第3話
拙い話をお読みくださり、ありがとうございます!
今回も特に大きな進展が無く、すみません……。お城へ向かう馬車での話です。
がたごと、がたごと。
石畳で整備されているとは言え、それでもやはり振動は生まれます。
剥き出しの地面よりは幾分ましなそれを受けながら、1台の馬車が夜道を急いでいました。
真っ白に磨き上げられ、暗闇の中でその美しさが一際輝いて見えます。
その馬車の窓から顔を覗かせているのは、乗り物の美麗さにも見劣りしない、天使のように愛らしい美少女──もとい、シンデレラ。
「………………」
僅かに揺れる馬車を体感しながら、ぼんやりと外の景色を眺めています。
敷き詰められたクッションで、振動は全く苦になりません。それよりもこの先どうなるのかが気になって仕方がありません。
(…………どういう、つもりなんだろう……)
思い切って、ちら、と向かいに目をやりました。
馬車の中で向かい合って座っているのは、あの漆黒の魔法使いです。
急いで行くぞ、と言ったその言葉通り、彼の動きは迅速でした。
彼は家にあったカボチャを手に取ると、あっという間にそれを馬車に変えてしまいました。そう、今乗っている、この馬車です。
更に金の少年のドレスアップを完全なものにし、『少年』ではなく、『シンデレラ』に変身させました。元々の美貌も相まって、魔法使いのコーディネート──主に重点的に胸元を隠したものです──のお陰で、ぱっと見、誰も男の子だとは気付かないでしょう。ドレスも髪飾りも、珍しいガラスの靴も、シンデレラの為だけに誂えられた、サイズも美しさも、ぴったりな物でした。
「……あの……」
勇気を出して、声を掛けます。声変わりを迎えた筈のそれは、しかし決して低くなく、女性だと言っても充分に通る、透き通った響きをしています。
せめて声がもっと低ければ、彼の女装人生ももっと早くに終わりを告げていたでしょうけれど。
がたごとと響いていた単調な音に混じって聞こえたそれに、魔法使いが目を向けました。丁度今自分達を覆っている、この浄闇を思わせる色の瞳です。
「──あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「……え、大丈夫ですか……?」
「うん、ありがと。ちょっと疲れただけだし。……俺の上司が人使い荒くてね……」
「……た、大変なんですね……」
ちょっと遠い目で彼方を見つめた彼に、シンデレラは同情しました。
先程から幾度も見せられた、奇跡のような魔法が使える彼でも、こうやって疲労を感じるのだと、何だか親近感を覚えます。
「……って、あぁ。そうじゃねぇよな、説明がまだだったもんな」
「えぇと……そう、ですね……」
「悪い悪い。ちゃんと説明するよ。あ、先に言っとくけど、決してあんたを悪いようにはしねぇから。それだけは分かって欲しい」
「それは……えぇ、分かっています。貴方からは、悪意を感じませんから……」
此処最近、その悪意にばかり晒されていたので、シンデレラにはその有無が分かるようになってしまいました。……何とも切ないばかりです。
だから大丈夫ですよと微笑んで見せたシンデレラに、魔法使いもまた内心「切ねぇ……」と思っていました。
「えぇっと、そうだな……。まず、そもそも今夜の舞踏会が何の為に開催されたか、知ってるか?」
「あ、はい。義母達が言っておりました。王子様の婚約者の方をお探しする為だとか」
「そうそう。でね、シンデレラにも、同じように参加して欲しいんだよ」
「えぇっ!?」
魔法使いの言葉にびっくりして、シンデレラは思わず叫びました。そんなことを言われるなんて、夢にも思っていませんでした。
「でっ……で、出来ません……! だって、僕は……」
こう見えて、男の子なのですから。
それは先程彼も、自分の目でしっかり見た筈なのに。
どうしてそんな奇想天外なことを言うのでしょうか?
驚き、目に見えてアワアワし出したシンデレラに、魔法使いはにっこり微笑んだままです。
「大丈夫だって。それはちゃんと分かってるよ」
「じゃ、じゃあ……?」
「俺はね、ある人から、シンデレラを王子と会わせるように依頼されてるんだ」
「えっ? 僕が、王子様と……?」
「そ。会うだけでいいからさぁ。何かあったら俺もフォローするし」
「で、でも、僕なんかが王子様とお会いするだなんて……」
シンデレラは少し顔を青ざめさせて、ぽつりと呟きます。それは心配でしょう、だって自分は女性ではないのですから。
下手をすれば不敬罪にもなりかねないのではと、魔法使いに首を振りました。
「大丈夫だって。その為に魔法かけたんだし。この俺が言うんだ、絶対大丈夫だよ」
「……で、でも……」
「俺の魔法は絶対に誰にも見破られない。俺の誇りにかけて、保障する。……──信じてくれねぇか?」
まるでそれは、懇願するような声音でした。
言葉を尽くして、懸命に言い募る彼に、シンデレラははっとします。
自分達は今日会ったばかりで、しかも知り合ってからまだ1時間も経っていません。
けれど、目に前の青年は、女装少年だと分かっても、決してシンデレラを侮蔑の眼差しで見ていません。
乱暴な言葉も、投げ付けていません。
ただ、苦労して来たんだなぁと同情して、飾ること無く、話し掛けてくれています。
(…………──僕に、悪いようにはしないって、言ってたし……)
彼が嘘をついているようには、とてもじゃありませんが、見えません。
シンデレラは、知らず肩に入っていた力を抜きました。ふぅ、と小さく息を吐きます。
そうして。
「…………──分かりました」
にっこりと、微笑みました。
花が咲きこぼれるような、やわらかで美しい笑顔に、思わず魔法使いも見入ってしまいます。男の子だというのを、忘れてしまいそうになりました。
「……その代わり、何かあったら、ちゃんと助けてくださいね?」
ふふ。
悪戯っぽく言って、笑うシンデレラ。
魔法使いを信じようと、覚悟を決めたようです。
それを確かに読み取って、黒の青年もくしゃりと笑いました。
「……うん。約束する。……──ありがとう」
さてさて、シンデレラはこの後一体どうなるのでしょうか?
次回はいよいよ王子様の登場です!