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逆らえぬ壁

逆らえぬ壁


あの、幽霊少年、草汰と楓介との出会いから1ケ月程過ぎた。

夏休みに向けて、各クラスでは秒読み体制に入っている。

日めくりカレンダーを家から持ってきているクラス、黒板に大きく残りの日数を書くクラスなど、様々だ。

僕、浅生白兎の居る2年C組も、李瑠樹の提案で黒板に数字が。

しかし、中国で使われている漢字だ。読めはするが発音なんて到底無理。

瑠樹とは、僕の幼馴染みで武道家の端くれ。と言っても世界に匹敵するほどの実力を持っている。

「皆ぁーー! 後、残り7日だぁーー!! それまで根気だぜー!!!」

わぁっとクラス全体が盛り上がる。

学級委員の男子生徒はかなり、テンションが高い。

むしろうるさいくらいに。

うちのクラスは彼のお陰で、皆仲が良い。

ある、一人の男子を除いて…。

「…うるせ」

ぽつりと呟いた彼の言葉は皆の歓声によってかき消された。

寝起きなのか、いつも以上にダルそうにしている。

野坂吟。

彼こそがクラスの皆、いや学校中が名を聞いただけで身震いする存在だ。

何故かと言うと彼の父親の職業に問題がある。

彼の親の仕事、それはヤクザなのだ。

密輸を基本とした売買を人知れず夜の街で行う。

それが仕事。

野坂吟自身も、もう裏の仕事のエキスパートだ、と専らの噂だ。

だが僕は、そうは思わない。

僕が初めて彼と話をした時、彼はとても純粋に笑ったから。

きっと、そこら辺に居る不良と呼ばれる人たちよりも綺麗な顔をして笑う。

これで、悪い事をしていると思うだろうか?

そりゃ、彼と話をするまでは僕も皆と同様、彼を遠くからしか見ていなかった。

でも、知ってしまった以上後には戻れない。

いや・・・僕自身が戻りたくないと思っている。

今度、ちゃんと野坂吟に聞こう。

お父さんの仕事を手伝っているのかどうかを…。

HRも終り、皆さっさと教室を出て、各自帰路に着いたり、部活に出たりしている。

僕は、帰る準備を終えて、野坂吟の机の前に立った。

「野坂! 一緒に帰ろうよ」

野坂吟は、チラリとこちらを見ただけで、また顔をそらした。

そして鞄の中に適当に教科書を放り込み、立ち上がった。

「ちょっと、話があるんだけど帰り大丈夫?」

「…あぁ」

「…? 元気ないけど…どうかしたの?」

「俺が…?」

野坂吟は少し驚いた様に僕に聞き返してきた。

様子がおかしかったから聞いてみたのだけれど野坂吟本人も今、気付いたみたいだ。

「あ、寝起きで調子悪いだけだった?」

「いや、ちょっとダルいだけだ。気にすんな」

そう言ってさっさと歩き始めた。

僕も急いで彼の後ろを歩く。


*****


学校を出て、しばらく歩くと洒落た喫茶店がある。

此処は僕たちみたいな学生がよく行き来している場所のひとつだ。

僕らはその喫茶店に入り席に着いて、オーダーを頼んだ。

しばらくの沈黙が続く。

僕は思いきって口を開いた。

「ええと、何かあったの?」

「別に…。それよりお前の用事は?」

あっさりと流されてしまった。

いつもならこんな事ないのに今日の、彼はやはりどこかおかしい。

そうしているうちに頼んでおいたアイスコーヒーと、ミルクティーが出された。

苦いのが苦手な僕はミルクティーに更に砂糖を二つ入れ、かき混ぜる。

野坂吟はクリームを入れただけでほとんど苦い味のまま。

僕らはそれ以降、黙ってただ出された飲み物を飲み干すだけ。

気付かれぬ様、彼に目を向けた。

何処かぼんやりとした表情で窓の外の行き交う車たちを見つめている。

…胸が締め付けられた。

「…嫌いだ…」

ポツリと呟かれた言葉に鼓動が高鳴る。

奈落の底にでも落とされたかの様に絶望的な感情が僕を支配した。

「…!? 浅、生? 何、泣いて…」

え? 泣いてる?

僕は自分の頬に伝う、冷たいソレを手で拭き取った。

「っ! な、何でもないっっ!」

そう言い終えると同時に僕はその場から逃げ出した。

見れない。彼の顔が見れない!

嫌われていたんだ。ずっと…。お節介だって思われていたに違いない。

なのに僕一人で友達になれた、なんて勝手に思い込んでいた。

泪は止まることなく次々と溢れている。

僕はただ、ひたすらに走った。

何処へ行こうとか、そんな事を考える余裕などなく。

その時、がっしりと腕を捕まれた。

必死に抵抗してもがいたが、逆に引き寄せられた。

「っ…何、で逃げるんだよ…!?」

「…っ離してっ!!」

振り向くとそこには、息を切らして肩で呼吸をする野坂吟がいた。

どうして、嫌いな僕の為なんかに走ってくるんだよ…っ!

「様子が変なの、お前の方…っ。浅生」

「だって、野坂が…っのざ、か…がっ…」

胸が張り裂けそうだ。あふれる涙は一向に止まらない。

なんでこんなに感情をコントロールできないんだろう、心配かけてばかりじゃないか…。

「俺が?」

野坂吟は、真っ直ぐにこちらに目を向けた。

とても、真剣な顔付きで。

「野、坂…僕の事嫌いなんでしょ!? なんで…何でこんなに優しくするんだよ…っ!」

自分でもおかしな事を言っているな、と思うくらい、頭が混乱していた。

ただ、こんな事しか言えない自分にも腹が立った。

「馬っ鹿……嫌いなんかじゃねーよ!! …嫌いじゃない…」

優しく、笑った顔はいつもの彼、そのものだった。

その顔で見つめられたら、おかしくなるんだ…。

「っ…! でも、さっき野坂嫌いだって…」

「さっきのは、お前の事じゃねーよ。だから、泣くな。な?」

そう言って野坂吟は僕を強く抱き締めてくれた。

一気に顔が熱くなり、心臓がバクバクと大きく高鳴る。

泣くどころではなくなってしまった。

「誤解させて悪かったな…まさか、口に出るなんて思わなかった」

「っ、う、ううん! …でも、なんであんな事?」

野坂吟の胸の中に居るので丁度彼を見上げる様な形になる。

しかし、いつまでもこの格好のままではお互い恥ずかしいんじゃないだろうか?

だが、彼の腕に少し力が加わった気がした。

此処が人通りの少ない場所で良かったと思う。

「家の奴ともめただけだから、気にすんな。…それよりお前、聞きたい事あるんだろ?」

「あ! そうだった!」

すっかり忘れていたけれど、本来の目的はそれだった。

「野坂は親の仕事…手伝ってるって噂は本当なの?」

ピクリと体が震えて、野坂吟は僕から離れた。

物凄く悲しそうな顔をして…。

「…お前には、関係ねぇって言ったらまた泣き出すんだろうな…」

「僕、野坂の事信じてるから…だから」

「…言ったろ? 人なんて外面だけの生き物だって。俺は…お前のその信頼を裏切りかねないんだよ」

「それでも! …僕は、信じてたいんだ…っ」

「…一度だけ、手伝った事がある」

突如として、何かが、ガラガラと音を立てて一気に崩れ去った。

それでも信じていたい、その気持ちは変わらなかったが…。

きっと、その1回にはなにか理由があるはずなんだ。だって、あんなに綺麗に笑う野坂吟がそんなことをするはずないもの。

と、その時こちらに黒い車体のいかにも高級そうな車が向かってきた。

僕はきょとんとしてその車を見ていたが、中に乗っている人を見てゾッとした。

黒いスーツに黒いサングラス。運転している男はそんな格好だった。

助手席に座っている男も似たり寄ったりな服装だ。

次第に車のスピードが落ち、僕たち…いや、正確に言うと野坂吟の真横に停止した。

車が停止したとほぼ同時に野坂吟の表情は険しくなった。

学校で普段している表情よりさらに…遥かに鋭い顔つきだ。

そして、車のガラスが下に下がり後部座席に乗っている男の顔があらわになる。

なんというか、第一印象は綺麗な人だった。

シワ、一つなく前の座席の男たちに比べてビジっと着込んだスーツが良く似合っている。

穏やかな顔だがすご味を含んでいるその顔を僕はジッと見つめてしまった。

「…お嬢ちゃん。俺の顔に何かついているか?」

そう、漏らした声は図太くもなく、丁度良く低い。

尋ねられて僕はドキリとした。

変に汗をかいてしまう。

「い、いえ!! 何も…っ」

見惚れてしまって、自分が男だという事を言うのすら忘れていた。

すると、野坂吟が、すかさず口を開いた。

「…こいつは男だ、親父」

<親父>。

野坂吟は確かに今この綺麗な男の人をそう呼んだ。

まさか…。

「…それは、悪かったな、坊主。お前名前は…?」

「は、はい! あの、えっと…」

「ンな事どうだっていいだろう!!! 親父には関係ねぇ…!!」

ドンッと車体に拳を食らわせ、野坂吟は激怒する。

ピクリと体が震えた。

いや…野坂吟の方が僕よりもさらに震えていた…。

車体を殴りつけた方の手ではなく先ほどから力を入れた左側の手がブルブルと震えていた。

「…ふっまぁいい。…やれ」

そう言うや否や、前に座っていた男たちが車内から出てきて野坂吟を捕らえた。

野坂吟も背は高いが、男たちのほうが更に背が高い。

僕は、我に返り男たちの手を振り払おうと野坂銀の腕を掴んだ。

「何するんだ…!」

「野坂、嫌がってる…っ! じゃないですか!! なんで無理やりっっ」

「っ、お前はいいから!! さっさと家に帰れ!」

「嫌だ!!!!!!」

「…っいい、から……帰れ…頼むから…」

野坂吟は、力なく呟いた。

正直、驚きが隠せなかった。

僕は彼を引っ張っていた手を離し、その場に呆けた様に立ち尽くした。

後ろ側のドアを開き、野坂吟が詰められる。

そして、何事もなかったかのようにして車は走り出した。僕を置いて…。


*****


「…さっきの坊主の名前は?」

「………っ」

「ふっまぁいい。こっちで勝手に調べさせてもらう」

「っ!…」

男は鋭い顔つきで、野坂吟を見つめる、そして彼の耳元で呟いた。




「…殺れ。…お前が」


とうとう恐れていた歯車が、回り始めた。

留め金をなくしたソレは止まる事を知らない…。

僕は…僕たちは今、この瞬間から地獄へと落とされる為に動き回る。

まるで誰かに操られているかのように…。

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