紅薔薇姫と死の宣託
☆
「スカーレット様、クロードさまが矢に射られたというのは本当なのですか」
「まあっ、なんてことなの」
「お見舞いに行って差し上げたいわ」
ジョセフを直してもらおうと侍女に声をかけたら、なぜか違う侍女たちにも取り囲まれた。いつもは遠巻きにスカーレットを見ているだけなのに。
彼女たちは、クロードのことについて根掘り葉掘り聞いてくる。スカーレットは目を白黒させる。
「い、いま寝てるんじゃないかしら」
「そうですか……じゃあ邪魔したらいけませんわね」
侍女はがっかりした顔になる。
(クロードって人気あるんだ……)
スカーレットは意外に思う。彼はぶっきらぼうだし、怖がられていると思っていた。スカーレットとて、パーティで助けられなければ彼を恐れていたかもしれない。
黙り込んだスカーレットを見て、侍女はようやく用事について尋ねる。
「それで、どうかなさいましたか、姫さま」
「じ、ジョセフを直してもらいたくて」
「あら、早く言ってくださればいいのに!」
だって口を挟むすきがなかったから――侍女パワーってすごい。スカーレットはそう思う。ルナ、と名乗った侍女は、ルドルフとスカーレットを裁縫部屋に促した。
「クロードくんは人気があるんですねえ。羨ましい限りです」
ルドルフはニコニコ笑いながら言う。
「もちろんルドルフさまも気さくで素敵でらっしゃいます。でもクロードさまは特別なんですの。あのクールな面持ち、人を寄せ付けない背中。抱えている苦悩を私が癒して差し上げたい……なんちゃって!」
ルナはきゃあきゃあ言いながらクッションをぐさぐさ突き刺している。スカーレットは彼女のテンションに若干引き気味になりながら、
「そんなにクールでもないけど……」
「そうそう、意外と話しやすいし、ボケたらちゃんと突っ込んでくれますよ」
ルドルフが相槌を打つ。
「えっ、そうなんですか? 私、頑張ってボケてみようかしら」
話しながらもすいすい針を動かしたルナは、スカーレットにジョセフを差し出した。
「はい、できましたよ、姫さま」
「ありがとう」
スカーレットはすっかり元通りになったジョセフに、目を輝かせる。ルナはその様子を見て、
「本当に大事にされてるんですね、そのぬいぐるみ」
「ええ、お母さまの形見だから」
「まあっ……」
ルナはハンカチを目に当てた。
「なんていいお話かしら。スカーレットさま、私、応援しておりますわ。紅薔薇派、もといクロード様派ですので!」
頑張ってくださいませね、というルナの声
に見送られ、ルドルフとスカーレットは裁縫部屋を出た。
「さすがは姫さまですね。侍女までも虜にするとは」
「いえ、彼女はあきらかにクロードのファンよね」
スカーレットはそう言って、ジョセフを眺めて微笑む。
「でもわかるわ。クロードは、本当は優しい人だから」
ルドルフが拗ねたように唇をとがらせる。
「姫さま、たまにはルドルフも褒めて頂きたいのですが」
「あ、うん、ルドルフも優しいわ」
「なんだか温度差を感じるなあ」
角を曲がろうとすると、前から来ていた人物とぶつかりそうになった。ルドルフが素早くスカーレットの肩を抱く。視界の端でなびく白銀の髪、金色の瞳。
「あら、おねえさま」
「ミアレス……」
「狙われたとききましたけど、お元気そうね」
彼女は至極冷たい声で言った。ミアレスはスカーレットを狙った犯人ではない。だが、スカーレットなど死ねばいいと思っているのは確かだった。
では。ミアレスはそう言って、こちらに背を向けた。スカーレットは思わず、彼女の後ろ姿に声をかける。
「ミアレスはどうして、そんなに私のことが嫌いなの?」
彼女がぴたりと立ち止まる。
「どうして?」
振り向いたミアレスの、金色の瞳が光った。
「私から大事なものを奪おうとするからよ!」
彼女が声を荒げたのは二回目だ。スカーレットは息を飲む。──幼いころ、ルカリアと話しただけで、彼女は怒りをあらわにした。
「姫様、お下がりください」
ルドルフがす、とスカーレットの前に立つ。が、スカーレットはそれを留め、ミアレスに尋ねる。
「大事なものってなに?」
「何ってそれは――」
「姫様」
レスターが声をかけると、ミアレスは一瞬で冷静さを取り戻した。スカーレットの問いには答えず、
「……今度の薔薇会議で、あなたの敗北が決まる。楽しみにしていますわ、おねえさま」
踵を返して歩いていった。レスターはそれに付き従う。
ルドルフはミアレスとレスターを見送り、腕を組む。
「ずいぶんと自信ありげでしたねえ」
「ミアレスにはなにか切り札があるんだわ……」
「探ってきましょうか?」
スカーレットはかぶりを振った。ぎゅ、とジョセフを抱きしめる。
「大丈夫。なにがあっても、私は負けない」
「その意気です、姫さま」
そう、スカーレットには、騎士が二人も付いているのだから……。
☆
そして、紅薔薇姫、白薔薇姫が召喚される薔薇会議の日がやってきた。スカーレットは緑色のドレスを着て、自室の鏡台前に座っていた。侍女のルナが、背後から声を駆けてきた。
「スカーレット様は色白でいらっしゃるので、緑のドレスがお似合いですね」
「そうかな」
「ええ、そうですとも」
彼女は手早くスカーレットの髪を巻いた。ぱたぱたとおしろいをはたかれて、スカーレットはけほっとせき込む。
薄化粧を施した後、仕上げに唇に色が入った。ルナはスカーレットを見て、ほうっと息を吐いた。
「なんて美しいの。まさに紅薔薇の姫君です」
スカーレットは、鏡の中の自分を見た。緩く巻いた緋色の髪が肩に落ち、緑色のドレスと引き立てあっている。
頬は薄紅色に色づいて、唇はかすかに艶めいている。自分ではどうなのかよくわからないが、いつもよりは姫らしく見えるだろうか。
そう思っていたら、ノックの音が聞こえた。返事を待たずに、扉が開く。
「おい、まだか……」
扉の向こうにいたクロードが、スカーレットを見て口を閉ざした。スカーレットは彼に駆け寄り、
「起きていて大丈夫?」
「十分寝たし、元々大した怪我じゃない」
彼はそう言って、スカーレットの頭に手を置いた。緑色の瞳で見上げたら、ふ、と笑う。それを目にして、ルナが真っ赤になった。
「あ! 見て、ジョセフ、治ったのよ」
ジョセフを差し出すと、彼は受け取ってしげしげ眺める。
「元どおりだな。大した腕だ」
クロードの視線を受けて、ルナが慌ててかぶりを振る。
「わ、私は当然のことをしたまでですので」
「その当然のことを、しないやつが多いんだよ」
クロードはスカーレットにジョセフを返し、行くぞ、と言った。部屋を出たら、ルドルフが立っていた。
彼はスカーレットを見るなり、目を見開いた。ふらついたルドルフに、スカーレットはぎょっとする。
「なんと……神話でしか見聞きしたことのない薔薇の妖精がここに! 今すぐ私の部屋に保護しないと!」
ルドルフはそう言って、スカーレットを抱き寄せようと手を伸ばす。クロードは、無言で彼の頭を叩いた。
「いったー、なにするんですか」
「今日はおちゃらけていい日じゃない」
「私はいつでも本気ですが?」
「……いくぞ」
クロードはため息をついて、さっさと歩き出す。ルドルフは、スカーレットに片目をつぶってみせた。
「頑張ってくださいね、姫さま。ルドルフも陰ながら応援しておりますので」
おそらく、スカーレットの緊張をほぐすため陽気にふるまっているのだ。
「ありがとう、ルドルフ」
スカーレットはそう言って、彼にジョセフを差し出した。
「預かってくれる?」
「おや、いいのですか?」
「ええ。私には、クロードがいるから」
その言葉に、ルドルフはおやおや、とつぶやいた。
「少々ジェラシーを感じますが……ここは大人になりましょう」
彼はジョセフの手をつまんで、手を振るように動かした。
「行ってらっしゃいませ、姫さま」
「うん、行ってくるね」
スカーレットはクロードに追いつく。彼はちら、とこちらを見て、
「いいのか、ジョセフは」
頷いたスカーレットは、彼の手をそっと握った。ぴくりと肩を揺らしたクロードが、こちらに視線を落とす。
「だめ?」
「……ぬいぐるみ置いてきたから、褒美に握っててやる」
クロードがスカーレットの手を握り返す。繋いだ手の暖かさに、スカーレットはほ、と息をついた。いまから、戦わなければならない。誰かを傷つけるためではない。傷つけないための戦いだ。
場内に入ると、視線が集まってきた。
「なんと……あれがスカーレット様か」
「見違えたものだ。布団姫とは思えぬ」
「マリア様の娘だぞ。醜いわけがない」
固まっているスカーレットに、クロードがささやいた。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……」
「全員ジャガイモだと思っとけ」
「じゃ、じゃがいも……?」
会議場には、すでにミアレスとその騎士、レスターがいた。純白のドレスをまとったミアレスは、いつも以上に美しかった。
いつものように冷静なまなざしを向けてくる。紅薔薇派のテーブルにはモーリスがいて、こちらに軽く手をあげて見せた。
扉が閉ざされると、丸テーブルについていた一人の男がすっくと立ち上がった。彼は口を開き、一声発した。
「静粛に」
ざわついていた場がしん、となる。スカーレットは、モーリスが言っていたことを思い出す。
──縞模様の丸テーブルに座ってるのは中立派だ。議長はいつも中立派の人間が行う。紅薔薇派や白薔薇派の対立が激しくなった時は、議長によって会議が強制終了される、と。議長だと思われる男が立ち上がった。
「ただいまから、第五十一回薔薇会議を始めます。議題は引き続き王位継承権問題についてです。今回は当事者であるスカーレットさま、ミアレスさまが召喚されました。ご質問のある方は挙式を」
「はい」
さっそく手をあげたのは、白薔薇派のテーブルに座っている男だった。
「デュポン大臣、どうぞ」
彼は立ち上がり、髪の分け目をなぞった。スカーレットに視線を据えて尋ねる。
「スカーレットさま、あなたは普段、ぬいぐるみを持ち歩いていらっしゃるようですが……今日はお持ちでないのかな?」
「は、はい、ジョセフは置いてきました」
「名前をつけてらっしゃるのですか。これは愉快だ」
白いテーブルに、さざなみのような笑い声が起こった。スカーレットは顔を真っ赤にして俯く。
だん、という音に、笑い声がやんだ。隣に立つクロードが、足を鳴らしたのだ。彼はゆっくり口を開いた。
「ジョセフはマリア王妃の忘れ形見。おまえらはそれを笑ってるんだぞ。こいつが王になったとき、不敬罪で首を切られなきゃいいがな」
その言葉に、デュポンが眉をしかめる。
「生意気な小僧だ。モーリスはどんな教育をしてるんだが」
「しようがありませんよ。何せ彼は……」
隣の席の男に耳打ちされ、デュポンは何かに気がついたように唇を歪めた。
「随分と礼儀を知らない騎士ですね。ああ、でも仕方がないか。捨て子ではね」
モーリスがデュポンを睨みつけた。デュポンは、余裕たっぷりにモーリスを見返す。
「しかも養い親が田舎生まれの騎士ではな」
クロードの瞳の色が、怒りで濃くなった。
「モーリスは関係ないだろうが」
彼が手に剣をかけたら、場内がざわついた。
「恐ろしい……騎士というよりチンピラだな」
「クロード、落ち着いて」
スカーレットはそっとクロードの袖を引く。
「デュポン大臣、質問はひとつにしてください」
議長が箴言する。
「ああ、申し訳ありません」
デュポンはうやうやしく礼をし、席に着いた。
「他に質問がある方は?」
「はい」
やけにまっすぐあげられた手に、スカーレットは視線をやった。立ち上がったのは、眉間に深いしわを寄せている男。
「どうぞ、ユベール大臣」
指名され、ユベールが立ち上がる。
「ミアレスさまに質問があります」
「なにかしら」
「先日、スカーレットさまが襲われた件についてです」
「ああ……それがどうかして?」
「首謀者はあなたではないのか」
彼が放った言葉に、その場がざわついた。ミアレスは不思議そうに首を傾げ、
「私?」
「ええ。スカーレットさまを亡き者にしようとするなど、あなた以外には考えられない」
犯人はミアレスではない。スカーレットはそう言おうとしたが、それより先に、ミアレス自身が口を開いた。
「私には、そんなことをする理由はないわ」
「なぜそう言い切れるのですか?」
彼女はテーブルに背を向け、髪をかきあげた。白いうなじに、薔薇の紋様が浮かび上がっている。
「それが証拠? よくわかりませんが」
モーリスがいぶかしげな声を出すと、デュポンが立ち上がった。
「そ、それは! 『王の証』!」
「王の、証?」
他の者は怪訝な顔をするが、デュポンは一人興奮気味に叫ぶ。
「知らないのか! 七王国時代に神から授けられた、ヨークシャー家の者だけに現れるしるしだ! これを持つものはみな王となっている」
クロードが口を開いた。
「だからなんだ。たかが薔薇の入れ墨だろう」
「たかが、と言ったかしら」
ミアレスは黄金の瞳をクロードに向け、自身の首筋に手を這わせた。美しい声で唱える。
「白薔薇の気高き王よ、その姿を現し給え」
すると、薔薇の紋様が光り始める。その様子に、場内がざわついた。やがて、ミアレスの背後にふわり、と人影が表れた。
揺らめいて、形をはっきり表しだす。それが誰なのか、わかった瞬間にどよめきが大きくなる。
「初代国王、ギリアス・ヨークシャー……!」
幽霊、もしくは幻覚? なんであろうと、その場にいた人間はみなギリアスに釘付けになった。ミアレスは、ギリアスに話しかける。
「陛下、スカーレットおねえさまに宣託を」
ギリアスはスカーレットにす、と指先を向け、
「もしその娘が王位につけば、必ず死ぬだろう」
スカーレットは息を飲んだ。
――死ぬ?
ギリアスが姿を消すと、ミアレスがふ、と意識を失う。レスターは難なくそれを受け止めた。場内は混乱にどよめいている。
「なんてことだ、スカーレットさまが死ぬだと」
「あんなものはでたらめだ、ペテンを使うとは、白薔薇も落ちぶれたものだな」
「貴様、ミアレスさまを侮辱する気か!」
だんだん場内の雰囲気が悪くなっていく。
「会議は閉会します。スカーレット様、ミアレス様、お二方は次回の召喚を待ってください」
議長はうんざりしたようにそう言い捨てて、その場を後にした。呆然とするスカーレットを、クロードが引き寄せる。
「いくぞ」
スカーレットは、狼狽してクロードを見上げた。
「クロード、私、しぬ、って」
「なにを真に受けてるんだ。あんなの、インチキに決まってる」
彼に引きずられるようにして、スカーレットは広間を出た。




