操り人形
操り人形
気が付くと、自分の部屋に居た。
滅多に此処に帰る事がないので此処がどこなのかすら忘れかけていた。
殺風景で何もない部屋…。
あるとしたらおふくろの影響で集め始めていた香水の瓶、数十本。
それに生活に最低限必要な物くらいだ。
どうやって此処まで帰って来た?
親父に無理矢理車の中に入れられたのは覚えている。
それから…。
……そうだ、浅生! あいつ一人で帰れたのか!?
思い出せるのは、最後にあいつが見せた顔…。
目をこれでもかってくらい見開いて、動かなくなった。
俺はある事を思い付き制服の中を探った。
だが、目当ての物が見付からず苛立ちを覚える。
・・きっと親父が取り上げたんだろう。
すぐに察した。これが初めてって訳じゃねぇからな…。
連絡の手段を無くした俺はズルズルと重たい足を引きずりベッドへと座り込んだ。
深く溜め息を吐くと胃がキリキリとうずくのに気付いた。
…ホント、やってらんねぇな…。
時計を見ると九時を回っていた。
やる気が起こらないからこのままベッドに突っ伏してさっさと寝てしまおう。
睡魔はすぐにやってきた。
俺はそのまま深い眠りについた。
『殺れ…お前が』
笑いを含んだ顔。
楽しそうに命令するその口元。
血に飢えた吸血鬼の様な、あの目。
来る。
あいつが。
また、だ…。
また俺は―――!
「……っっ!」
夢…か。
ぐっしょりと汗で濡れた額を拭いながら時計に目をやると、まだ三時十八分。
変な時間に目が覚めるのはいつも、嫌な事が起こった時だ…。
そうか、やっぱり夢じゃないんだな…。 水でも飲みに行こう、と立ち上がり、ドアノブに手をかけた。
ガチャガチャと回したり引っ張ったりと試してみるが開かない。
やられた…!
いつもながら、自分を情けなく思う。
「窓…っ」
ふと思い付いて窓を開け、外に出た。
ひんやりとした空気が心地良い。
ベランダに出ると辺りをこれでもか、と思うくらいに眺め回す。
だが焦りは禁物だ。
見張りの奴が居るかもしれない…・。
此処は二階…。
飛び降りるには大した事ない高さだ。
俺は手摺に手をかけた。
「…どこへ行くつもりだ? 吟坊っちゃん?」
クスクスと嫌な笑い声が耳障りに聞こえる。
俺はそのままベランダから飛び降りてコンクリートの上に着地した。
「その言い方、やめろっつってるだろ」
「それはしつれーしました。お前、また抜け出すんか? ホント、ガキは学習しねーのなぁ」
「ガキガキ言うなっつってんだろ!あいつから逃げるには他の方法なんて見付んねぇからっ!」
こいつ、俺の親戚で、名前を零っていう。
目は細く、両耳にはピアス、そして何処に居ても目立つ金と銀の入り混じった髪…。
それに、年なんて一つしか違わないのに何かとあると、俺の事をガキだガキだと連呼しやがる。
嫌な奴だぜまったく…。
「ま、そうカッカしなさんな」
「…お前のせいだろう」
「でもって、こっから逃げようって真似はこれ以上させねぇよ。大人しくお部屋に帰りな」
「俺のせいで親父に狙われてる奴が居るんだ!そいつを助けねぇといけないんだよ!!」
「…吟、お前には残酷だと思われるだろうがこれが絆さんのやり方だ…」
絆…。
今一番聞きたくない名前を出され不本意にも反応してしまう。
そう、それは、限れもなく俺の親、そして組織の上に立つ野坂絆本人だ。
「…っ結局俺は…あいつの命令に従うしか選択肢がないのかよ…!」
腹立ちと悔しさが俺の中を駆け巡る。
「っ守りたいんだ…あいつだけは!!」
「お前のそんな顔、初めて見た…。よし、俺にまかせとけ! 今回はなんとかしちゃる!」
そう言って、零はひしと胸を張る。
零は俺に、浅生の名前と容姿だけを聞きだし夜の闇へと消えていった。
いまいち不安だったがとりあえず部屋に戻る事にした。
今回は奴に頼るしかない…。
何も出来ない自分の不甲斐無さに情けなくなりつつまた、布団へと入る。
「また…親父の言いなりになんてなってたまるかよ」
呟いた言葉はすっと俺の中に染み渡っていく。
そうだ。
あの時の様に同じ過ちなんて二度と繰り返してたまるか。
あの風景、臭い、恐怖感、罪悪感…。
死ねるものなら俺もこの世から消えてしまいたかった。
俺が、最初に親父の人形へと化した、あの出来事。
俺が罪を犯したあの日。
それはあまりにも突然で一生忘れる事を許されない出来事だ…。
「…一度だけ、手伝った事がある…か」
この事を言ったら、浅生きっと俺を見る目が変わるだろうな。
あいつは何も解ってないと思う。だから俺が守ってみせる。
何があっても…。
*****
『…殺せ』
『っ…、無理…』
『何故だ? お前は俺の自慢の息子だ。このくらい朝飯前だろう?』
『俺には…出来ない…っ』
『俺が仕込んでやる。大丈夫だ、お前は出来る』
この一言で俺が親父の操り人形へと変わる土台が出来てしまったんだ…。




