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笑顔の開拓者 〔 ゼンの冒険 付録部 〕  作者: 三叉霧流
ゼンに翻弄されるロサニエス城の一週間
2/4

リヒャルトの大変な一週間②

「ゼン、今日の一日ですが・・・」

マリアーヌは優雅な仕草で香木茶の入ったカップをソーサーに移し、ゼンを見てそう言った。


―――よし、来ましたな。

その言葉でリヒャルトは姿勢を正し、頭の中のスケジュールを記憶から引っ張り出した。


朝食が始まって早々に思わぬ無礼な言葉で、少し取り乱していたリヒャルトは朝食の世話をしている内に何とか自分を落ち着かせることが出来ていた。

そして、今交わされようとしている会話は、今日の予定。

リヒャルトが完璧だと自負していた予定だった。


ゼンに引き合わせようとしてるのは並みいる貴族の内で軍閥の中枢や政治の有力者達の奥方やその息子達。

ルーン王国の中枢にいる貴族の家長達は全て王都で暮らしている。そのまま家族で王都に暮らす者もいるが、生粋のハスクブル公爵家縁の者達は奥方をクリューベに残して、王都で国王に従事していた。

その奥方と顔見知れになっておけば、下級貴族ならその貴族の家長達と挨拶するときの強力な武器になる。

それにリヒャルトはゼンが新たに毛織物業を興していることを知っていた。

貴族の奥方に挨拶した後の最後で彼に引き合わせようとリヒャルトが画策していたのは、花の都市クリューベ一の大商家ラーフェンセルク一族の家長だった。

織物業を成功させる上では、決して避けては通れない大物。


リヒャルトは考えていた。

ゼンという生意気で聡い子供を唸らせるには、そういった大物と引き合わせて、このロサニエス城の力を思い知らせてやろうと。

ラーフェンセルク一族は、リヒャルトの主であるカール・ハスクブルも一目置く大商人の家系。

魑魅魍魎跋扈する商人達をとりまとめる恐ろしい一族だった。

リヒャルトですらラーフェンセルク商会を敵に回したいとは思わなかった。

会話をしているだけでもこちらの裏を読む抜け目ない視線と巧みな交渉術、そしてなおかつ脅しも考慮に入れた冷血な者達。

その前にゼンを連れて行けばどうなるかと想像してリヒャルトは小さく笑う。


―――その生意気な口を黙らせてやりましょう。

そうリヒャルトは心の内で冷たく言い放ちながらマリアーヌが自分に予定を尋ねる時を待っていた。


「あ、俺は何処にも行きませんよ。ここで一週間マリアーヌさんと楽しく過ごします」

ゼンはマリアーヌに笑顔でそう答えていた。


リヒャルトは目を丸くして開いた口がふさがらなかった。

その言葉の意味を理解・・・いや、脳が言葉を拒否した。


マリアーヌもそのゼンの言葉を戸惑いながら声を上げる。

「でも・・・ゼン、貴方には人脈が必要だとおもいますわ」

「確かに俺もそう思いますけど・・・でもやっぱりここでマリアーヌさんと一緒に過ごします。だって、挨拶してもそれだけで終わってしまうって考えると、それよりもマリアーヌさんと一緒に過ごした方が楽しいですし、俺はそういった挨拶よりもマリアーヌさんとの縁を大事にしたいと思います」

そのゼンの言葉でマリアーヌは目を輝かせて微笑んだ。

「まあ・・・なんて嬉しいことをいってくださるのかしら」

マリアーヌは喜んで、本当に嬉しそうにゼンを見ていた。


―――ま、まずい!これでは全ての予定が狂ってしまう!

リヒャルトはその様子を冷や汗を掻きながら見ていた。


もし、ゼンが一週間ロサニエス城に滞在すれば、リヒャルトが苦労して貴族と相談して立てた予定が水の泡だ。

それに会う約束をしていた相手の顔に泥を塗るようなもの。もっとも泥を塗られるのはリヒャルトの顔だった。

リヒャルトは慌てて声を上げる。


「ゼン卿、申し訳ありませんが既に予定は組んでおりまして、この後はハスクブル公爵家に連なる貴族様とのご挨拶が・・・」

リヒャルトの言葉にゼンが振り向いて答える。

「でも、それってお願いしてましたっけ?」

「ぐっ・・・」

リヒャルトは呻き声を上げた。


そう、ゼンはそう言ったことを何もお願いはしていなかった。

それは全部、リヒャルトの立てた予定。彼がゼン・リーンフェルトの爵位と彼の産業、彼の今後の将来を計算し尽くして、立てた最高の予定。

マリアーヌが、最高のもてなしと便宜をはかって欲しいとの命を受けたリヒャルトが一人で行ったことに過ぎなかった。

だが、リヒャルトは非常に優秀で、非常に貴族という者を熟知していた。

だからこそ、彼はゼンの行動を見誤った。

リヒャルトは優秀が故にゼンという予想外の人物を理解しきれなかったのだ。


顔を真っ青にするリヒャルトにゼンは申し訳なさそうに声をかける。

「リヒャルトさん、すみません。俺を思ってくれたのは嬉しいのですが、俺が一番したいことはマリアーヌさんと過ごすことなんです」

「ああ、ゼン。貴方は本当に優しいのですね・・・リヒャルト、ゼンもこう言っております。その者達には我が家名を告げてお断りしてください。もちろん、ちゃんと謝りの品を贈っておくのですよ」

その言葉でリヒャルトはその人生で初めて、職務中に肩を落としながら少し哀愁を帯びたバリトンを奏でる。

「か、畏まりました・・・奥様」

マリアーヌにそう命じられれば、家令長であるリヒャルトにそれ以外の言葉はなかった。


「マリアーヌさん、何時も何してるんですか?このお城で」

「そうですわね・・・いつもは薔薇園のお世話をしたり、詩を読んだりしていますわね」

「あ、ならこのお城の薔薇園を案内して下さい」

「ええ、もちろんですわ。まだまだゼンに見せたことがないとっておきの場所がありますわよ」

ゼンとマリアーヌはリヒャルトを置いて、のんびりと楽しそうに会話をしている。


だが、リヒャルトだけは心の中で悲鳴を上げていた。

彼の頭には貴族達にどう断るかという案件で一杯だった。

リヒャルトのそんな姿を周りにいた給仕達は驚きの目で見ているが、彼はそれを気にする余裕はない。

貴族に家令が謝る場合、直接その貴族の屋敷を訪問し、持参した贈り物を渡さなければならない。

リヒャルトの午前は贈り物選定。そして午後をかけて貴族の屋敷の訪問。

それも今日こなさなければならない仕事が山のようにあるのにだ。


―――ぐぬぬぬぬ!小僧!これで勝ったと思うなよ!

しかし、リヒャルトは自らの誇りにかけて、更に闘志を熱くした。

彼は努力の人だった。

乗り越える壁が大きければ大きいほど、闘志を燃やして頑張る人だった。


リヒャルトは先ほどまでの意気消沈した様子から態度を一変して、背筋を伸ばし姿勢を正しくして身だしなみを整える。

それはまるで敵大将に挑む戦士の顔つきだった。

その瞳がマリアーヌと楽しそうに会話するゼンに向けられる。


――― つ、次はお菓子だ!小僧なんぞ甘い物で黙らせようぞ!


何故かリヒャルトは間違った方向で闘志を熱くしていた。

彼の受難が続く。

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