第26話
地下牢に誰かが降りて来る
足音が近づいて来ることでしっかりと分かる
「ボクは執行人の都合もあるし、刑執行までに日にちがあると思うからさ、多分スグル君だと思うよ」
隣からヒソヒソ声でスグルにニトが話しかけてきた
ニトの言葉に頷くことで返事とすると螺旋状の階段の陰から何やら不審な動きでこちらをチラチラとのぞいてくる小さな人影に視線を合わせる
「そんなことよりニトさん、あの、さっきからあの人なんなんでしょうか…」
「さぁ、ボクも見たことない人だし、かれこれ30分くらいあそこにいるね、よく見ると何だか小さくて可愛らしいじゃないか」
そう、この人影はスグル達が目覚めてからずっと階段の陰からこちらをチラチラと見ては隠れてを繰り返している
スグルの場所からはその姿はほとんど見えなかったが、ニトの場所からならどうやら見ることができるらしいが、フードを深くかぶっているため、素顔までは見えてはいないだろう
いい加減その行動にストレスが溜まってきたため、話しかけてみることにした
「あ…あの…そこで何して…」
「っっひゃァッ!?」
「ヒィッッ!!??」
話しかけたスグルの声にビクっと体を反応させて突然甲高い奇声を上げると、それに驚いたスグルも思わず声をあげてしまった
互いに腰を抜かしている2人の姿を見ていたニトが堪え切れなくなってクスクスと笑ってしまった
「ニトさん!笑わないで下さいよ!…まったくもぉ…」
「いやぁ、ごめんよ、わざとじゃないんだ。本当にごめんね」
いまだに口元を押さえ、笑いを堪えながら片手を顔の前に出して謝るニトの姿に、真面目な謝罪の態度は見受けられない
「それで!一体なにしてるんですか?誰なんですか!」
不意に驚かされてしまったこととニトに笑われてしまった事実もあいまって、若干怒り気味に目の前で尻餅をついている人物に再び問うてみる
「わ!わわわわたし!私は!第2支部物資補給班のキッドです!キッド・エメラルダといいます!」
まだびくついているのか、焦りなのか緊張なのか、非常に慌ただしい自己紹介だった
一生懸命名乗ったのだろうが、
眉間に軽くシワを寄せながらフードをかぶた不審者キッド・エメラルダを見るスグルの視線は変わることはなかった
一方、ニトの方はどうやらキッドという名前に心当たりがあるらしく、驚いた表情で目の前の人物を見ていた
「キッド…物資補給班のキッド・エメラルダってまさか!」
その時、ニトの声を無視し、断ち切るようにキッドのさらに後ろの陰からもう1人の人影が現れてその横を通ってツカツカと室内へ入ってくると、そのまま鉄格子の前にしゃがむと
「ほぉ…お前がスグルか…ん?女だったのか?」
銀髪の前髪をだいたい七三分けに分けたの男だった、アランがガッチリと髪を固めていたのに対して、この男はどうやらてきとーに分けたというかんじの髪型である
どうやら聞こえていた足音はこの男のものだったらしい
「いいかい?今回の狩の標的は魔女だ、恐らく死人が何人も出るはずだ、その中でお前を守りながら戦闘の経験を積ませてやるのが今回の俺たち第2支部からの支援組の仕事だ、死なない程度に頑張れよ」
無表情だった、あまりにも冷たく、感情の無い声で話しかけてくる口元が服で隠れていて、発言の真意が分かりにくいところがあるが、その雰囲気は、どこかルグドに似たところがあった
「ちょっと!エヴノフさん!私今自己紹介の途中だったりするのです!」
「ほぉ、お前も来ていたのかキッド、極度の人見知りのお前が自己紹介などできるのか?」
どうやら2人は顔見知りらしく、キッドも緊張する事なく話しかけている
キッドの言葉にたいして、気づかなかったといいたげに軽くあしらった後に貶すエヴノフは無慈悲なようにも見えるが、様子を見ていると、どうやらいつものことのようだ
「おいおいぃ、エヴっちいっつもキッドちゃんにきびしぃっちゃなぁ?ほら、キッドちゃんもフード取りなってぇ、せっかくかわいいのによぉ?」
階段の上からさらにもう1人の降りて来た
オレンジ色のボサボサになった頭のその男は降りてくると同時にキッドのフードを勢いよく剥ぎ取る
するとフードの下から現れたのは、緑色の挑発を綺麗に三つ編みにして片方の肩から垂れさせている黄色い瞳の可愛らしい女の子だった
「あわわわわ!!やめて下さいよ!このヴォルフさんの変態!スカタン!」
ごめんごめんと軽く謝るふりをすると、ヴォルフはキッドの頭をボサボサと撫でた
「それにしてもよぉ、キッド、オメェもここに来るとはきいてないぜ?どーゆー風の吹き回しだ?」
軽く謝っているのはお見通しなのだろう、睨んで来るキッドから話で誤魔化すようにヴォルフが仕掛けた
「それですよ!私もビックリなのです!昨日の夜いきなり呼び出しがありましてね?ほんの1時間前ほどにこちらに転移魔術で飛ばされて来たばかりなのです!」
「なるほどそーゆーことか、ここの貧弱な兵達にもお前の創造魔法でましな武具を作ってやるわけだ、兵を失いすぎるのは全体にとって良いことはないからな、」
「そうなのです!流石エヴノフさん!」
あんたとは大違いだな!とでもいいたげな目でヴォルフの方を見ているがヴォルフは気づかないふりをしてそれを無視する
「そーいえばエヴっちはもうスグルの姿は確認したのか?」
「当然だろ、目の前に本人がいるのだ、その質問の意味がわからないのだが?」
「へぇ、んじゃあさぁよぉ、どっちがスグル?」
ビシッと効果音のつきそうな勢いで鉄格子の方を指差した
「こっちだ」
「…やっぱりなぁ…」
はぁっと深くため息をしてヴォルフは頭を抱えた
それと同時にシンクロするようにしてキッドも頭を抱えた
「あ、あのぉ…スグル君はとなりです…ボクは、042、今はニトっていいます…」
瞬間、エヴノフは目の周りの筋肉だけが力強く動き、文字通り目を丸くした
そして次の瞬間にはスグルの目の前に移動して話し始めた、
「いいかい?今回の狩の標的は魔女だ、恐らく死人が何人も…」
「すみません…それ、隣から聞いてました…」
場の空気が凍りついた瞬間だった
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しばらくの無音が続いた後、第一声を放ったのは、エヴノフだった
「…キッド…俺よりも先にここに居たということは、もうスグルに着せる防具はできているんだな?…」
「う…うん!もちろんだともだよ!」
苦笑いしながらキッドは物陰からローブを1枚取り出した
それを見て、エヴノフはよし、と頷くとスグルの方に振り向くと
「装備は整っている、ルグドがそこまでしてお前に目をかけている意味が分からないが、まぁ期待しておく、今夜出発だ、また迎えにくる。」
そう言うと胸元から紙切れをポイと鉄格子の中に投げ込んで足早に部屋から出て行ってしまった
「んじゃぁ、俺たちも行くかいキッドちゃん」
「う、うん」
エヴノフの後を追うようにして2人も部屋を出て行こうとする
途中でヴォルフがちらりと振り返ると言った
「おい!スグルっち!その前髪とか正直邪魔やろ!出発前に切っときや!」
ニカニカと笑いながらそのまま出て行くヴォルフの後ろを、スグルたちに可愛らしく手を振りながらキッドが付いて行った
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「嵐のような人たちでしたね…」
「うん…あの人達が今回スグル君と任務にあたる第2支部の精鋭の人たちだよ、あの人たちがボクたち人類の最後の希望なのかもしれないんだ、、ルグドさんから目をかけてもらえてる君だって、きっと、英雄になれるんだとおもう、今回の魔女討伐頑張ってね!」
うん、と素直にスグルは頷いた
ニトにとって、ルグドとは1つの強さの基準であり、正義の基準なのだろう、そして、正義かは分からないが、強さの基準の中にスグルも入ってくるのだろうと、ニトは薄々思っていた
曖昧な記憶の中で、確かにあの時、目の前の2人と戦い、その存在を消し去ってしまった少年の力に対して、希望と同じ、否それ以上に恐怖を感じていたからだ、
ルグドや、その他の支部のトップ達とは異なる、闇に淀んだ力をニトはスグルから感じていた
少し考え込んだ表情のまま下を向いていると、隣の鉄格子からスグルがつぶやいているのが聞こえてきた
「この紙切れ…なんだろ、地図?」
どうやら、先ほどエヴノフに渡された、というよりも投げられた紙切れをスグルが拾ったようだ
「どれどれ、ボクに見せてごらん?」
ニトはスグルから鉄格子ごしに紙切れを受け取るとすぐに目を通した
どうやら本当に地図のようだった
そして、地図にばつ印のつけられた場所にニトは覚えがあった
「あれ?ココってたしか…」
「どうしたんですか?」
「いや、だってここ…」
スグルの方に地図を見せながら言った
「ここ、あの時ボクも一緒に行ったんだけどさ、君が初めて発見された…ゲインズ元支部長の家なんだ…」




