第9話
「ねぇゲインズ!」
呼び止めようとするがゲインズは振り向いてくれない。こちらに気づいてすらいないようだ。
「エリー!待ってよ!」
少女の背中に触れようと手を伸ばすが、決して触れることはない。
「振り向いてよ!僕を1人にしないで!」
その時だった
スグルの後ろの闇の中から細く白くしなやかな手が伸びてくると、スグルの肩を掴んだ。
「よくも…君を殺してやる、私が君をズタズタに引き裂いてやる…」
恐ろしい女の声だった。若い女性だろうか、透き通るようなその声の中にはスグルに対する怒りが満ちていた。
気づくと目の前の2人は消えてしまっていた。
後ろの女もいつの間にか消えて、、、
「おい起きろ!クソ魔族が!」
荒々しい声で叩き起こされた。
「さっきのは夢だったのか…」
「はぁ?何言ってやがんだクソ魔族!ほら!飯だ!さっさと食え!」
そう言うと、男は乱暴にパンとスープの乗ったお盆を隙間から部屋に入れてきた。
”ん?部屋?”
急いで周りを見渡す。状況が全く飲み込めない。
自分の周りは鉄格子で囲まれていて、床は冷たい石でできていた。部屋には便器とベッドと小さな曇った鏡だけ。
目の前の男は頭をベットリと固めた七三分けに軍服のような、制服のような、よく分からない紺色の服を着ている。状況から見て看守的な役職なのだろうか。
それにしても先ほどからクソ魔族と蔑まれているのは誰なのだろう。
「ねぇ、魔族が近くにいるの?」
男は一瞬驚いたような顔になるが、直ぐにニヤリと笑みを浮かべ
「はぁ?テメェのことだぜ?自分の種族くらい分かってんだろ」
恐らく看守であろうその男はケタケタと笑う
とても人を不快にさせる笑い方だった。
ひん曲がった性格で、とても人に好かれるタイプには思えない。
スグルは怒りをぐっと堪えてもう1つ質問する。
「ここはどこ?」
看守はニヤけた顔で言った
「ここはリヴェール第六支部の地下牢だ。テメェはもう2度とここから出ることはできねぇ、いろいろ吐かせたら後は処刑だクソ魔族」
言い終わると同時に再びケタケタと笑い始めた。
状況が飲み込めなかった。
自分が魔族のはずはない。何かの間違いだと思った。
ハッとなり看守であろう男に問う。
「え、、エリーとゲインズさんは?…」
男は笑うのを辞めてその表情に怒りを宿す。
「テメェがあの2人を殺したんだろうが!!」
男は怒鳴り上げた。
その時告げられた2人の死に悲しみと悔しさが蘇る。
「夢じゃなかったんだ…」
涙が溢れてくる。
「テメェがあのオジキとお嬢さんをなぶり殺しにしたんだろ!あんなヒデェ殺し方でよぉ!!テメェにはもっと酷い死に方を用意してやるからな!!」
どなり散らす男の目は血走り、額には血管が浮き出していた。
「…そんな訳ない…」
「あ?」
「僕は殺してない!」
「何言ってんだテメェ!責任逃れかオイ!」
「やったのは女の悪魔だ!僕じゃない!」
途端にスグルの心は怒りに支配される。黒く汚れた何かが湧き上がってくるのを感じた。
それを見て男はニヤリと笑うと
「おいクソ野郎、じゃあ今テメェの全身から湧き出てる黒い煙は何だ?」
どういうことだと一瞬戸惑いながらも、自分の掌を見てみる
「…なに…コレ…」
スグルの身体から黒い靄のようなものが出てきていたのだ。
食べ物を焦がしてしまった時に立ち込めるような煙とは明らかに違うそれは、あまりにも禍々しくうねり、まるで意思を持っているようにさえ思えた。
「そいつがテメェが悪魔だってことの証拠だ」
フンっと鼻を鳴らして男は椅子に踏ん反り返った。
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しばらくすると上から人が降りてくる音がした。
目の前の男は椅子から立ち上がると時計を確認して、締まった態度になる。
階段を下ってくる足音が近くなる。
そして男が現れた。帽子を深く被り看守の男と似たような服を着た細身の男だった。死んだ目をした男だった。
「時間ぴったりであります!」
そういうと看守の男は深々と帽子の男に頭を下げた。
帽子の男は看守の男の姿を目の端で捉えるとそのまま無視して、スグルに近づく。
そして鉄格子越しにこちらを見下すと
「俺はルグドだ、ここの準責任者をしている。貴様を我が支部の特攻隊として使うことにした。死んで働いてこい」
そういうとルグドは薄気味悪くその顔に笑みを浮かべた。




