ケモ耳カップルのとある一日
挿絵スペシャルサンクス:遥彼方様
ケモノ族の特徴
・周囲の音をより聞き分けるためのケモ耳が頭から生えている。
・感情を表すための尻尾が生えている。
・獲物を逃がさないために肉球つきの大きい手をしている。
・日向ぼっこが好き。
・魚が好き。
・子どもっぽい。
・感情的。
・甘え上手。
いろいろあるけれど要するに……
なんとなくネコに似ている。
※
「はい、質問です! 私は今、何を思っているでしょう」
あどけない瞳に見つめられて、そんな問いをかけられた俺は
「はい?」
と答えるしかなかった。
隣を歩いている愛美が、急に立ち止まってそんなことを言い出したからだ。
「ヒントはねえ。今はポカポカ陽気でとても気持ちのいい時間帯です」
彼女は手を後ろに組んでいたずらっぽく笑っていた。
ヒントがあまりヒントになっていない気がするのは、俺がバカだからだろうか。
「ごめん、言ってる意味がわからない」
「ええー、わからないの? 私が大好きなことだよ?」
「ええと……。お腹すいたとか?」
俺の言葉に、彼女はムッと口をとがらせた。
「ちーがーうー! 日向ぼっこしたいって言ってるのー!」
愛美はそう言ってポカポカと俺の胸を叩いてきた。
一種の癖みたいなもので、昔から彼女はこうだった。
「追いかけっこしようよ」
「なにか甘いもの食べたーい」
「このおもちゃ買ってー」
自分の主張を通したい時は必ず俺の胸を叩いてくるのだ。
そんな姿を目の当たりにしてしまうと、俺は否応なしに「はいはい」と受け答えしてしまう。
根っからの甘やかし気質なのかもしれない。
だからだろうか、彼女のワガママっぷりはエスカレートしている気がした。
「はいはい。じゃあ、今から日向ぼっこしようか」
本当は今日の晩御飯を買いにスーパーに寄るところだったけれど、彼女が日向ぼっこをしたいと言うのであれば、俺に拒否権はない。
「いえーい!」
案の定、彼女は元気よく笑うとお尻から出ている細長い尻尾をくるりと丸めて駆け出していった。
俺はその姿に苦笑するとともに、四足歩行ではなく二足歩行で走り出したことに安堵する。
そう、彼女は……いや俺たちは人間ではなかった。
「ケモノ族」と呼ばれる、人間と動物の間の存在である。
見た目はほとんど人間だが、頭には周囲の音を聞き分けるためのケモノ耳がついており、尻には細長い尻尾、両手は猫の手をしている。
この国では「ケモノ族」にもある程度の人権は認められているものの、それは「人間らしい生活スタイル」をしていることが前提であり、人間とかけ離れた行動をとるとすぐに「人外」とみなされてしまう。つまり仲間に迷惑がかかるのだ。
だから、彼女が四足で走り出さなくてよかったと心から思った。
愛美は嬉しそうに走り回りながら、手頃な場所を見つけてゴロンと横になり、身体を丸めた。
俺もその近くに腰を下ろすと、彼女の隣で仰向けになって目を瞑った。
あたたかな午後の昼下がり。
丘の上の大きな木の下で、さわやかな風に吹かれて眠る。
時折聞こえる彼女の寝息が愛おしい。
「ねえ愛美」
そう声をかけたのは、彼女が日向ぼっこで丸まった姿勢をとったせいで胸元があらわになっていたからだ。
さすがにピンク色のシャツ1枚だけだと、無防備なことこの上ない。
古くからの幼なじみで、いつから付き合ってるかわからないくらいの仲だけど、あくまで俺たちはプラトニックの関係だった。
それ以上進む場合は、子供をつくる時だと決めている。
とはいえ、俺の目の前で胸元の谷間をチラつかせながら眠る彼女の姿を見ていると、どうしようもない感情が押し寄せてきてしまう。
この辺りは、人間でも「ケモノ族」でも関係ない気はするが、それでも襲わないことが「人間らしい生活スタイル」を守ることでも重要だと思っていた。
「おーい、愛美。愛美ってば」
いくら声をかけても起きようとしない。
それどころか、俺を抱き枕代わりに抱きつこうとしてくる。
彼女の口から漏れ出る吐息が、首筋にまとわりついた。
俺は慌てて起き上がると、大声で叫んだ。
「愛美! お魚あるよ!」
「はにゃ!?」
彼女は頭の耳をピーンと立てて、起き上がった。
「お魚、どこどこ!?」
キョロキョロと辺りを見渡す姿に、俺はプッと吹き出さずにはいられなかった。
「ほんと、食い意地だけははってるなあ、愛美は」
そう言う俺に彼女は一瞬きょとんとするも、すぐにすべてを理解したといった様子で怒りだした。
「あー! もしかしてウソ!? ウソついたの!?」
「だって、こう言わないと起きないんだもの」
「ひっどーい!」
顔を真っ赤に染めてふくれっ面をする彼女。そんなところもまた可愛くてたまらない。
「ふんだ、陽太なんてもう知らないんだから!」
そう言ってツンと顔を背ける。
これまた、彼女の常套句だ。
「あはは、ごめんごめん」
俺は猫手で彼女の頭をなでながら謝った。
「私、そんなに食い意地はってないもん!」
「だから、ごめんて」
「やだ、許さない」
「今夜は魚料理にしてあげるから」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「じゃあ、許してあげる」
やっぱり食い意地がはってるなあと思いつつ、ポンポンと頭を叩く。
端から見れば俺たちは、兄妹のように見えているかもしれない。
けれども、俺の中では彼女は最高の恋人で、一生涯のパートナーだった。
すっかり目が覚めた俺たちは、そのままスーパーに立ち寄った。
いつも利用しているこの大きなスーパーマーケットは、人間もケモノ族も関係なく利用できる魅惑の場所だ。
中でも、肉や魚を豊富に取り揃えている。
「見て見て、陽太! お魚がこんなに!」
愛美は鮮魚コーナーに一目散に駆けていくと、尻尾をフリフリしながらテンションMaxで俺を呼ぶ。
「落ち着いて、愛美。勢いあまってここで食べちゃダメだよ」
カゴを持って行く俺に、またも口を尖らせる彼女。
「だーかーらー! 私、そんなに食い意地はってないってば!」
言いながらも、魚をちょいちょい掴み取ろうと腕を伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込めを繰り返していた。鼻息まで荒い。
ほんと、説得力に欠けている。
「うーん、どれもおいしそう!」
「そうだね。愛美、どの魚がいい?」
尋ねる俺を無視して、彼女はキョロキョロと品定めに余念がなかった。
「んー、これも新鮮でおいしそうだし、こっちもぷりぷりしてておいしそうだし……。ああー、迷っちゃうー!」
両手をバタつかせてあっちに行ったり、こっちに行ったり。
本当にせわしない。
「じゃあ、このサンマにしようか?」
俺は手前にあったサンマを1尾手に取った。
「サンマー!」
すかさず駆け寄ってきて俺の手からサンマをかすめとる彼女。
泥棒猫とはよく言ったものだ。
「愛美はサンマにする? じゃあ、俺はこっちのサバにしようかな」
「ええー! じゃあ私もサバがいい!」
「あ、サバがいい? なら俺はサンマにしようかな」
「サンマー!」
……どっちだよ。
「愛美がサンマにするなら俺はサバにするけど?」
「やだ。陽太と同じものがいい」
そう言って、ガシッと抱きついてくる愛美。
まるで大きな子どもだ。
「はいはい、じゃあ二人で半分こにしようか」
「うん!」
愛美は嬉しそうに笑った。
「サンマー、サンマー、今夜はサンマー」
帰り道。
よほど晩御飯が魚であるのが嬉しかったのだろうか。
マイバックに詰め込んだ魚を胸に抱きかかえながら愛美は謎の歌をうたっていた。
時折、道で出くわすノラ猫を「シャー!」と威嚇している。
「サンマー、サンマー、サンマオッレー!」
それにしても歌詞がダサい。
今時、オッレーはないだろオッレーは。
なんて歌なんだ。
「サンマオッレー!」
俺は耐え切れなくなって愛美に聞いた。
「ねえ、それなんて歌?」
ピクッと愛美の頭の耳が動く。
「ふふ、知りたい?」
「いや、特に知りたいってわけじゃないけど……」
「ふむふむ、私のあまりの美声に酔いしれたか」
「酔いしれてもないけど……」
「まったく、しょうがないなあ陽太は。いいよ、特別に教えてあげる」
「ごめん、聞いておきながらなんだけど興味ないや」
「まあまあ、聞きなさい。この歌はねえ『サンマの歌』っていうの!」
まんまじゃないか。
愛美のセンスの悪さは一族の中でも一級品だ。
「そっか、『サンマの歌』っていうのか」
「そ。『サンマの歌』。サンマー、サンマー、今夜はサンマーとサバー」
種類が増えた。
けれども彼女はまったく気にせず『サンマの歌』を口ずさむ。
俺は苦笑しながら彼女の手を握った。
彼女もニコリと微笑んだ。
柔らかな肉球が、とても心地いい。
「サンマー、サンマー、今夜はサンマーとサバー」
「サンマー、サンマー、今夜はサンマーとサバー」
愛美に合わせて歌をうたう。
案外、気持ちがいい。
メロディがなくて気取ってないところがいいのかもしれない。
俺は愛美と顔を合わせながら『サンマの歌』を口ずさんで歩いて行った。
「サンマー、サンマー、今夜はサンマーとサバー」
「サンマー、サンマー、今夜はサンマーとサバー」
歌いながら歩いていると、愛美がクスクスクスと笑い出した。
「……どうしたの?」
「陽太って、歌へた」
「へ?」
「音痴過ぎて笑っちゃう」
「お、音痴!? いやいやいや、愛美もどっこいどっこいだと思うよ!?」
「私、そんなに音痴じゃないもん」
「音痴とか、そういう問題じゃなくて……。これ、メロディ関係なくない?」
「ああ、わかった。妬いてるんだ。私の美声に」
「………」
ああ、と俺は思った。
彼女にはこれ以上は何を言っても無駄だと。
「はいはい、じゃあそういうことにしといてあげるよ」
「じゃあってなによ、じゃあって」
「愛美は歌がうまいねー」
「うわー、感情こもってないー!」
そう言ってポカポカと俺の胸を叩いてくる。
ついに俺はおかしくなってクスクスと笑いだした。
なんでもないことなのに、なんだかすごく幸せな気分だった。
「ねえ愛美」
再び俺は歩きながら、つぶやいた。
「なに?」
「これからも、ずっと一緒にいようね」
そうつぶやく俺に、彼女は
「うん」
と言って肩に顔を寄せた。
お読みいただき、ありがとうございました。
こちらは、FELLOW様との共同企画、『無茶ぶりカップリング恋愛小説~奇妙なふたり~』の一環として書き上げました。
たこす→FELLOW様 社会人男性×女子高生
FELLOW様→たこす 人外×人外
私としては、がっつり人外の作品というのは初めてでしたので(動物を主観にしたのはいくつもありますが)かなりの難産でした。
人間らしく、でも動物らしく。
そこが本当に難しかったです。
陽太のほうはそんなに人外っぽくないんですが、できればそっとしておいてください(笑)
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。