プロローグ
嵐が近づいている。窓を風が叩く音が、まるで軍靴のように聞こえた。バラバラと降り注ぐ雨は銃弾に似ている。嵐は嫌い。嵐は怖い。
スカーレットは気に入っているうさぎのぬいぐるみ、ジョセフを抱きしめて震えていた。どうして、戦わないといけないんだろう。戦はいやだ。戦は人が死ぬ。人が傷ついて、憎しみ合う。痛くて、悲しくて、血がたくさん出る。
その戦を起こそうとしているのは、父だ。話し合えばいいのに。戦わないといけない理由など、ないのに。
ノックの音が聞こえて、スカーレットはびくりとした。
「スカーレット」
父の声だ。開かれようとした扉に向かって、スカーレットは叫ぶ。
「いや、入らないで」
扉は半ばで動きを止めた。
次いで、違う男の声がする。
「スカーレット様、お父上は今から戦いに行かれるのです。きちんとお見送りを」
スカーレットはジョセフの手を自分の耳に押しつけ、塞いだ。
戦いに行くから見たくないのだ。優しい父が、豹変したところを見たくない。人殺しの顔を、見たくない。
「ユベール、あの子はいつからあんな風になってしまったのだろう。こもりがちで、臆病で、我が家の跡取りにはあまりに頼りない」
「お母上が亡くなって間もないのです。無理もない」
扉の向こうから、会話が漏れ聞こえてくる。スカーレットはジョセフをそっと降ろした。
「十を過ぎてから、あの子は必要以上に他人を恐れるようになった」
そう、スカーレットには人が怖い。豹変した人間の顔が怖い――。
そうしてその夜、スカーレットが恐れたとおりに、何十人もの人間が死んだ。スカーレットの父、アルバート・ランカストラルは、ブライトンの国王、エルマー・ヨークシャーをクーデターによって自殺に追い込み、王位を簒奪した。
戴冠式ではヨークシャー派の貴族たちが、アルバートを簒奪王だとののしった。
スカーレットは大人たちが恐ろしい顔で怒るのを見ながら、国旗を彩る薔薇の色が、白から赤へ変わるのを見た。




