第8話
雨の中を走る。
その足音は止むことなく降り続く雨にかき消されてしまう。排水施設がちゃんと整備されていないのか、それとも想定を上回るほどの降雨量なのか分からないが、石畳の道は水に浸ってしまい、その上を走るのはとても体力を使う。
息が切れる。
擦り傷が痛む。
戻ることを拒もうと決心を揺るがす弱い自分がいる。
全てをかなぐり捨ててもう一歩さらにもう一歩と前へ進んでいく。
「僕が…なんとかしないと…せめ、て、誰か..の.ために...僕は死にたい!」
息が切れる。歯をくいしばる。
ずっと引きこもりをしてきたせいでとっくの昔に体力なんてスッカラカンになってしまっている。
それでもなお走り続けるのは2人を想う強い意志だった。
この世界に来て初めて護りたいモノが出来たのだ、守らなくてどうするというのだ。
たとえ力及ばずとも、立ち向かうことに意味があるのだ。
一歩前へ踏み出すたびに少しずつ絶望が近づいてくるのが分かる。
胸の中に熱い気持ちが湧き上がってくるのが分かった。
そして少年は戻って来た。
助けは来ない。
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そこにゲインズの姿は無かった。どこにもいない。
ロフの銃声も聞こえないのだ。
「家の中…」
ゴクリと唾を飲み込むと、拳に力を入れて暗い家の玄関に入る
人の気配がない。
電気の付いてない家の中は雨の音と相まってとても不気味だった。
とにかく何か武器になるモノが欲しかった。廊下を真っ直ぐに進み台所まで来ると、そこに掛けてあった包丁を手に取り、両手でぎゅっと握り前へ突き出してゆっくりと台所を出て前へ進み、家の中を移動する。
新しく武器を持ったその手にはじっとりと嫌な汗が染み出していた。
暗い家の中で時計の針の音と湿気った靴の音が響く。
その時だった。
「逃げろ。スグrっ…」
ゲインズの声だった直ぐ隣の部屋のドアが開いているのが分かり、扉をゆっくりと押して中の様子を伺う。
「ゲインズ?」
そこはエリーの部屋だ。その部屋の壁に大きな塊が置いてあるように見えた。
その塊はスグルの存在に気づくと状態を崩し、ズルズルと体を引きずりながらスグルの足元に到着する。
「に、、ぐぇ!」
ゲインズだった。その姿はあまりにも酷く悲惨なものだった。
喉は裂かれ、両目は潰れ、なんども顔面を蹴られたのかいたるところが陥没し、ひゅーひゅーと呼吸の音がかすかに聞こえる。
四肢はへし折られて、右手は手首から下が無くなっていた。
この世の光景とは思えなかった。
ここに来るまでに積み上げた決心はいとも簡単にへし折られ、生きる気力は底に尽きかけてしまう。
「あら、帰って来てくれたの?私嬉しいわよスグル君が来てくれてすごく嬉しいの。」
部屋の奥から少女が出て来る。
悪魔だ。だが様子がおかしい。最初に見た時とは明らかに違うのだ。額が割れ、腕はバキバキに折れてしまい、足首もぱんぱんに膨れ上がっている。
ここまでは変わりない。だが何故だろう、明らかに彼女の声から力が無い。
よく見るとエリーの胴体部分に3箇所ほど穴が開いているでは無いか。
「あ〜ぁこの身体気に入ってたのに、この男の弾丸、、魔族殺しの呪印が彫ってあるじゃないの。ちょっとその気になって動けなくしちゃったから私は入れなくなっちゃったのよ。ホント、貴方が来てくれて助かったわよ、スグル君」
恐ろしかった。目の前の光景が、凄く怖かった。少女が近づいて来る。
尻餅をつく。
少しずつヨレヨレと近づいて来る。
後ずさりする。
その時だった、エリーの右ポケットが何か光っていた。手鏡だった。
この部屋に来た時にも感じた違和感。
エリーの部屋は掃除の時に一度だけ入ったことがあったが、その時部屋にあった鏡は大体二つほどだったのだが、今この部屋には10つほど置いてある。
見ると全て家中からかき集めたもののようだった。何かが引っかかる
”鏡が必要な悪魔なのか?”
予想を瞬時に立てる。
エリーの身体が部屋の中央まで来ていた。その時。
「一か八か!」
足元まで伸びたゲインズの手に握られていたロフを手に取ると、部屋の鏡に向かって一撃放った。
ドゴン!と大きな音がして、部屋の1番奥にあった鏡が3つほど粉砕される。
それと同時にスグルの右腕腕の骨がロフの威力に耐えきれずに、ひしゃげて悲鳴を上げる。
「あぁああ!!!!!!!!!」
あまりの痛みに悶絶する。
すると少女は、
「あら、良い線いってる。とゆーよりよくわかったわね。けどもう遅いわよ。」
少女の顔がもう目の前にあったのだ。
頑張った。そう思った。
「スグル君。最後に良い線いったご褒美よ。教えて上げるわ。」
少女の中の悪魔は笑う。
「私は反射の悪魔。光の悪魔とも言われているわ。ふふっ鏡を媒体にして力を発揮するのだけれど、答えにたどり着くのが2人とも遅かったみたいね。」
微笑みが増す。
「あら、ゲインズお父様はもう息をしてないわね。残念。あ、ちなみにもうこの娘も死んでるわよ?ごめんねぇ?」
スグルはもう聞いていなかった。頭の中が真っ白になり。目の前の少女が何を自慢げに言っているのかも分からなかった。
「あら、人が近づいて来るわね。それも大勢。支部の兵士かしら、楽しみね。」
少女はニンマリと笑いながらスグルの身体を舐めるように見ると、
「筋肉も少なくて細身だし、なんだか動きやすそうね。」
意識が遠のく。
涙で霞んでいた視界にも終わりが近づく。
暗くなっていく。暗く、暗く。
その闇の中で黄色い眼光が満足そうにこちらを見つめているのであった。






