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過去からの忘れもの

過去からの忘れもの


寒さで、目が覚めた。一瞬自分がいまどこにいるのかわからなかったが、すぐに思い出す。

まぶたを開いた瞬間、真っ赤な景色が写り込んだ。僕はぼんやりとその景色に見入った。

浅生白兎、17歳。赤い毛先が夕日を浴びてさらに深紅に変化している。

自慢じゃないけど、この髪は唯一自分で気に入っている所だ。

「…ん、えっと…」

「起きたか、浅生」

「ッ!? あ、野坂。ごめん。寝ちゃって」

「別に。間抜けに寝こけてて見てて飽きなかった」

「な、何それ? あ、そうだ! 今から行かなくちゃいけないんだった! 野坂も一緒に来てほしいんだ。新聞部のインタビューなんだけど…」

「新聞の一面のアレについてか?」

アレ、とは今朝配られた新聞に載っている写真の事だ。

僕と野坂吟のツーショットがトップを大きく飾っている。

「うん。そうだけど…」

野坂吟は小さく舌打ちをして悪態をついた。

「断る」

「な、何でだよ? 確かに良い気分はしないけど…」

「まったくだ。別に写真の事はどうだっていいんだ。けど、それを本人の許可無く公表したらいけねえって知ってるだろ? あいつらも」

今回ばかりは返す言葉が見付からなかった。

僕も良い気分ではない。勿論、野坂吟もその気持ちは同じだ。

「俺は断る。いくらお前の頼みで答えろって言われても御免だからな」

「え…」

『お前の頼みでも』、そう言われてなんだか嬉しくなった。

野坂吟が、もう僕の事をちゃんと友達だと認めてくれていると解ったから。

「何、ニヤニヤしてんだよ? 気持ちわりぃ奴…」

「っっ! べ、別に・・・っ何でもない! じゃ、僕ひとりで行ってくるから…」

「あぁ。わりィな」

「…いいよ。強制出来ないしさ」

そう言って僕は、屋上を後にした。


*****


向かうは新聞部のある、部棟だ。

部活動は大体はこの部棟で行う事になっている。

文化系、スポーツ系ともう一つ特別に社会系というものがある。

これは、ほとんど表にはされていないが探偵部や、助霊部などいった、変わった部活の事を指す。

助霊とは、漢字の通り霊を助ける部だ。

いかにも怪しいので部員が居るのかどうかも謎…。

そんな、怪しげな部室のドアを素通りし、僕は新聞部の部室へと向かった。

新聞部の部屋の前まで来て立ち止まった。

二回ほどドアをノックして一言、失礼します、と言う。

すると、向こうの方から出向いてくれた。

「いらっしゃい浅生ちゃん!」

ドアを開いた人物はこの新聞部の部長の風雅先輩だ。

他にも部員の睦さん、後鳥羽さんが一緒だ。

先輩に通され部屋の中へと入る。そこは四畳半ほどの小さな個室で、四人が入るには多少狭苦しい。

それに加え、スチール製の棚がドデンとその存在を主張している。

狭い部屋がさらに狭く、蒸し暑さは絶頂に達している。

「そういえば、ヤクザ君は?」

「あ、えっと話はしてみたんですけど…駄目でした」

シュンとなる僕を見て、ファンクラブの副会長と補佐の睦さん、後鳥羽さんは何故か嬉しそうだ。

「そうかー。じゃあ仕方ないね。浅生ちゃんだけでやろうか~」

何を質問されるのかと内心かなり不安になったが意を決して、質問に答える事にした。

これで、野坂吟が居てくれたら、と心底願ったがどうあがいても叶いそうにない。

「あ、あの! 先輩っ! 僕、野坂とは本当にただの友達なだけですから・・・・!」

<友達>・・・。改めて自分でその言葉を発して何故か身じろいだ。

なんだか、いけない事を言ってしまったような、そんな罪悪感が僕の中で尾を引いてグルグルと回り始めた。

胸がちくりと痛み出して熱を持ち始める。何故…?

僕は一体何を後悔しているんだ?

僕と野坂吟は、友達なだけ。本当にそれだけなのに…。

「姫、大丈夫!? 顔色物凄く悪いよ!!? 保健室行ったほうが…!」

「…っ、大丈夫。大丈夫だよ、睦さん…」

右胸を手で押さえつつ深く深呼吸をし呼吸を整える。

いつもの様に、あの発作だ…。僕は生まれつき身体が弱い。たまに軽い発作を起こす。今回がソレ。

ひどいものになれば入院しなければならないらしい。

今までその経験はないけれど。

「本当に大丈夫なの? 浅生ちゃん?」

「はい」

心配そうに顔を覗き込んでくる風雅先輩に僕は軽く笑いかけた。

安心したと、それからは風雅先輩のペースに流され、僕は質問に答えだした。

そして、30分が過ぎたところでようやく質問も終わりを告げた。


*****


僕は又来たときの様に新聞部の部屋を出て、廊下を歩き出した。

日はすでに落ちかけていて西日が赤紫に輝いている。

探偵部の部室を過ぎ、助霊部の前を通り過ぎたところだった。

嫌に冷たくも生暖かくも感じる風が僕の顔を撫でた。

僕は立ち止まり、そっと後ろを振り返る。

電灯は付いているが其の灯りは何の役にも立っていない。

今にも消えそうな電灯が付いたり消えたりして、目が霞んでくる。

それと同時に僕の前に絣の着物姿の男の子が現れた。

「―――!?っ」

『あの…っ! こ、こわがらないで! おにいちゃん…っ』

「何…っ君、透けて…っ」

『ぼくっ! たすけてほしいんだ! おねがい、はなしをきいて…!』

その男の子は見た感じ、10歳にも満たない。

今にも泣きそうになりながら必死に僕に話しかけてきた。

僕は少し、拍子抜けしてしまい顔が自然に笑みを浮かべるのがわかった。

「僕で良かったら力になるよ。どうしたの?」

『ほんと? たすけてくれる??』

「うん。君、名前は?」

『そーた。草汰っていうの。おにいちゃんは?』

「僕は、白兎だよ。草汰はどうしてこんな所にいるの?」

『ぼく、むかしねここにすんでたんだよ! …でも、おさむらいさんにかたなできられてころされちゃったんだ』

昔って、お侍さんって一体どういうことだ!? 軽くフリーズしそうになる頭を働かせるのに必死になった

「どういうこと? 草汰、君は一体……」

『あ…、ぼくは、もうしんでるんだ。けど、ひとつだけどうしてもきになってることがあって…それで、いままでずっとたすけをもとめてたんだけど…』

そう言って、幽霊の草汰はちらりと、助霊部の部屋を見る。

『ここにいるひとたち、こわくて…ぼくのこと、わるいゆうれいだとかんちがいして…なんどかけされかけた…』

助霊部の真相が暴かれた。どうやら部員はいるらしい。

そして、悪い霊と良い霊の区別が付けられないみたいだ。

一体何を研究をしているんだろう…?

『それで、ずぅっと、まっていたんだ。はなしをきいてくれるひと』

それが僕だった、と草汰は可愛らしく微笑んだ。

僕に霊感があるなんて、全然解らなかった。

というか、今僕自身も驚いている。

草汰は、ゆっくりとまた口を開いた。

『ぼくのだいすきなひとを…さがしてほしいんだ』

「どんな人なの?」

『ぼくより、としうえで…かっこいいんだ! それで、ばくふのひとたちにつれていかれたの…』

「どうして?」

『そのひとの、おとうさんがばくふにいたから。あとつぎがいるんだって…』

「その人の名前、覚えてる?」

『…楓介…ふーすけっていうの。やくそくしたんだ! ここであおうねって!』

「男の人…?」

『うん! でも、だいすきだからきにならないよ!』

「…うん、そっか…」

僕たちはまず、この、部棟から探してみる事にした。

大体は草汰が探したみたいだけれど、草汰がいけない場所とかを調べてみた。

結果は案の定の結末だ。収穫を得る事は出来なかった。


*****


次に僕たちは学校へと足を運んだ。

草汰は部棟から出るのがどうやら初めてらしく、自分が目にした事のない世界に目を輝かせていた。

校庭、そして、中庭と一通り外を探し終えて次は校舎へと入る事にした。

昼間は感じなかったがこうも、辺りが薄暗いとやけに違和感や威圧感を覚えてしまう。

「…何だか凄い嫌な感じ…ピリピリして…」

『もしかしたら、ふーすけが居るかもしれないよ!! はくとおにいちゃん!』

「そう、なのかな…?」

『おにいちゃん、おにいちゃんのからだ…かりてもいい?』

遠慮がちに、でも真剣に草汰が僕に聞いてきた。

断る理由もなかったし、早くこの気分の悪さから開放されたくて僕は草汰の質問に首を縦に振った。

『ありがとう…!!』


それとほぼ同時に、僕は気を失った。

目を開けると暗くて広い場所に立っていた。此処はどこだろう…?

『やーい! 弱虫草汰! 悔しかったら言い返してみろー!』

草汰…? 小さくうずくまって泣いている。

これは、草汰の記憶……?

2、3人の男の子が草汰に向かって石を投げつけたりしている。

彼らもボロボロの着物に身を包み足はワラジといった昔ならではの格好だ。

その時背後から足音が聞こえた。

振り返ってみて、僕は素っ頓狂な声を出してしまった。

「あ…!?」

『オメェら、何してるんだぁ?』

『『っっ!!! ふ、楓介の兄貴!!』』

『また、こいつの事イジメてんのか?…何度言ったらわかんだよ…』

どすの利いた声を出したその人物にいじめっ子達が思わず後込む。

楓介は優しく、草汰の肩を叩き何かを呟いている。

こちらには聞こえない。

いじめっ子達はというと、今にも泣きそうな顔をしてその場を去っていった。

『草汰…?』

『っ…ふーすけぇ!!』

わぁっと、泣きじゃくる草汰を、楓介は優しく包み込む。

それは草汰が落ち着くまでずっと続いた。

『あ、ふーすけ! …ありがとう!!』

『気にすんな。迷惑とか思ってねぇし…』

『…ありがとう…』

『だからその顔はやめろ…。お前俺を犯罪者にでもさせる気か?』

『…??』

言葉の意味がわからず、草汰は間抜けな顔をした。

対する楓介は、というと何処か冷たい眼差しで草汰を見やりそっと、静かに口を開いた。

『…なぁ、草汰。俺が居なくなったら…お前はどうする?』

『へ…? なにいってるの? ふーすけはずっといっしょにいるっていったじゃない?』

『…例えばの話だ』

『んとね、………やくそく、するかな…?』

『約束…?』

『うん! また、ここであおうねって!!』

『…じゃ、念のため俺が他の奴好きになってでも、お前の所に戻ってくるときその約束果たしてやるよ』

『むー!!なにそれ…!!!』

『くっ! あははははっ冗談だ。馬鹿』

他愛のない会話…。

でも、きっと楓介はこの時から知っていたんだよね?

自分が草汰の元を離れるんだって…。

だって、見てて解る。楓介…辛そうだ…。」

そう思ったら胸の辺りがきゅうっと締め付けられ不意に泪が溢れた。


*****


『どこにいるの!? ふーすけ!!! だめだ…。誰かいるのはわかるけど、どこにいるのかわかんない…」

「…おい…」


*****


また、暗い闇に戻った。

あれからほんの1,2分しか経過していないだろうにもう、何年も泣き続けた気がした。

これが、草汰の気持ち…。

あんな、小さな子が必死に頑張っている。

『…っ! うそ…! うそだぁぁぁあああ!!!!』

何処からか、悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。

僕は泪を拭き取り、其の声の方へと、視線を向けた。

さっきの、草汰とは変わって背も先ほどより高くなり声も変わっていた。

部棟で会ったときの草汰そのものだ。

『うそ、うそだ、ウソだ…!!!』

『黙れ!! この薄汚いガキが!!!!』

草汰は、刀を持った男達に取り押さえられ、静かにしろ、と一発拳を食らった。

草汰の頬はみるみるうちに晴れ上がっていった。

舌を切ったのか唇に紅い血がつたう。

『…っ!』

草汰の視界の先には立派な身なりの男が立っている。楓介だ。

何か言いた気にカッとなり草汰を捕まえている男達に今にも殴りかかりそうな勢いだ。

それを宥めるかのようにまた、数人の男が楓介の手足を押さえ、そして耳元で何かを呟く。

それ以降、楓介は魂が抜けたかのように大人しくなった。

『なんで!!! いっしょにいるって…いったじゃんかぁ……』

『…仕方ないんだ…!! 俺は士族の生まれだから…!』

『でも、いままでいっしょだったじゃないか! なんでこんなきゅうなの…っ』

『…わかってくれ…草汰。俺だって…お前と離れたくなんかないんだ! でも…っ』

『ふーすけっ!! ふーすけぇ!!!』

『…っ<約束>…しよう。』

『…え?』

『<また、此処で会おう>…』

『…っ…………っ…。ううん!! また、ぜったいあおうね…!』

その、言葉を聞いた楓介は、ニッと子供っぽく笑ってみせ、草汰に手を振った。

その場に残された草汰はその場にしゃがみ込んで人知れず泣いた。

背後から忍び寄る殺意に気付く様子などまったくない。 僕は思わず声を上げていた。

「草汰…!! 後ろ―――――!!!」

僕の叫びなど聞こえる筈もなく男が刀を抜いた。

その時だ。

男の足が微かにジャリっと、小石を踏んで音を立てたのは・・。

草汰は素早く振り向いた。が、時すでに遅し。

刀が草汰目掛けて一直線に振り下ろされる。

全ての音がかき消され、肉の裂かれる音だけが僕の耳に聞こえた。

それは、何とも言えない、表現しにくい音だった。 返り血がシューっと音を立てて男の顔や手、着物に降り注いだ。

とても、赤くて綺麗な血だった。

草汰は声を上げる暇すらなく、苦痛と恐怖に怯え息絶えた。

まるで、眠るように綺麗に瞳を閉じて。

男はそれを見届けると草汰の抜け殻をそのままにし、気分上々に帰って行った。

僕はその場に倒れこんだ。気持ちが悪い。

時代劇なんかでは、よく目にするけど実際のものはむご過ぎた。

何故、何の罪もない草汰が殺されなくてはならなかったんだ?

「ねぇ、草汰。辛かったよね? こんなの…っ!」


*****


「浅生…? まだ、残ってたのか?」

『…泣いてる…』

「…あ?」

『おにいちゃんが…ぼくのためにないてくれてる…!!』

「浅生? お前、何で泣いてる…何かあったのか?」

『ねぇ、ふーすけ…! ぼく、ふーすけにあいたかったんだ…!!!』

「は? 何訳わかんねぇこと…っ」

ズキン、と頭が割れそうに痛くなった。

野坂吟はゆっくりと目を閉じ、そしてまた、ゆっくりと目を開いた。

『…草汰!』

『ふーすけ!!!』

『会いたかった…。ずっと!! お前だけを思って…お前だけの為にずっと戦ってきた』

『また、あえたんだ…っふーすけっっ』

草汰はふわりと僕の身体から出て行った。

とたんに僕は現実へと引き戻され、あの、悲しみももう治まっていた。

「草汰…! 見つかったんだね、楓介が…」

『おにーちゃん…! ありがとう!!』

「僕は何もしてないよ。草汰自身の力で楓介を見つけ出したんだよ」

『…有難う御座います。俺、こいつと会えなかったらどうしようかと思って…』

先ほどの楓介とは違って大分大人びている。僕より、背が高く、すらっとしている。

ますます、似ている、と思った。そう、野坂吟に。

僕があの時素っ頓狂な声を上げたのはこのせい。

野坂吟と瓜二つだった為だ。ただ、楓介の方が礼儀正しいが……。

『俺は、あの後親父の言いつけを守り、立派な武士になったんだ』

『よかった。ふーすけは、こわいおもいとかしてないんだね……』

『あぁ、お前との約束もあったしな。お前のことを思って、俺は頑張れた、お前が好きだから……』

『…うん。…ぼくも、ふーすけだけだよ、ふーすけだけが、だいすきだよ…』

『…待ちすぎて…なんだか、眠くなってきやがった…』

『ぼくもおなじ…へへへっいっしょにねよ~…』

『…ああ』

消えていく二人を見つめていたがふと、楓介が僕に合図を送った。

<あ り が と う>…と。

そして、最期まで二人が消えていくのを見送った。

二人が消えた後、何故か、今までで一番満たされた気分になった。

「…もう、逝ったのか?」

「!? の、ざ…か?? 起きてたの?」

「…さっきな。…あの、楓介って奴の記憶が俺の中に入り込んできやがった…胸くそわりぃな…」

「でも、あの二人…良かったね」

「…そう…だな。…俺たちも帰るか。暗いし送ってく」

「…ありがと。…あの、さ野坂…?」

「…ん?」

「…手、握っても良い…かな?」

「…あぁ…」


僕たちは、まだ知らない。先にある苦しみを。

それを、過去として見ただけの話。

楓介の本名は、<野坂 楓介>なのだから……………。

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