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笑顔の開拓者 〔 ゼンの冒険 付録部 〕  作者: 三叉霧流
ゼンに翻弄されるロサニエス城の一週間
1/4

リヒャルトの大変な一週間①

ロサニエス城の朝は早い。

多くの城がそうだが、まずは夜も明けていない内に警備兵達がかがり火を持って、警備の交代を行い。その交代の時間に合わせて夜警の者達は遅い夜食、早警備の者は朝食をとる。

その動きに合わせるために給仕達が藁布団から寝ぼけ眼で寝る前に用意していた木製の桶から冷水で身支度をし、召使い用の台所でかまどに火を投げ込み、警備達と自らの朝食の準備に追われる。総勢数百人分の朝食を一度に作るのに、台所はちょっとした戦場のような有様に変貌する。領主専属の地位の高い料理人ではなく、ここでは住み込みで雇われた恰幅の良い女達が声を張り上げながら野菜や干し肉を切り、巨大な鍋にまるでセメント工場ののような様子で食材を投げ入れていく。

煙突がモクモクと煙を上げて、台所が活気に満ちあふれた頃に領主専属の女中や家令が綺麗なシーツから身を抜け出して、身支度を調えて優雅に挨拶を交わしながら各部署へと繰り出していった。


そのロサニエス城の主厨房、領主やその客人達に出す料理をつくる台所に繋がる廊下で一人の家令が颯爽と肩で風を切りながら歩いていた。

歳は初老にかかり、家令としての経験や威厳の脂が乗りに乗ったロサニエス城の運営や領地運営、城の中を世話する家来達をまとめる家令長リヒャルト・ハウスドルフ。

少し神経質そうな目に香油で整えられた白髪の髪、ピンとなでつけられた髭。痩身だが、その身体は数々の重度労働にも耐えるものだった。

夏の暑い時期にも関わらずタキシードのような黒いジャケットを着込み、胸には燦然と赤い刺繍で薔薇の紋章が縫われている。


リヒャルトは優雅さを損なわない早歩きで主厨房に向かっていた。

彼は昨日の一件、ゼン・リーンフェルトが行ったお茶会に心底納得がいかなかった。

長年勤め上げてきたロサニエス城で自らが最高のもてなしをとマリアーヌから受けた命令、それがまだ年端もいかぬ子供に下々がするようなただのピクニックに変えられて、誇りを汚された思いだった。

彼はその姓の通り、騎士階級の身分。代々受け継がれてきたハスクブル公爵家に仕える家令の一族。

そして、現国王グリゼリフ陛下が花の都市クリューベにご来訪いただいた時も彼がその席をとりまとめて、お褒めの言葉もいただいている優秀な家令。

その自分がよりにもよって一田舎の成り上がり貴族に言いように言われて、自分が設けた席を変えられることに我慢がならない。


彼は人知れず闘志を燃やしていた。

昨日は、エリザベスの驚きの行動で動揺してゼンの言葉に丸め込まれていたが、今日こそは客人をもてなすのが自分の仕事だとゼンに知らしめようと寝ずに今日の予定を組み上げていたのだ。

これは彼なりの復讐だった。


彼は歩きながら組み立てていた今日の予定を思い出す。

まずは朝食。リーンフェルトという東の辺境地では滅多に食べられないような食事でゼンを驚かし、そして花の都市をハスクブル公爵家の紋章が掲げられた馬車で観光させて田舎者をあっと驚かせる。煌びやかな最高級の馬車、それで美しい町並みをゆっくりと歩き、豪華な庭園や貴族の屋敷を訪問する。

リヒャルトはマリアーヌに、ゼンをハスクブル公爵家に連なる貴族達に紹介して人脈を作るようにと言われいた。


―――見たこともないような馬車で、見たこともないような豪華な屋敷に住む上流貴族達に会わせれば、聡い子供でも・・・いや、聡い子供だからこそ縮み上がる。


そう確信して、リヒャルトは献立を相談するために料理長の元へと歩いて行った。




「うわぁ、すごい豪華な朝食ですね」

ゼンが驚きの声を上げて、目の前に広がった食事を見ていた。

彼の目の前には、新鮮な果物が山のように銀の杯に溢れ、うねりを作る波のように白パンがおかれて、薔薇の紋章があしらわれた陶器の皿には肉や魚のソテー、銀のカテラリーが燦然と光っている。


リヒャルトはその声に内心満足しながらも、澄ました顔で優雅に新鮮な果汁の入った水差しでマリアーヌとゼンのグラスに注いでいく。

騎士ローディウスもアルガスもその食事の豪華さに目を丸くしながら、少し肩身の狭い思いで席に座っている。

席順は暖炉の前の上座にマリアーヌ、その横にゼン、それの対面の空白の席の左右に騎士ローディウスとアルガスが座っている。


リヒャルトは空白の席に少し目をやりつつも、騎士ローディウスとアルガスの後ろに控えている給仕に目配りをして、エールを注がせた。

「喜んでいただけて嬉しいですわ、ゼン」

マリアーヌはゼンに微笑みながらそう言った。

「でも、こんなの食べきれないですね。余ったらどうしてるんですか?」

リヒャルトはぴくりと眉を動かした。


貴族の食事、それは豪華さや珍味を讃える言葉があっても、余った後のことが話題に出ることはない。

むしろ、余るほどの料理を出すのが貴族たる誇り。

余って当然でそれを領主の奥方に尋ねるなどは、食料庫を覗くように無礼な事だった。詰まるところその質問は、この公爵家の城の経営は大丈夫かと尋ねるようなものだ。


その不躾な成り上がり貴族の子供をリヒャルトは憤然としつつも、壁の前で表情を隠して聞いていた。

ゼンの問いにマリアーヌは首を傾げながら返す。

「さあ・・・どうしているのでしょうね・・・考えたこともありませんわ。リヒャルト、どうしているの?」

マリアーヌが少し振り返ってリヒャルトに尋ねる。

リヒャルトは突然の問いかけにも慇懃に口を開く。

「当家では、客人に振るまわれて余った食事は、処分しております。一度フォークがつけられた料理を食べるようなほど、この城は逼迫しておりませんので」

リヒャルトは丁寧に答えつつも少し揶揄を込めて、低いバリトンの声を上げる。

ゼンはそのリヒャルトの言葉を少し考えてから、ため息をついた。

「それは勿体ない。こうしましょう。俺達は今食べている分で十分ですので、余った物は警備兵とか家来さん達にマリアーヌさんからのご褒美にしてあげて下さい」

リヒャルトはそのゼンの提案がしばし茫然と聞いて、怒りを露わにしそうになった。

慇懃な態度から眉が上がり、目つきが険しくなる。

それを感じたのかマリアーヌが少しリヒャルトを気にしつつもゼンに言葉をかける。

「ゼン、それは私達の昔からのしきたりですので・・・」

そのマリアーヌが言葉を濁すのも気にせずにゼンは続ける。

「しきたりなら直ぐには難しそうですね。じゃあ、俺がここに滞在している間だけしてみましょう。それでもしマリアーヌさんがいいなと思ったら変えて下さい」

「・・・そうですわね。ゼンがいるのは七日間。折角、ゼンがいてくださるのですからその通りにしてみるのもいいかもしれませんわね」

「お、奥様・・・」

リヒャルトはマリアーヌの掌を返すような決定に驚いて声を上げる。

自分の主が下した決定をリヒャルトはいつも無言で受けていたが、この時ばかりはマリアーヌに訴えかけるような目を送る。

その目をマリアーヌは微笑んで見た。

「リヒャルト、お願いするわね」

「・・・畏まりました。奥様」

頭を下げて、リヒャルトはそう言ったが、その下げた頭から横目でゼンを睨み付ける。

その視線を知ってか知らずか、ゼンは目をそらし皿の上の肉を嬉しそうに切り分けていた。


―――ぐぬぬぬぬ!この小僧!今に見ておれよ!

リヒャルトは胸中でそう叫び声を上げた。



だが、この一週間、リヒャルトは常に予想を裏切るゼンの言動と行動に翻弄され続けるのであった。

こうしてリヒャルトの大変な一週間が幕を開ける。


これはそんなリヒャルトを主人公にしたゼンとロサニエス城の者達の物語である。


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