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紅薔薇姫と誘拐

 気がついたら、自室にたどり着いていて、傍にルドルフとクロードがいた。


「私……」


 そうつぶやいたら、クロードがこちらを向く。


「落ち着いたか」


 碧眼に見つめられると、悪い意味で高揚していた気分がおさまっていく。


「ごめんなさい、混乱して」

「いきなり死ぬとか言われたら、驚くのも無理はありませんよ。はい、紅茶です」


 ルドルフにカップを差し出され、スカーレットはそれを受けとる。


「ありがとう」


 一口飲むと、かすかに甘いにおいが漂った。


「いいにおい」

「ローズティーです。妹が趣味にしてましてねえ」


 にこにこ笑ったルドルフに、クロードが目をやる。


「おまえ、妹がいるのか」

「ええ、これが私にそっくりで」

「それはいやすぎるな」


 クロードはこちらにやってきて、隣に座った。ジョセフを手にし、軽く動かしてみせる。


「いかさま相手に落ち込んでるんじゃない、この布団姫」

「……ジョセフはそんなこといわない」

「今日からは言う。うさぎだと思って舐めるなよ」

「にしても、不可思議ですね。ギリアス王が現れただなんて、まるで神話のようではないですか」


 ルドルフが顎に手を当ててつぶやく。


「見たかったなあ。その場にいなかったのが悔やまれますねえ」

「おまえがいても、こいつと一緒に口をぽかーんと開けてるだけだろうが」

「失礼ですねえ、クロード君。そんなことありませんよね、姫さま」


 スカーレットは小声で抗議する。


「口ポカンなんてしてない」


 クロードは二人には構わず、ジョセフを片手で玩びながら、


「王の証とやらについて、おまえは知ってたのか?」


 スカーレットはかぶりを振った。


「ううん。私がお母さまから聞いていたのは、『ガオガオ森の狼王』ってお話」

「ガオガオ森?」

「民話らしいんだけど――昔々、王宮の裏手にある森では、オオカミが王として君臨していたの。だけどある日、人間に妻を殺されてしまった。オオカミは怒りのあまり化け物になって、森に来る人を殺すようになってしまったの」


 スカーレットは紅茶に映り込んだ自分の顔を見下ろしながら言う。


「困り果てた人間たちは、一人の乙女をオオカミのところによこしたの。オオカミはなぜかその乙女を殺さずに、腕を噛んで神託を与えたの。その乙女が生んだ子が、初代国王のギリアスだって話」


 なぜか、クロードがぴくりと肩を揺らした。


「ほう、乙女は王ではなく王の母になったわけですね」


 ルドルフが相槌を打つ。クロードは少し遅れ、


「……それ、どこの民話だ。この辺りか?」

「うん。どうして?」

「べつに」


 クロードはそれきり黙り込んだ。スカーレットは首を傾げ、彼を見つめた。





 軍靴の音が聞こえる。降りしきる雨のような銃弾の音も。その音に混じって、自分を呼ぶ声が聞こえた。──クロード。クロード、たすけて。


 スカーレット?


 自分を呼ぶ少女のほうへ手を伸ばそうとする。


 いきなり場面が切り替わり、荒れ果てた王宮が目の前に現れた。国旗は破られ、従者たちは殺されている。そうして、広間の中央、玉座に座ったスカーレットが、頭を撃ち抜かれて死んでいた。


 クロードはハッとして起き上がり、額を押さえた。ひどく汗をかいており、シャツが背中に張り付いていた。窓の外を見ると、降りしきる雨が見えた。雨音のせいで、こんな夢を見たのか。


「縁起でもない……」


 汗をぬぐい、水でも飲もうと部屋をでる。騎士団長室から光が漏れ出ているのに気づく。近づいて行ったクロードは、扉の隙間から中を覗いてみる。書きものをしていたモーリスが、こちらに視線を向けた。


「クロード、どうした」


 クロードは扉を開けてするりと中にはいり、壁にもたれた。モーリスの横顔に光があたって、濃い影ができている。そのせいで、浅くはない皺が見える。――この男も歳をとった。


「早く寝たらどうだ」


 どうしても不機嫌な声になる。


「ああ、もう少し仕事したらな」

「そんなタイプか、あんた」

「あのな、俺はほんとーは真面目なんだぜえ?」


 モーリスはこちらに向き直り、で? と尋ねてきた。


「何が」


 眠れないのか、と尋ねた。


「昔っから寝つきが悪いからなあ、おまえは」


 この男を欺くことはできないようだ。


「──ミアレスのあれは、本物だと思うか」

「スカーレットさまが死ぬ、ってやつか?」


 無言で頷くと、モーリスが目を細めた。


「人間はみんな、いずれ死ぬ。だから死なないように頑張る。スカーレットさまは、多くの人間を死なせないために頑張ってる」


 あんなもの、予言とは言わないさ。モーリスはそう言った。彼らしい、楽観的な意見だった。


「でも、現に狙われた」

「ああ。スカーレットさまは、普通の人間より危険な立場にある。だから俺たち騎士がいる」


 モーリスは微笑んだ。


「陛下には俺がいる。姫様にはおまえがいるだろ、クロード」


 そうだ、スカーレットには味方がいる。クロードはノブに手をかけた。


「早く寝ろ、もう若くないんだから」

「おいおい、歳より扱いすんじゃねーよぉ。俺はまだぴちぴちだぜえ」

「歳よりほどそう言うんだ」


 クロードはそう告げて、扉を閉めた。扉の向こうから、モーリスの笑い声が聞こえてきた。





 翌朝、スカーレットは、ジョセフを膝に乗せて考えこんでいた。クロードが迎えに来るまでには、まだ間があった。どうしたら、会議で王位継承権を認めてもらえるのか。膝上のジョセフに尋ねてみる。


「ジョセフ、どうしたらいいと思う?」

「ソウダネ、誰かに相談してミタラ?」

「誰か……」


 お父様? いや、もっと自分に近い人間のほうがいい。スカーレットの脳裏に、ある人物が浮かんだ。


 スカーレットは、ミアレスの居室前に来ていた。腕には薔薇の花束がある。ノックをすると、どうぞ、と声が返ってきた。扉を開くと、ベッドにいるミアレスが見えた。彼女は本に向けていた視線をこちらにやる。


「あら、おねえさま」

「お加減はどう?」

「ええ、平気ですわ」

「これ、お見舞い……」


 スカーレットが花束を渡そうとしたら、レスターがそれを阻んだ。スカーレットはびくりとして、無表情な騎士を見上げる。


「レスター」

「毒が仕込んであるかもしれません」

「おねえさまはそんな方じゃないわ。虫一匹殺すのだって無理でしょう」


 ミアレスはおかしそうに言う。信頼ゆえというよりは、スカーレットを完全に軽んじているがゆえの発言だった。ミアレスは花束を手にし、いい匂いですね、とほほ笑む。


(なんだか……甘いにおいがする)


 スカーレットは、部屋にただよう香りに注意を引かれた。ミアレスの背後に、香炉が見えた。


(あれの匂いかな)


「それで、何かお話があるのかしら」


 ミアレスの問いにはっとして、注意を戻す。


「どうしたらいいかな、と思って」

「何がですの?」

「会議でみんなを納得させるには、どうしたらいいかと思って」


 ミアレスは目を瞬いたのち、くすくす笑いはじめた。


「おかしな方。そんなこと、普通お聞きになる?」

「ミアレスは、みんなを納得させられてすごいな、と思ったから」

「そんな風に私を持ち上げて……なにを企んでいるのかしら」

「企んでなんかないわ、ただ」

「いい方法を教えて差し上げるわ、おねえさま」


 ミアレスは歌うように言った。


「あなたが私に王位を譲って、どこか辺境地に引きこもりでもすれば、みんな納得するし、無駄な争いにもなりませんのよ」

「それは、違う」

「なんですって?」


 スカーレットは、ミアレスを見据えた。


「私がいなくなっても、争いは続く。白薔薇派が王位を取り戻したら、紅薔薇派が取りかえそうとする。限りがないの」

「だから? 紅薔薇が王位を持っていても同じでしょう」

「ミアレス……あなたが王位を取り戻したいのは、ルカリアさまのためなの?」

「そうです」


 ミアレスはハッキリ言い切った。


「おにいさまを、王宮にお連れしたいわ」

「でも、ルカリアさまには王位継承権が」

「私がおにいさまと結婚すれば、問題ないわ」


 スカーレットは目を見開いてミアレスを見た。彼女はいたって平静に見える。


「ミアレス、あなた──」


 言いかけた瞬間、羽交い絞めにされた。


「!」


 振り向くと、無表情な騎士がこちらを見下ろしていた。ぐいっと引き寄せられ、身体がよろめく。


「ちょ、わ」

「レスター、乱暴はいけないわ」


 そう言いつつ、ミアレスは止めようとしない。


 レスターはスカーレットを羽交い締めにしたまま、戸口へずるずる連れて行く。外へ締め出されたスカーレットの目前で、扉が勢いよく閉まった。スカーレットは俯いて、自分のつま先をみつめた。


 スカーレットは自分の部屋へ戻るため、回廊をとぼとぼ歩いていた。庭園に目を剥けると、雨つゆが光って、葉の上を滑り落ちるのが見えた。


昨日の雨のなごりだろう。ぼんやりしていたスカーレットは、回廊の角で誰かにぶつかった。


「!」


 スカーレットはよろめいて、思い切り尻餅をついた。痛みにうめいていると、手が差し出された。


「大丈夫ですか、スカーレットさま」


 視線を上げると、見覚えのある男がこちらを見下ろしていた。


「あなた……」


 眉間に刻まれたものすごいシワ。会議室でミアレスに質問をぶつけたユベールだ。彼は悪びれもせず、


「失礼しました、姫さまだとはまったく気づきませんでした」

「ま、まったく……?」


 ちょっと傷ついたスカーレットは、彼の手を掴んで起き上がろうとした。そうして、ふっ、と既視感を覚える。


この感じ……以前もあじわったような。スカーレットは思わず彼の顔を凝視する。人の顔をまじまじとみるのは苦手だ。だが。この違和感。首筋がちりちりする感じ。


 ──この、ひと。ジョセフをころした、ひとだ。

 彼はじっとこちらを見ながら尋ねてくる。


「どうしましたか、姫さま」


 ちょうど光が彼の背を照らし、その顔が、逆光で黒く見えた。


「こ……こないで」


 スカーレットは震えながら後ずさった。ユベールは無言で迫ってくる。スカーレットは立ち上がり、必死に走り出した。誰かを呼ばなきゃ。


「誰か――!」


 回廊の角を曲がろうとした瞬間、すぐ後ろから靴音がした。腕を掴まれ、ぐいと引き寄せられる。


「や、は、なして!」

「姫さま、一緒に来ていただけますか」

「いや」


 口もとを覆った手を、スカーレットは思い切り噛んだ。


「っぐ!」


 手が緩んだすきに、再び駆け出そうとする。しかし、難なくとらえられた。


「ちょこまかと……」


 あっと思った瞬間、押し当てられたハンカチに、くらりと意識が遠のく。なにか、薬が含まされている――。


 スカーレットの手から、ジョセフが滑り落ちた。

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