第7話
こんばんは!
今回は、本来は王女様の人が何故『王子様』になったのか、という話です。
お楽しみ頂ければ、幸いです(^^)
「──私はそもそも、生まれた時は男だったんです」
王子様の口から、真相が語られました。
シンデレラは驚きつつも、話の腰を折らないよう、努めて静かに聞いていました。真面目な顔で聞いてくれている彼に、王子様──少女は嬉しそうに微笑みます。
「…………それがある時、大病を患いましてね。城の医師からもお手上げだと言われ、治る見込みが全くありませんでした」
「其処にやって来たのが、俺の母親でね」
「えっ、魔法使いさんのお母様……ですか……?」
「そ。俺の母親、魔女だったんだ」
そうです。
黒の魔法使いの母親もまた、強大な力を有する魔法使いでした。
そして、当時全ての医師が匙を投げた、難病に苦しむ幼児を前に、ある提案をしたのです。
「──命を助ける代償として、この子の大切なものを捧げてもらいましょう」
稀代の魔女である彼女ですら、病気から彼を救うことは、ほぼ不可能でした。
そこで、彼女が知りうる中でも難易度が高いとされる魔法の存在を呈示しました。
それは、1つの願いを叶える代わりに、何か代償を払う魔法。
その代償が何かは、魔女本人にも分かりません。
当時の王子様は意識も混濁気味で、自力で判断できる状態ではありませんでした。本人に代わって決断したのは、他でもない彼の両親──国王陛下と、王妃でした。
彼らは自分達がその代償を払えないと知ると、悩みに悩みました。幼い王子様自身に、どんなことが起きるのかと恐れました。
けれど、命の方が大切です。
生きていてくれさえすれば、それで充分です。
そう思い至り、2人は我が子の運命を魔女に委ねました。
どうか、その代償が、幼い王子様にとって、重荷にならないよう、祈りながら……。
結果、王子様は命をとりとめました。
ですが、彼は同時に、『王子様』としての人生を失ったのです──……。
「…………──こうして私は女性になり、国の混乱を避ける為に、男装を続けてきました」
「俺の母親は、どうにか元に戻す方法が無いか、探す旅に出てさ。代わりに俺が王子様の護身も兼ねて、此処に居るってわけ」
「…………──そう、だったんですか…………」
これで、王子様の身の上話はお仕舞い。
真相を聞き終えて、シンデレラは息を吐きました。何だか、想像以上にハードな内容でした。
「…………──病を祓う為とは言え、さぞお辛い思いをされたでしょうね……」
「えぇ、まぁ……」
それはお互い様ですけれどね。
そう微笑んで、王子様が──本来は王女様ですが、今更ですのでこのままの呼称にしておきましょう──お話を締め括られました。
「…………私の素性を明かした上で、もう1度、貴方にお伝えしたい」
王子様はすっと微笑みを消し、真剣な面持ちになります。背筋を伸ばし、凛とした空気を纏うそのお姿は、見目麗しい青年そのものです。
シンデレラもはっとして、慌てて居住まいを正しました。
「……私は……貴方が好きです。どうか、私と結婚して頂けませんか?」
もう1度、申し込まれた求婚。
先程と、全く同じお言葉です。
けれど前のものとは、内包する意味が違いました。もうシンデレラには、性別を理由に、頭ごなしに否定することが出来なくなっています。
それでも彼には分かりませんでした。王子様がどうして、此処まで仰ってくださるのか。
真っ直ぐにこちらを見つめてくる少女に、どうして良いのか分からなくなります。
「……──あ、あの……その……仰ってくださることは、ありがたいのですが…………その……ど、どうしてですか? ……どうして、わた……僕、なのでしょうか……?」
意を決して、尋ねました。つっかえつっかえでしたが、王子様は急かすことも無く、ゆっくり最後まで聞いてくださっています。
金色の瞳が、あたたかく見守っています。
「……た、確かに、性別のことを考えたら、僕は適当な結婚相手、なのでしょうけど──……」
「あ。性別は関係ありません」
「──えっ?」
びっくりし過ぎると、人は本当に声が裏返るものなのですね。
シンデレラは見事に素っ頓狂な声を上げ、王子様を見つめ返しました。頭の上には「?」が飛び交っています。
その様子に、王子様はくすくすと小さく笑いました。
「貴方は本当にお可愛らしい……。…………私はね、性別という理由で、貴方に求婚しているのではないのですよ」
「え……?」
「私達、お会いしたことがあるんですが……その時に、貴方に一目惚れしたんです」
「ぇえっ?」
お会いしたことがある?
一体いつ? 何処で?
今度は目を白黒させるシンデレラ。忙しいことです。
それぐらい混乱している彼は、情報を整理し、事態を理解しようと懸命でした。
「そうそう。あの時の此奴、見物だったぜ~! 普段からは考えられねぇぐらい、ぽけーっとしt」
「クロ、その口縫い付けてやろうか?」
にこやかな顔のまま、王子様が彼の方を見もせずに仰います。
途端に魔法使いは口を閉ざしました。ちょっと顔色が悪いです。
「……──半年前の、建国祭を覚えていらっしゃいますか?」
うんうん唸って、必死に思い出そうとしている金髪の少年に、王子様は優しく問い掛けました。魔法使いに対するそれとは雲泥の差です。
王子様に尋ねられ、シンデレラは記憶の引き出しを引っくり返しました。半年前の建国祭の日と言えば──……。
「…………──あ、覚えています。あの日も朝から忙しかったですから……。あの日は確か……買い物を頼まれて……」
「そうです。貴方は町の小さな道を、大きな荷物を抱えて歩いていました」
「……そうそう、あの日に限って、嵩張る物ばかり買わなくてはいけなくて……両手で抱えて歩いていました。大通りはきっと出店やなんかで混んでいるだろうなと思って、脇道を…………。あぁそうです、その時うっかり人にぶつかってしまったんです」
荷物のせいで前がよく見えず、シンデレラはもろにぶつかってしまいました。その時下働きの者の格好で居た彼は、その相手がいかにも貴族と言った風体だったので、とても狼狽したのを今でもよく覚えています。
「……でも、とても良い方で……気を付けてねと、笑って許してくださっ…………」
その紳士的な態度を思い出しながら、シンデレラは嬉しそうに、ふふ、と微笑み──。
王子様を、見ました。
「……………………ぁれ?」
「思い出して頂けましたか?」
「あー、そういやあの時、貧相なチビとぶつkごぶっ!」
魔法使いの言葉は何故か途中で不自然に途切れ、彼もそのまま膝を折って崩れ落ちました。王子様の腰掛けるソファの影で、シンデレラには見えていませんでしたが。
「えっ? あれ? で、でも、お髪とお目の色が……」
そうです。
あの時シンデレラがぶつかってしまったのは、赤みがかった茶色の髪と、紫色の瞳を持つ青年でした。
一目で上等と分かる衣服に身を包んだ彼は、突如ぶつかってきた少女──本当は少年ですが──を無礼者と罵ること無く、寧ろ落とした物を一緒に拾ってくれたりと、優しく対応してくれました。
そしてその時の彼の微笑みは、目の前の王子様と瓜二つ……いえ、全く同じものです。
「お、王子様だったんですか!?」
「えぇ、ちょっとお忍びで町に行っていたんです。仰る通り、髪と目の色はクロ……この魔法使いに変えさせました。何せ目立ちますからね」
「そうそう。あの日は此奴が急に町に行きたいって言い出してさぁ。護衛とか撒くの超大変だったんですけどー」
「そうだな。お前は実に優秀な魔法使いだよ、クロ」
「うわ、嘘臭い笑顔……」
ソファの影からこっそり顔を覗かせ、王子様をジト目で見る魔法使い。本当に仲が良いんだなぁと、シンデレラは間違った認識を深めました。
「…………──あの時の私は少々腐っていましてね……。その私に喝を入れてくださったのが、貴方なんですよ」
「えっ? わた、ぼ、僕が……そんなことを?」
あの日を思い出して、遠くを眺めながら小さく笑う王子様に、シンデレラはぎょっと目を見開きます。そんな畏れ多いことを、やらかしてしまったのでしょうか。
あわあわと小動物のように狼狽える彼に、王子様はふふ、と笑い掛けました。
「えぇ。その時に私は貴方ともう1度会いたいと思い、クロに国中を探させたんです」
「ほんっと人使い荒いわお前……」
「でもいざ舞踏会でお会い出来たら──……、今度は、共に居たいと思うようになってしまって……」
「スルーかよオイ……」
胡乱げな目で見上げてくる魔法使いを綺麗に無視して、王子様は想いを吐露します。
今までに言われたことも無い言葉の数々に、シンデレラは見る見る頬を真っ赤に染めていきました。桃色に頬を染め、水色の瞳にうっすらと涙を湛え、ぷるぷると震える姿は乙女そのものです。非常に庇護欲を掻き立てます。…………言うまでもなく、彼は本当は少年ですが。
そんな愛らしい彼を見つめながら、王子様がすっと腰を上げました。そのまま流れるような動きで歩み寄り、シンデレラの前に膝をつきます。
「…………──シンデレラ。どうか、私と、結婚して頂けませんか?」
再三の、お言葉です。
きらきらと輝く金の瞳は、1度も逸らされること無く、真っ直ぐにこちらを見つめ。
細く白い手が、差し出されています。
王子様は全身で、思いの丈を表現していました。
(…………──僕、は…………)
目の前で跪く王子様を、シンデレラは呆然と見つめ返し──。
その瞳から、ぽろりと涙を溢しました。
王子様は、仮初の姿ではなく、本来の自分を必要としてくれています。会いたいと、共に居たいと仰ってくださいました。
(…………──母様…………)
拭うこともしないので、シンデレラの白磁の頬を、止めどなく涙が濡らしていきます。
彼は、知りませんでした。
ずっと、涙は冷たいものだと思っていました。
(……あぁ……暖かい…………)
まるで、ぽかぽかと降り注ぐ、春の日差しのように。
こんなにも、優しいものだなんて。
シンデレラは、涙を拭いました。
それから目の前の人を見つめ、にこりと微笑みます。
白魚の手を伸ばし、王子様の手とそっと重ねました。
桜色の可愛らしい唇が、言葉を紡ぐ為に開かれます。
王子様は穏やかに微笑みながら、それをずっと見守っていました。
「…………──はい。喜んで」
次回でおしまいです。
誤字、脱字等ありましたら、ご指摘よろしくお願いします。