第6話
こんばんは!
今回は遂に、この物語のオチ?部分です。
何となく、予想されていた方もいらっしゃるでしょうか……?(^-^;)
「……………………」
「……………………」
見目麗しい2人が、お城の一角で向き合っていました。
王子様と、シンデレラです。
流石は王子様のお部屋なだけあって、絨毯から調度品から、全てが一流品でした。シンデレラも余裕があれば、綺麗だなぁと見入っていたことでしょう。
「……………………」
「……………………」
──嗚呼。
可哀想に、シンデレラは傍目から見ても、とても怯えていました。目はひたすら床を見つめ、顔色は蒼白で、かたかた小さく震えています。冷や汗も止めどありません。
その様子に、王子様はようやく重たい口を開けました。こちらも何かを決意したようで、真剣な面持ちです。
「……シンデレラさん」
「は! はぃっ!!」
間髪置かずの素晴らしい返事でした。がばりと顔を上げ、王子様を見ます。
「あぁ、そんなに怖がらないで。無理矢理お連れしたことはお詫びします。けれど、貴方とこうしてもう1度会えて、私はとても嬉しいんですよ」
「……王子様……」
どうしよう。
このままでは絶対にまずいに決まっています。
不本意とは言え、結局は騙しているのですから。
早く本当のことを言わなければ──。
「…………──実は……此方までお越し願ったのには、理由があるんです」
「──っ!!」
早く。
早く、言わなければ──!
ありったけの勇気を振り絞って、シンデレラは覚悟を決めました。白状してしまおうと、唇を震わせ──。
「──貴方が男性である、ということは、私も存じています」
──真っ白。
シンデレラは口を開きかけたままの格好で固まり、言葉を失いました。
王子様が何を仰ったのか理解するまでに、随分と時間を要しました。
「…………──ぇっ…………?」
呆けたように、それしか出てきません。
凍り付いたようなシンデレラを前に、王子様はくすりと微笑みます。
「ご心配なさらないでください。それについて咎める気など──」
其処まで言って、王子様は少しばかり沈黙しました。どう言うべきか、言葉を探しているようです。
「…………──いえ。咎めるだなんて、とんでもない。…………私だって、他人のことを言えないのですから」
「……………………──え?」
それは一体、どういう…………?
シンデレラが不思議に思って尋ねようとした、その時。
もう1人の声が響きました。
「──それについては、俺が説明するよ」
その声は……!
唐突に聞こえたそれに、はっと驚きに目を見開きます。だってこの声は、シンデレラの知っているものなのですから。
「──ま、魔法使いさん!」
そうです。
豪奢な椅子に腰掛けている王子様の背後に現れたのは、あの漆黒の魔法使いでした。蜃気楼のように空気が揺らいだかと思えば、突然この部屋に存在を示しました。
思いがけない人物の登場に、シンデレラは仰天しています。
その様子を眺めながら、彼は気安く「よぉ」と手を挙げました。
ですが次に、もっと驚くことになります。
「…………遅いぞ、クロ」
「ごめんネ☆」
王子様が不機嫌そうな面持ちで、吐き捨てるように仰ったのです。対する魔法使いの、何とも軽いお返事。
それは、彼らが知り合いだということを如実に物語っていました。
「えっ? えっ? あ、あの、お知り合い、だったんですか……?」
おっかなびっくり、そう質問します。
この時のシンデレラは、パニック状態でした。普段であれば、王子様に軽々しく口を利くなんてことはしなかった筈です。
恐る恐る問い掛けられ、2人はそれぞれ異なったリアクションを見せました。王子様は苦々しい表情で、魔法使いは実に楽しそうに。
「知り合い……と言いますか……」
「んー……ちょっとした昔馴染みって言うか、俺の上司って感じ?」
にやにや。
そんな言葉がぴったりの魔法使いは、これからが面白いんだと言わんばかりです。
けれども、その表情はすぐに翳ることになりました。
「えっ、上司さんって、あの人使いが荒いって仰られてた……?」
「え」
「クロお前後で覚えとけよ」
あれあれ、今度は王子様の方が楽しそうです。心なし、魔法使いはちょっと顔色が悪くなりました。
どうしたのだろうと不思議そうに小首を傾げるシンデレラに、王子様はにっこり微笑みます。
「何でもありませんよ。実は貴方のことは、この莫……いえ魔法使いから聞いたのです」
「あれ今莫迦って言おうとしなかった?」
「気のせいだよ。お前も疲れてるんだな。だが私の邪魔をするな」
「ハイすみません」
目の前でぽんぽんと交わされる会話に、シンデレラは目が回りそうでした。けれど大事なことは、王子様が魔法使いから自分の本来の姿について聞いている、と仰ったことです。
そうだったのかと、頭の何処かで納得している自分が居ます。だから自分は此処に呼ばれ──。
(…………──あれ?)
いいえ。
それだけでは、話が通りません。
此処に連れて来られたのは、舞踏会で出逢った『姫』だから。
けれども王子様は、シンデレラが『姫』ではないことをご存知だと仰います。
それでは一体どうして、王子様はシンデレラを呼んだのでしょうか──?
「…………──それで、」
王子様が、仰いました。
考えに沈んでいたシンデレラは、はっと顔を上げます。すると、思いの外真剣な眼差しの王子様が視界に入りました。
「…………──貴方に、お伝えしたいことが、あるんです」
「……私は……貴方が好きです。どうか、私と結婚して頂けませんか?」
金色の目が、少し潤んでいます。
頬も赤らみ、王子様の緊張が伝わってくるかのようです。
それでも端正な面立ちの為に、とても絵になるお姿でした。
しばし見入ってしまったシンデレラでしたが、言われた内容をゆるゆると吟味して、ようやく事態の重さを理解しました。
さぁ、と顔が青褪めます。
「……お、王子様っ、けれど、私は……僕は……!」
だって、どんなに美しくても、どんなに美少女のようであっても、シンデレラは男です。
結婚はおろか、お付き合いですら、お相手が王子様という高貴な方では、困難の道でしょう。
真っ青な顔でぷるぷる震えるシンデレラに、此処でようやく魔法使いが声を掛けました。
「大丈夫だよ。あの時言ったじゃん、何も問題無いって」
初めてシンデレラの秘密が魔法使いに知られた時。
彼は確かに、そう言いました。
しかし、それは一体どういうことなのでしょうか──?
顔色が悪いまま、シンデレラは「えっ?」と目を瞬きます。下手なご令嬢よりも、余程女性らしさに溢れている行為でした。
それを見て魔法使いは一言「皮肉なもんだよねー」と呟き、それを王子様は肘打ちで黙らせました。
「ごっふ! おま、本当容赦無ぇよなぁぁ……!」
「良いから早く本題を言えよ」
この駄犬が。
その一言が言外に漏れています。
あれあれ、何だか王子様が黒いですね。
一撃が入れられた脇腹を擦り擦り、魔法使いが話を続けました。ちょっと涙目です。
「あのな、シンデレラ。何も問題無いんだよ」
「──だって此奴、女だからね」
……………………ゑ……………………?
……………………………………。
……………………。
…………王子様が、女性…………?
…………目が、点になる。
……というのは、こういうことでしょうか。
シンデレラは言葉を失ったまま、固まってしまっておりました。
口をぽかーんと開け。
水色の瞳を抱える目は、これ以上無いぐらいに見開かれています。
まるで、シンデレラの周囲だけ、時が止まってしまったようでした。
こんなある種間抜けに見える姿でも、さすがは元美少女……もとい美少年。可愛らしく思えるのですから、不思議です。
そんなシンデレラを見つめながら、王子様は、ふんわりと微笑を浮かべました。それはそれは、愛おしそうな、慈しむような、優しいものです。
「…………──大丈夫ですか? お気持ちは分かります。驚かれるのも、無理はありません」
これ以上驚かさないようにと、そぅっと掛けられた、シンデレラを案じる言葉。
王子様に優しく見守られ、シンデレラの意識がようやく動き出しました。春になってゆっくり溶けていく雪のように、徐々にですが、我に返ってゆきます。
「………………──ぁ、の……ご、ごめんなさい。失礼いたしました……」
「いいえ。こちらこそ、騙してしまって、申し訳ありません」
言いながら、ぺこりと下げられる頭。
さらりと揺れた濃紺の髪に、シンデレラはぎょっと目を剥きました。
「そ、そんな、王子様……! お止めください!」
「…………それでは、私を許してくださいますか?」
「ゆ、許すも何も……! だって僕……私達は、同じなんでしょう……!?」
「まぁ確かに」
お互いに、己を偽っていたのですから。同じと言えば同じです。
うん、そうだね。と頷く魔法使いの言葉に背を押されたのか、シンデレラは恐る恐る、続けました。
「…………きっと、王子様にも、何か理由がおありだったんでしょう……?」
男装をし続けなければならない、理由が。
同じ境遇のシンデレラには、それが痛い程に、よく分かります。この王子様こそ、本来は『お姫様』であったと言うのに。それを覆い隠すだけの理由が、きっと何かあるのでしょう。
こちらを労るように問い掛けた、その言葉。
それに王子様は一瞬息を呑み──。
「……貴方には、敵わないなぁ……」
嬉しいような、泣き出しそうな。
複雑な面持ちで、くしゃりと笑いました。
「…………えぇ。貴方の仰る通り。私がこんな振る舞いをしているのには、理由があるんです。……どうか、聞いてくださいますか?」
「えっ? わ、私が伺ってしまっても、いいのですか?」
「えぇ。貴方には是非、知って頂きたいのです。……それに、私だけが、貴方の理由を知っていると言うのも、不公平ですし」
ね?と言いたげに、小首を傾げて見せる王子様に、シンデレラは「……で、でも……」と戸惑います。果たして本当に、自分などが知ってしまっても良いのでしょうか……?
おろおろしている麗しの少年を眺めて、魔法使いが苦笑しました。
「ま、一応国家機密だけどネ。君みたいに胸見せて証明するわけにもいかねぇし、ちょっと此奴の話に耳貸してやってくんね?」
「えっ……で、でも……」
「大丈夫だよ。そもそも何か不都合があるんだったら、こうやって話さないし。でももし忘れたければ、俺が魔法で君の記憶を消して上げるからさ」
「……………………はい」
真剣な眼差しの王子様と、場の重い空気を払拭するように、明るく喋る魔法使い。
此処まで来たら、もう後戻り出来ません。
乗り掛かった船です。最後まで自分に出来ることをしようと、シンデレラも気を引き締めて頷きました。
そんな気丈な少年の姿に、2人は「ありがとう」と小さく頭を下げます。自分達の人選は間違っていなかったと、誇らしい気持ちになりました。
何と。
シンデレラ→男の子
王子様→女の子
でした!
もう少し続きます~。