? おいっ」
スカーレットは、クロードの袖をつかんでぐいぐい引っ張る。なんだか知らないが、確かに元気そうなのでほっとする。
たどり着いたのは、小さな部屋だった。ドアノブがやけに低いところについている。なかのつくりも、王宮内の部屋にしてはこじんまりとしていた。と言っても、クロードの部屋に比べたらずいぶん広いのだが。
「この部屋は?」
「私が小さかったときに使っていた部屋なの」
スカーレットはそう言って、小さなデスクの引き出しを開け始める。
「なにしてるんだ」
「この辺にあると思うんだけど」
スカーレットはつぶやきながら、部屋中をうろちょろする。手伝おうにも、彼女が探しているブツを知らないので、クロードは傍観するしかなかった。彼女がベッドの脇に膝をつくと、ドレスの裾が捲れあがり、細い足首があらわになった。
「おい」
思わず声をかけたら、スカーレットがあった! と叫ぶ。ベッドの下から引っ張り出した何かを、ばさばさと降る。クロードはもうもうと舞う埃に咳き込んだ。スカーレットが手にしていたのは、何かの図案にみえる。
「なんだそれ」
「昔、お母さまと一緒に描いたの」
スカーレットが埃がついた部分をぬぐうと、図案がよくみえるようになった。クロードはそれを見てハッとする。
「これは……」
「私、これを切り札にするわ」
スカーレットは、目を輝かせてそう言った。
皆が寝静まったころ、スカーレットはひとり机に向かっていた。ランプのあかりを頼りに、文章をつづる。寝台に座らせたぬいぐるみに目をやった。
「上手くいくと思う? ジョセフ」
「大丈夫ダヨ、スカーレット。クロードたちがツイテルし」
「そうよね……」
「もう寝たほうがイイよ」
スカーレットは書いたものを封筒に入れ、立ち上がった。灯りを消そうと手を伸ばしたら、ノックの音が聞こえる。
「はい」
「おねえさま」
「ナタリー?」
扉を開くと、ナタリーが立っていた。真っ青になってうつむいている。
「どうしたの、ナタリー」
ナタリーはぎゅっとドレスを握りしめた。
「お姉さまが……さらわれたって、ユベールに。私の、せいだって」
「そんなこと」
「だって、聞いたの。お父様たちが話してたわ」
「あなたのせいじゃないわ、ナタリー」
彼女はかぶりを振って、スカーレットに抱き着いた。スカーレットは、妹の小さな背中を撫でる。
「だいじょうぶよ、お姉さまは元気でしょう?」
安心したのか、ナタリーがしゃくりあげ始めた。しっかりしていても、まだ十一歳なのだ。
スカーレットはナタリーとともに布団に入った。ナタリーはこちらを見上げ、頬を染める。
「お姉さまと一緒に寝るの、ひさしぶり」
「そうね。でも平気でしょう? ナタリーは私よりずっとしっかりしてるから」
「そんなことないわ」
彼女は目を伏せて、小さな声で言った。
「お姉さまはすごい。ミアレス様と、王位を争うなんて」
「ミアレスは立派だものね」
そう言ったら、ナタリーが必死でかぶりを振った。
「私は、ミアレス様がこわいの」
「どうして? いつも一緒にいるじゃない」
「あれは、マーガレットとリリアが心配だから」
ナタリーは声を震わせた。
「私、みたの……ミアレス様が、何かを呼んでるところ」
「なにか?」
「わからないけど、すごく怖かった」
ミアレス様は怖い。いい人じゃない。だから、早くかえってほしい。彼女はそう言った。スカーレットはつぶやく。
「姉さまも、ミアレスが怖かったわ」
「おねえさまも……?」
「そう。一緒よ」
スカーレットはそう言って、ナタリーに微笑んだ。
「もう寝ましょう。お姉さまがちゃんとついててあげる」
背中を撫でていたら、妹がすやすやと寝息を立て始める。やっと安らげたのだろう。――知らなかった。ナタリーがそんな風に思っていたなんて。
(ミアレスが呼んだものは、初代国王のギリアス。肖像画が消えたことと、何か関係があるのかしら……)
スカーレットは、じっと暗闇を見つめた。




