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召喚陣は無視された

作者: NiCo

 朝の教室に召喚陣が現れた。後ろの出入口近くの床にキラキラと輝きながらそれが広がっていくのを窓際の真ん中の席に座った僕は呆然と見ていた。


 HRまであと10分。そろそろ彼女が登校するハズである。彼女は片手に文庫本を広げながらドアを開けてツカツカと入ってくるのが通例だった。

 学生鞄を持ったままの右手で器用に開け閉めする姿は凛とした背筋で大好きだ。視線は文庫本から一切外さない。それでいて、並んだ机にも歩き回るクラスメイトにもぶつかることなく教室の真ん中の席に収まる。毎朝のことながら不思議だ。


 

 今週は、戦後の田舎の村のどろどろとした人間関係の中で起こる殺人事件を名探偵が解決するシリーズらしい。先週は晴らせぬ恨みを代理する時代小説だった。先月は異世界でチーレムなラノベで、その前は編み物をしながら事件を解決する老婆の話で、その前はアメリカ人が火星で大統領になる話らしい。月の裏側の秘密基地から発進する涙滴型の宇宙船で活躍する科学者の話はいつだっただろうか。論理学の小難しい本を読んでいたこともあったっけ。


 べ、別にストーカーじゃない。彼女が持ってくる本を毎朝当てっこしているだけだ。


 登校中も本を離さない彼女は読むのも早いらしく、4巻を読んでいた翌日には12巻を手にしていたりする。

 何かのついでに話を聞くとランダムでも抜かしているわけでもなくマジに読んでいるらしい。


 ちなみに最近読んでる本は親戚の形見分けらしい。乱読型の読書家の遺した大量の本を処分される前に譲り受けたとのこと。ひとまず貸し倉庫に預けてある本を読破して残すものを決めるつもりって言ってたけど、一つも手放さないんじゃないかと思うほど彼女は活字中毒だ。


 歩きながら読むのは危ないよって言ったら、気をつけてるから大丈夫って笑顔を見せた。それにズキューンてハートを打ち抜かれてオチたわけなんだけど、気をつけてるって通り、彼女はマヂ華麗に危機回避だよ。


 1時間目が移動教室の時、あんパンと牛乳を手に校舎に駆け込んできた同じ学年の男子に視線を向けるわけでもなく、スッと横に半歩移動して避けたのはビックリした。絶対に昔の少女マンガにありがちの衝突場面になると思って、目を瞑ろうとしたけど、逆に見開いちゃったよ。

 階段も読書しながら登り降りしちゃうし、猫が飛び出して来ても、ボールが飛んで来てもスルッと避けちゃうし、あれはどうなってるんだろう。


 そんな回想をしてる場合じゃなかった。



 召喚陣だ。


 彼女が入ってくるハズの入口の足元だ。


 学校鞄を持った手がガラッとドアを開け、黒髪が見えた。彼女だ。脱色もカラーリングもカールもしてない、烏の濡れ羽色したストレートヘアとよくよく見ないと銀と間違う淡いピンク色をしたメタルフレームの眼鏡。野暮ったいまでに正確に着こなした制服。今日の本は離島で起きた殺人事件らしい。

 優等生チックな外見の彼女はメガネスキーには人気が高い。それ以外の人には……。いや、競争率は低いに越したことはない。

 競争率云々とは言えども、そもそも、彼女に認識されることが一番の難関である。彼女のスルースキルは高い。

 ある先生などは彼女に認識して貰えずに、教室に入ってきたことに気づかれなかった。彼女は授業が始まったことに気づかないままだから、当然のごとく堂々と読書を続けていた。自習の時間だと思っていたのかもしれない。毎回上げられていた金切り声が段々と小さくなり、先生の存在感自体が薄くなり気がついたら休職してた。えこひいきするんで有名で、先輩から噂を聞いた時にはがっかりしたもんだが、一学期を終えずに居なくなってしまったので正直言うと助かった感がなくはない。イケメンだと何でもオッケーじゃ、そこそこしか頭の良くないフツメンの僕にはツラい。クラスの大半は贔屓されない側だから、安堵はあっても文句は出なかった。新手の先生いじめな気もしないではないが、彼女は先生が変わったことにすら気づいてないと思う。



 ええと、あ、召喚陣。



 彼女は手元に視線を落としたまま普通に歩いて抜けてた。


 召喚陣は華麗にスルー。


 あれが召喚陣であったのは間違いないと思う。なぜなら、彼女がいつものように席に座った直後に教室に駆け込んできた男子が踏んだ瞬間、パァーって力強く輝いて陣ごと彼は消えたから。

 ちょうど前のドアから担任が入ってきたところで、彼が消えたのは彼女を除いたクラスメイト全員と担任が目撃者だ。いや、召喚されちゃった彼は目撃者じゃなくて、当事者だな。


 当然だけど、朝のHRをやってる場合じゃなくなってしまった。出張中の校長の代わりに教頭はやってくるし、学年主任の先生や、なぜだか保健室の先生まで駆け付けてきた。両隣のクラスの奴らも廊下に鈴なりだ。


 彼女は手元の本から目を離さない。周囲は結構うるさいんだけど、きっと彼女の意識は離島に行ってて波の音とか聞いてるんだと思う。ちなみに離島って言うのは周囲が海に囲まれていて陸続きじゃなければ、目と鼻の先でもいいらしい。海しか見えないような無人島に流れついたイメージでいたよ。


 うん、そうか。召喚陣も形が無いからないものとして扱えば、巻き込まれない。………いや、そんなことないよな。だって、一人消えてるわけだし。

 バタバタガラッって飛び込んで来て、パパパパピカーッと光って、スーッと消えちゃったんだから、アイツが召喚されちゃったことに気づくのは向こうに着いてからだと思う。



 本音を言えば、イケメン爆ぜろ!じゃなくて、え~っと、チャラいイケメンが居なくなってクラスの中で僕の顔面偏差値が上がってラッキー。でもなくて………うん。クラスメイトだからたまに話もするけど、特に親しくもなかったんだよね。だから、ちょっぴり寂しい感じもするんだけど、そこまでだなぁ。


 あ、そうか。

 ちょっとチャラいけどイケメンだし、運動神経だって悪くないし、頭は……知らん。定期試験の点数は公表されないし、そもそも、チャラ男だから授業態度はイマイチだったし、女子には優しいけど発言はチャラいし…そこは置いておこう。とにかく、そこそこ勇者らしい感じだなあ、って感心しちゃったよ。

 ってか、アイツよく考えたらドアを開けたけど、閉めてないじゃん。今もバッチリ全開だし。いい加減なヤツだなぁ。彼女なら静かに開けて静かに入ってきて静かに閉めて…で、もちろんその間も本から視線を外さない。つくづく器用だと思う。


 そういえば、通学中はどうしてるんだろうか。確か彼女は電車通学。駅から学校まで線路沿いに真っ直ぐ、信号が一つ。上りと下りで時間が違うから僕は登校時に彼女と一緒になることはない。 最寄り駅から線路沿いにずっと歩くんで、駅がもう少し学校の近くにあると便利なのにってよく思う。住宅街はあっという間に終わり線路と田んぼの間を抜けること15分。ちょっと前に蛙が大発生して大変なことになった。1年生が悲鳴を挙げる中、黙々としかし、しっかり蛙を避けながら歩く上級生は凛々しくもある。彼女のことだから本を片手に静々と学校に向かうんだろうな。

 多分きっとあの田んぼは無農薬。いや、知らないけど。少なくとも、蛙にダメージはないみたいだ。


 あれ?でも歩きスマホも歩き読書もマズイよね。本から視線を外さずに赤信号で止まる彼女を想像しながら、初めて気づいた。ヤバい。その姿が自然すぎて頭の片隅にも思い浮かばなかった。駅も道路も危険すぎるよ。


 それにさ。直射日光の下で読書って目が悪くなんないかな。


 読書は学校に着いてからにしようよ。って、なぜか、校舎に入ると同時に本を広げて反対の手で下駄箱から上履きを出す姿が脳裏に浮かぶ。

 ん?その場合、学生鞄はどうやって持つんだ?左手に読みかけの本、右手に上履き…下駄箱に蓋はないからそんなに難しくはないと思う。仕方ない。鞄は床に置こう。ああ、想像力に限界を感じたよ。


 うちの学校あのダサくて黒くて重い学生鞄が指定なんだけど、肩から下げらんないし、片手ふさがるから電車の中とかスマホいじるのに邪魔なんだよね。弁当箱が入らないから別にバッグが必要だしね。学食は狭いし、パンは一応売ってるけど競争率高いし、食べ盛りの高校男児には弁当必須。お母さんありがとう。


 弁当と言えば、彼女はいつも右手に箸、左手に弁当箱を持って机に広げた本を読みながら食べてんだよね。行儀どうこう以前にどうやって正確に掴むんだか、観察しててもわかんない。視線は本から離さないで、でも迷うことなく食べ物をきちんと掴んで落としたりすることもない。時折、弁当箱をおいてページを捲る音がするだけで静かに食事している。クラスの女子のグループとかのペチャクチャお喋りがメインのお昼とは一線を画す。

 …うん。彼女、友達が居ないんだよね。僕が見る限り、本が友達ってか、授業中以外片時も本を手放してない。体育の前後の更衣の時は手にしていないとは思うけど、女子の着替えの現場を見ることはない。彼女限定で見たい気はするけど…いや、やましい意味じゃなくて、本が気になるだけ……そりゃ思春期真っ盛りの高校生、やましい気持ちが欠片もないとは言えない。だがしかし、基本的には探求心というやつなのだよ。と、心の中の誰かに言い訳しておく。探求心にちょっとアレなものが含まれるかどうかに関しては黙秘権を行使する。

 なんでうちの学校プールが無いんだろう、残念。などとは微塵も思ったりしていない。



 えーと何だっけ。

と、この話を強制的に終了させることに他意はない。


 そうだ!

 召喚陣だ。


 今そこに展開されている召喚陣だ。




 …えっ?


 さっきと同じ場所、つまりは教頭の足元に、さっきと同じような召喚陣だ。でも、勘なんだけどさっきとは言語が違う気がする。陣に書いてある文字の形が似ても似つかない。

 展開すると同時に発光し、陣の上にいた人間を巻き込んで消失だ。後光の射した教頭の頭部が印象的だった。

 さっきよりちょっと大きかったせいか2、3人一緒に召喚されたみたいだ。

 机とか椅子はそのままってことは無生物は召喚されないってことかな。でも、衣類とか鞄が一緒に消えることは最初の犠牲者で確認済みだ。椅子に座ってた場合、椅子ごと召喚なんだろうか。それとも召喚先で空気椅子になっていて、いきなりすっ転ぶんだろうか。すっげぇ、気になるけど、異世界とか行く気はないから調べようがない。


 教頭たちまでが消えたせいで廊下の喧騒はすごくなっている。って思ったら、廊下にいたヤツも何人か居なくなってないか。

 しかしだ。高校生はともかく、教頭じゃ勇者にしては歳をとりすぎてないだろうか。賢者にでもなるのかな。教頭に教わったことないけど、何の教科の先生だったのかな。国語とかじゃ異世界で役に立たなくないかなぁ。


 校長も教頭も学年主任も居なくなって……そういえば教頭の隣に立ってたよな……責任者不在で担任がパニックってるみたいだ。ぶつぶつと口を動かしてるけど、焦点があってない。


 彼女が顔を上げた。本を閉じたところを見ると一冊読み終わったみたいだ。鞄の中に本をしまって、しばらくごそごそしていた。ふと教室の時計を見上げて、さらに腕時計を見て、首を傾げた。教室を見回して不思議そうに立ち上がった。


「ねぇ、今日って授業無い日だっけ?」


 こっちに歩いてきて僕に話しかけた。

 彼女によるとクラスの男女各2名を覚えて何かあるとその人に聞くらしい。クラス全員の顔と名前を一致させるのは難しいけど、少なすぎるとその人が見つからないと困るから4人らしい。その覚えてくれてる一人が僕だった。


「ちょっと騒ぎが起きたんで授業になんないと思うよ」

「出席取る?」

「無理だと思う」

「んじゃ、帰るね。次に読む本を家に忘れてきたみたい」

「気をつけてね」


 にっこり笑うと彼女は微笑み返してくれた。自分の席に戻り鞄を手にすると、足元の召喚陣を踏みつけながら、教室を出て行った。


 ふと、思い出した。


 彼女が異世界もののラノベを読んでいた日に、異世界召喚されたらどうするって聞いたら、彼女は眉をひそめて言ったんだ。


「勝手に喚んでるだけなんだから応える義務はないんじゃない?」


 そうか。そういうことなんだ。応える気がないから無視してるんだ。



 ものすごく納得した僕は自分の鞄を持って立ち上がった。そして、彼女ほどスルースキルが高くないので足元に注意しながら、帰路についた。


 明日の授業はあるのかなあ、それが気がかりだった。

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