よくある怪談小話
10年前に一家心中したと噂される廃屋に胆試しに行く主人公。特に何も起こらなかったが…?
これは夏も終わりに近づき、朝晩は厳しい暑さも和らいできた8月終わりの話。
唐突に掛かってきた電話により、友達に誘われ胆試しに出掛けることになった。
自分としてはあまり好きではないのだが、いつも押しきられて一緒に行くことになってしまう。
今回も、そうだった。
今更だが、俺は森 俊介。
電話をかけてきた友人は田崎 利明。
腐れ縁である。
その日は8月らしからぬ、妙に涼しい1日だった。
『今日は台風の影響により、日本上空に寒気が流れ込み、日本各地で9月下旬並みの気温と…』
テレビから流れてくる音声を聞きながら、ボーッと窓の外を眺める。
少し厚めの雲が覗き、その動きは早い。
雨は、降りそうにない。
今日は特に予定もなく、家でゴロゴロしていようと思っていると、ピコン♪と携帯から着信音が聞こえた。
携帯を開くと、腐れ縁の田崎からであった。
内容はいつも通り、ひま?の一言だけ。
ひま。とだけ返し、たわいもない掛け合いをする。
そして、唐突にある提案をしてきたのだった。
今夜、面白いとこいこうぜ!
またきたよ…と思いつつも、おっけー。と返事をうち、家を出るための身支度に取りかかった。
だいたい田崎が提案する面白いとこで、まともだった試しがない。
でも、何だかんだで暇潰しにはなる。
だから、迎えに来た田崎の車の助手席に乗り込んだ。
時刻は午前1時を回ったくらい。
いつも通りの時間だ。
どこから情報を仕入れているのかはわからないが、今日向かっている所は10年ほど前に、一家5人が心中したと噂されている廃屋らしい。
よくある噂ではあるが、そこは鍵もかかっておらず、普通に入れることもあり好奇心の赴くまま、廃屋探索に同意した。
午前1時半頃、目的地に着いた。
車のヘッドライトが照らす廃屋は、噂を知らずとも不気味だと思わせるような様相を呈していた。
主がいなくなったことにより、あれ放題な庭や壁。
今までも胆試しに来た人が居るのだろう。
タバコの吸い殻やジュースの缶などのゴミも見受けられる。
俺たち2人は、特に何も考えずに玄関のドアを潜ったのだった。
廃屋は一般的や平屋で、室内も荒れ果てていた。
少し迷ったのだか、あまりの荒れようだったので、土足で上がることにした。
室内は至るところに蜘蛛の巣や落書き、落ち葉にゴミが落ちている。
しかも、懐中電灯が照らす光には、室内を舞う大量の埃が確認できる。
少し咳き込みながら、屋内の寝室らしき部屋を探すことにした。
自分の耳には、軋む床板、足音、そして田崎の声のみが聞こえてくる。
閉まっていたり、半開きになっていたり。
見つけたドアはとりあえず開けて確認する。
人が住まなくなってから、大分経っているとみられる廃屋には、生活感は感じられない。
しかも、発案者である田崎すら、この廃屋の謂れは詳しく知らないときた。
不気味ではあるが、やはりそう簡単に本物の怪談には出会えるものではないようだ。
2人で廃屋の中の5部屋を全て見て回り、特に目を引くものは何も無かったので、引き上げる事にした。
その建物には、もう来ることはない筈であった。
それから幾日か経ち、廃屋に行ったことすら忘れていたのだか、妙に興奮した様子の田崎から連絡が来た。
興奮していて話が要領を得なかったが、纏めるとあの廃屋には部屋が4部屋しか無いと言うのである。
そんなはずはなかった。
確実に5部屋あることを確認しているのだから…
田崎は言った。
今晩、もう一回行くぞ。と。
田崎と合流するまでの間、インターネットで廃屋について調べる。
どの情報にも、4部屋しか存在せず、見取り図を見ても同じ4部屋だったのだ。
午前1時。
前回と同じ時間に廃屋に足を踏み入れる。
2人であった筈の5部屋目を探す。
しかし、どこを探しても部屋は4つしかない。
前来たときは、あと1部屋あった筈なのに…
時刻は、1時42分を指していた。
その時。
水の落ちる音が、聞こえた。
途切れ途切れの、不規則な水音。
体は硬直し、喉が乾いて痛む。
瞬きすらできない視線の先でゆっくりと水が広がっていた。
無音の空間の中で、耳鳴りが広がる。
耳鳴りの向こう側で聞こえる水音は、妙に粘ついていて…
無意識に伸ばした手は、壁に伸びる。
ダメだ。なぜ?
ダメだ。なにが?
ダメだ。どうして?
手が、触れた。
軽い音をたてて剥がれた壁紙の向こうから、他とは違う、古ぼけた扉が、見えた。
息が詰まる。呼吸しているのかさえ、自分ではわからない。
頭は霞がかかった様にぼやけ、何も考えられない。
ドアが、開いた。
隙間から見えた室内は妙に小綺麗で、生活感がある。
目の前の壁紙に、水がかかる。
むせかえるような、生臭さ。
ああ、これは…
呻き声と、水音。
ダメだ。どうして?
これ以上は 気になる
戻らないと もう少し
4回目の呻き声が、聞こえた。
汗が止まらない。見開いた目も、閉じられない。
生唾を飲み込んだ。
耳元で、なにかが聴こえた。
『 』
5回目の、生々しい音。
最後まで、目が逸らせなかった。
我に帰ったのは、田崎に肩を揺すられてからだった。
指先は、破れていない壁に触れている。
確かめる気は、起きなかった。
家に帰り、インターネットを開く。
恐らく帰りは、殆ど上の空だったと思う。
田崎は、あの5部屋目はおろか、水音も、壁も、何も認識していない。
4部屋しか無かったと、興奮ぎみに喋っていた。
インターネットで検索すると、古いサイトに情報があった。写真は見つけられなかったが、あの5部屋目は一家が心中した部屋だと思われた。確証はないが、確信はあった。
あの廃屋の元管理会社が、心中の事実を隠すために、部屋自体を無かったことにするために、扉を塞ぎ、部屋数を減らしたのだとか。
しかしあの時見えた光景は…
その時、ふと思った。
あの家族は、一家心中を繰り返している…?
10年間、毎日決まった時間に、殺し、殺され続けている…かもしれないと。
血が冷えていく。そんなこと、耐えられるはずがない。
そこに割り込んだ自分。
良くない。どうする。とりあえず田崎に連絡を取らなければ。
無性に眠い。
携帯が机の上に落ちる。
田崎への呼び出しが続く。
頭がキーボードに落ちたのを感じる。
視界が狭まっていく。
…気配がある。
扉の向こうにはもう…
携帯からは、応答を求める田崎の声。
パソコンの前で、俺が寝ている。
ディスプレイに照らされた俺の背後に、朧気な影が見える。
そこで自分が、自室を俯瞰していることに気が付いた。
不思議と恐怖は感じない。
影がパソコンの前の俺に纏わりついた。目が合う。
『ごめんね』『おいで』『見つけた』『助けて』
耳元で、同じ声が、聞こえた。
携帯は通話が切れ、無機質にツーツーと繰り返すだけだった。
『…との事でした。
次のニュースです。
県内OOに住む、森 俊介さん、25歳が、同県××町の廃屋にて、倒れているのが未明に発見され、搬送先の病院で死亡が確認されました。外傷はないとのことです。発見したのは廃屋に胆試しに来ていた…』
次は、あなた?
はじめまして。
最近暑いので少しでも皆さんに涼しくなって頂けたらと思います。
投稿ははじめてなので、至らない点もあるとは思いますが、生暖かく見ていただけると嬉しいですね。
また、気が向いたら投稿しようかと思います。
ありがとうございました。