第16話
ほんの一瞬の出来事だった
ルグドが広場の中心で食事をしている怪人に近づいていき、気付いた時には怪人の両目が切断されていたのだ。
何の手品もない。ただルグドは抜き身の剣を横に振っただけ、ただそれだけだった。
「おい貴様、さっさと立て、死んで私を楽しませろ」
それは非情などと生易しいものではなかった
あたかもアリの巣に水を流し込む子供のような、そんな残酷さを宿した目だった。
この場において絶対的強者であったはずの自分の地位が再びゆるがされようとしている、それも更に大きな力でだ
目を抑えながら耐え難い痛みに耐えようと身体に力を込め、丸まり、微かに唸る。
「お前ぇぇぇぇぇえええええええええええええ!!!!!」
怒り、悲しみ、そして何よりも恐怖だった
虫が、野良犬が、動物達が攻撃的に吠える本能がこの怪人の中で湧き上がり、放出される。
「許さない!!人間が!餌が!お前が!お前ごときが!俺を食うだと!殺すだと!傷を付けるだと!?お前ごときが!お前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がぁぁぁぁあああ!!」
叫ぶ、自分の身に迫る終わりを遠ざけることなどできないとわかっていても、今は本能に従うことしかできないのだ
「脳まで切った覚えは無いのだが…お前お前と、、貴様の語彙力の無さは生まれつきなのか?」
無表情だった
まるで研究者がどーでもいい生徒の実験結果の書いてある資料に目を通しているような、そんな冷たさがあった。
「その全身を覆う細かく青黒い体毛で空気の振動や熱を捉えて先読みしているとかしていないとか、私には関係ないな、貴様が先読みして身体が動き出すよりも速く切ればいいだけのことだ」
断言した。それは余りにも当然のことを言っていて、同時に不可能であることも言っているのだ。
「…何を言っている…ただの人間ごときに魔族の反応速度を越えることが出来るわけないではないか…」
”ありえない”
今の怪人の頭を埋め尽くす1つの言葉だ。
沢山の人間を喰らってきた、何百と、その時間の中で今初めて味わう圧倒的な力の差、
これまでの人間にたいする常識が覆されようとしていた。
その時だった
「そーいえば、1つ聞きたいことがある」
突然の質問だった。
男は帽子のツバを摘んでさらに深くかぶると
はぁ〜とため息をする
「私はどうでもいいのだが、研究者達がうるさいのでな、貴様らはいったいどこから来ているのだ、なぜ夜だけ雨が降る、なぜ雨の降る夜しか現れない」
質問を耳にする怪人、
「ほぉー、まだしらなかったのか、、人間は自分の置かれている状況すら分かっていないのか、まさに劣等種族だな」
嘲笑うようにそう応える
「さっさと答えろ、無駄口は好かん」
ルグドの冷たい返しに冷や汗を流すと同時に怪物の脳裏によぎったのは無謀とも呼べる思考だった
「いいだろう…教えてやる…」
一言つぶやき、機能を取り戻しつつある両目で目の前の男を凝視する。
その額には黒く短い体毛をじっとりと濡らしてしまうほど大量の冷や汗と血液を垂らしていた
”キズは癒えた、視界は完全ではないが、、行ける、否!食える!”
「それは…」
その瞬間、怪人は目を抑えていた手を外すと、足に溜めた力を一気に解放する、帽子の男との距離、およそ50センチほど、
「食事の後でなぁ!!!!!!」
万全の状態では無いとしても、この距離で魔族の突進を避けられる人間などいるはずがない
その牙は目の前の男の首に食らいつくと、皮を意図も簡単に貫きそのまま血管や筋繊維をちぎり食い込んで行く、血しぶきが上がる
”やった!やはりこいつら人間は俺の食事でしかないのだ!俺は間違っていないのだ”
その思考が巡った次の瞬間
「王族種特有の消化針を使う選択肢を選ばなかった理由も聞きたいところだが、もう喋れんだろうからそこで死んでいろ」
冷たい声だった、
殺した魔族を食すことをしない人間、その種族は、殺しを快楽とする残酷な種族である。
そんなことを固定概念として持ち続けていた、
だが、今言葉を放ったソレは、その概念の範疇を飛び出していた
'無'
そして次の瞬間、怪物は刹那の夢から覚める
空中に飛び出し、目の前の男を食い殺さんとしていたはずの牙は標的に触れることなく地面に落ち、身体は左肩から右わき腹にかけて綺麗な断面を開きながら鮮血を撒き散らした。
わけがわからなかった
「…お前…人間なのか…?」
最初に浮かんだ疑問をそのままぶつける
「ほぉ、流石は王族種と言ったところか、その生命力に免じて質問に答えよう、私は人間だ、」
即答だった
求めていた答えだったのか分からなかった
それを考えることも今はもうできなかった
怪物はその開かれたままの瞳で帽子の男を睨みながら朽ちていく。
そんな意識の消え逝く中で怪物は聞いた
「ただし…ある種の到達点だ」
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完全に絶命したのを確認すると
ルグドはドロドロに溶けてしまった部下たちの死体の中から、何故か溶けていない真っ黒な右腕を一本拾い上げた
「アランではダメだったか、もっと精神の強い者でなくてはな…」
そう呟くとその右腕を愛おしそうに眺め
懐から取り出した大きめの布で器用に包み込んだ
「ルグド様!お手を煩わしてしまい、誠に申し訳ありません!」
生き残った兵達が集まってくる
「それはいい、とりあえず向こうの影に隠れている新入りの特攻隊員を連れてこい、一刻も早く捕えてしまいたいのだ、今回の犯人である可能性も踏まえてな、不安な種は潰していく」
何人かの兵達がルグドの指差す方向へ走っていく。
「参ったな、この規模の被害になると、第2支部が動くかもしれん。最高責任者が居ない今、コレはマズイな」
ボソっと呟いた。
顎を撫でて考えを巡らせる
「ルグド様!新入りの特攻隊員が見つかりません!」
「なんだと!施設内の出入り口を閉鎖して館内をくまなく探せ!これ以上の被害を出す訳にはいかない!」
中央棟広場に緊張がはしる
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廊下を右に入ったそこは使われていない広い一室だった。灯りはともっておらず薄暗い
奥に1人男が立っていた。
細身、と言うよりガリガリに痩せていて、患者服を着ている
その男に向かってスグルが質問する
「貴方が、あの怪物をここに入れたんですか…」
それに続くように042が悲しそうに男に話しかける
「ボクは信じたくないよ、一緒に人間を信じてみようって誓ったじゃないか…」
2人の目の前で患者服の男はフラフラと身体を揺らしながら誇らしげに笑う
「これは革命だよ!俺の!魔族のための革命だ!」
062はそう言った。




