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血塗られた行方

肌寒い12月上旬。

大学入試を間近に控えた僕は今日も少し早めに学校へと向かう。

家から学校まではいつも歩いている。

朝の冷たい風が僕の頬を刺すように流れていった。

浅生白兎あそうはくと、高校三年生。

自分では言いたくないけど、背は低いし、どちらかというと女の子みたいな顔をしている。

「さっさすがにこんなに朝早いとすごく寒いや~」

そんな独り言を呟きながら今日も見慣れた道を歩く。

吐く息は白く、身に付けていたマフラーを口元が隠れるくらいまで巻き付けた。

いつ、雪が降ってもおかしくないくらい、空はどんよりとした分厚い雲に覆われている。

「ッって、うわっ!?」

何もないところで躓いてバランスを崩しかける。

本当に自分の成長のしなささに呆れてしまう…。

「大丈夫か!?」

間一髪のところで誰かに支えられて転けずにすんだ。

「あ、有難う御座い…・」

「危なかったな、顔面打つところだったぞ?」

「…え、あ…!!」

どうして…、こんなところにこの人が…っ!!

「…ホント、危なっかしいな」

「…え、なっ…どうして」

「…久しぶりたな」

「あ、の…はいっ…・零さん!」

「…っていうか、白兎お前変わってなさすぎ!」

「うぅ…、しっ仕方ないじゃないですか…」

「あ、そっか。今から学校だよなぁ!」

「零さんは?」

「俺は仕事!!」

ニッと笑って零さんも去年と同じ笑顔を僕に向けてくれた。

「さ、最初誰なのか解らなかったですよ!」

「あはははっ! わりぃな! 仕事柄、髪の色もとに戻さなきゃいけなかったんだよ!」

真っ黒な髪の零さん。

今までの髪がインパクトがあり、明るい感じだったが、黒髪は大人っぽく見えた。

「お仕事って、ホストクラブでですか?」

「そっちは夜な! 昼は俺スタントマンのバイトしてんだよ」

零さんの瞳がキラキラと輝いている。

アルバイト、とっても楽しいんだろうなぁ!

「やっぱさ、危険な仕事とかも回ってくるんだよな。でも、俺それをこなせるのがすげぇ楽しいんだよ!! やっと、自分がやりたかった事が叶ったから…」

「ヒーローになるっていう夢ですか?」

「そ!! なんか、ヒーローって感じしねえか!? バイクで地雷埋まってるトコ走ったりすんのとかさ!!」

「うわぁぁっ!! すごいですねっ!」

「だろー! 解ってンな白兎っ!」

「頑張ってくださいね!」

「おぅ! あ。引き止めて悪かったな、急いでたんだろ? じゃー、またな!! 白兎」

そう言って僕と零さんは別れた。ビックリした…。

まさか、あの時と同じような事が起こるなんて…。

「って! めげてちゃ駄目だってば!! 急がなくちゃっ」


*****


「あ、瑠樹! おはよう! 今朝練終わったの?」

「あぁ、白兎は勉強か?」

瑠樹は汗をタオルで拭き終えて僕の方へと近付いて来る。

「うん! 今から昇華先生の所に行くんだ!」

「頑張ってこいよ」

「うん!!」

僕は教室を後にして保健室へと向かった。

チャーに勉強を教えてもらって一年くらい経つ。

悪ふざけを言いながらチャーは僕が飽きないようにきちんと考えて教えてくれるから、僕もとても楽しかった。

「おはよーございまぁ~す……」

「あ!! 姫っおはよう!」

「浅生ちゃん待ってたわよ」

「え? 風雅先輩に睦さん? 後鳥羽さんも…」

「先輩にお見せしたいものがあって…」

「あ、…何?」

いつものようにチャーの前の椅子に腰を掛けた。

まだ、チャーとは一言も口を聞いていない。

僕に背を向けているチャーに思い切って声を掛けてみた。

「あ、あの…」

「…兎ちゃん。これが…彼女たちが持ってきたものよ」

「…え?」

そう言ってチャーは新聞を取り出した。

僕はそれを受け取ってチャーが指差した部分を読んでみる。

「…海外…ハワイのホストクラブ…?」

そこには、‘野坂絆’の文字、そして顔写真が大きく載っていた。

「…日本の次に評判が良いらしいわ。此処、読んでみて」

「…‘此処まで急成長したのは、やはり野坂社長のご子息、吟氏の影響力の賜物だろうか…’こ、コレ…!!」

驚きが隠せなかった。野坂吟が…絆さんの店を手伝っているだなんて!!

「それから、此処ね、野坂君のお父さんのインタビューが載ってるわ」

チャーは長く、綺麗な指で新聞の中央を差した。

僕は恐る恐る、その箇所に目を向ける。


『息子とは、一時期喧嘩をしていたが、まさか私の仕事をこうして手伝ってくれる日が来るとは思わなかった』


きっと絆さんの本心だろう。

写真の中の絆さんは、顔には表れていないがとても嬉しそうだ。

僕は新聞を脇にたたみ、チャーと真正面から向き合った。

「…この一年でみちがえたわね、兎ちゃん」

「え?」

「もう、ちょっとの事じゃ泣かなくなったし…何より、貴方の中でもう答えが出てるようだしね…」

「!!」

「…この記事を見て何を思ったかしら…?」

「…」

僕は横目で新聞を見つめる。そして次にチャーを。

まだ、チャーにあの時の答えを言っていない。

きちんと言わなきゃいけない…。この気持ちを…。

「…僕は野坂が帰ってくるのを待ちます。でも、ただ待ってるだけじゃ今までと何も変わらないから…僕は僕なりの精一杯をしようと思いました。今度は助けられるんじゃなくて、僕も野坂の事を助けたいから…。泣いてちゃ駄目なんですっ強くならないと、彼の隣に立って、ちゃんと胸を張れるように…!!」

「…それが、兎ちゃんの思った事ね?」

「…はい。…昇華先生が、僕に聞いた事がありますよね? 僕が野坂を好きなのかどうか…。僕、あの時自分が泣いてしまった理由が本当に解らなかった。だけど、今は解るんです。…否だったんだ。野坂が居なくなるのが…」

「…えぇ」

「僕は…野坂が好きだから……」

「その答えが聞けて私も嬉しいわ」

ふわりとチャーが満面の笑みを僕にくれた。

風雅先輩たちも喜んでいる…いや、なんだか風雅先輩と睦さんで怪しい会話が繰り広げられる。

「あ…えーっと…」

「さっ! 兎ちゃん! 今日も愛の保健の授業を始めるわよ」

「は…はぁ~い…」


*****


「浅生また明日なー!」

「白兎君、また明日ね!! 変な人に声掛けられても付いていっちゃ駄目だからね!」

「あ…・う、うん解ったよ、また明日ね!!」

僕はクラスメイトに手を振って別れた。

冷たい空気が体に突き刺さる。

はぁっと息をはくと白く濁り消えていく。

空は低くゴウゴウと叫び、分厚い雲がゆったりと空を泳いでいた。

着いた其処は、まだ建てられたばかりの大きくて綺麗なマンションだ。

鍵を取り出して、玄関ホールのドアに差し込む。

何故僕が家に帰らずにこうしてマンションに居るか、これは今年の春にさかのぼる。


『え、絆さん!? それ本当ですか!?』

『嗚呼、どうせ白坊もこの家を出るだろう? だったら空き部屋があるマンションを知っていてな。そこに住まねぇか?』

『……』

『…隆也も、んな難しい顔をするな。お前はいつまで経っても過保護だな…白坊はもう高三だ。自分で生きていく力はあるだろう』

『…白兎はどうしたいんだい?』

『え、あ…僕は…』


さすがに休みの日は家に帰ってるけどね。まさか、絆さんがこんな風に部屋を貸してくれるなんて思ってもみなかった。

絆さんと父さんも何だかんだで仲が良くなった…と僕は思うんだけど…。

(…あれ?)

僕の部屋の前に誰か居る。

「あ、あの! 此処、僕の部屋…ですよね?」

なんとも間抜けな質問だ。向こうも解るはずがないのに…。

「俺の部屋、なんだけど…」

其の人がボソリと呟いた。横に立っていただけでも、ふわりと甘い香水の香りが鼻をくすぐる。

「え!? あっご、ごめんなさい!!」

階を間違えただろうか? 僕は男の人に謝って早足でその場を立ち去る。

エレベーターに乗り、一階まで下りた。

「えぇっと…とりあえずもう一回確認して…」

歩きだそうとした時不意に後ろから誰かに抱き締められた。

「なっ…!?」

じたばたともがく僕に男の人が呟いた。

「…ただいま…」

「…っえ…?」

僕は抵抗するのをやめた。

其の人は更に腕に力を込めて僕を抱き締めた。

ゆっくりと首だけを後ろに向けてみる。

「…ッッ!!」

息をするのを忘れてしまうくらい、其の人から目が離せなくなった…。

本当…に?

「ッ…野坂、なの…?」

「…嗚呼、浅生変わってないな」

「どうして…っ! 仕事は!? なんで僕の部屋の前に…!!」

「一年間っていう契約で働いてたからな。…あそこは元々俺が住んでたし」

「うっ嘘!?」

「本当」

「だっだ、だって!! 絆さんそんな事一言も…!!」

「…ッごめんな、親父のせいで。でも、もうお前やお前の親父さんには迷惑かけねーから」

「謝らないで、野坂…。野坂も絆さんも悪くないでしょ…?」

「…お人好しも去年のままかよ」

野坂吟が腕の力を抜いてくれたから、僕は自由に動けるようになった。

また背が高くなったのかな?

少し顔を上に向けて話をするようになる。

「…僕、野坂に謝らなくちゃいけない。…本当はさよならなんてしたくなかった…!!」

「…浅生」

「ごめん…っ」

「…はぁっ…気にしてねえよ。…俺、怖かったんだ…日本に、お前の傍に戻ってくるのが…」

「え? どうして…」

「…お前は俺の事…恐いんだろ? 嫌い、なんだろ…?」

「どう…して…」

「…だから、戻ってくるのが怖かった」

そう言って、野坂吟は少し俯いた。そして唇をキツク噛みしめている。

「…あ、れ…?」

僕の鼻先に冷たいものが降ってきた。これってもしかして…。

「雪だぁー!! うわぁぁっ僕今年初めて見るよ!!」

「…俺もだ」

野坂吟の、右手に雪が舞い落ちた。彼は其れを切なそうに見つめる。

僕は其の光景を見て、切ない気持ちになった。

(…よしっ!)

僕はそっと野坂吟の肩に手を置いて、背伸びをした。

「…ッ!?」

一瞬だけ彼の頬に触れたキスは僕の今の精一杯の気持ちだった。

「お前…ッ」

「…僕、嫌いじゃない。野坂の事、最初は怖いって思ったけど…でも、野坂と出会って話をして…それからは怖いって思った事、ないよ…」

「…浅生、お前は…」

「…ッぼ、僕…僕はね……」

「…消えるな」

「え…………」

「お前は…この雪みたいに簡単に消えるなよ…」

「…野、坂…」

今にも泣きそうな顔をして野坂吟は僕から顔を背けた。

野坂吟の手は冷たくて、そっと包み込んだ僕の手で少し暖かくなった。

「僕は…どこにも行かないよ。絶対に消えたりしない。僕……僕は、野坂が好きだから…ッ!!」

「…嘘、だろ…」

「嘘じゃないよ。僕、やっと解ったんだ。野坂が好きだって。大好きだって…!!」

「ッ俺も、お前の事…好きだ…」

「お帰りっ…お帰り!! …野坂っ!」

「…もう、絶対にお前の事苦しめたりしない。…俺がこの手で守りぬくから……お前の事…」

「ッッ…野坂、大好きだよ…!!」

これからは、ずっと隣に居るから…。

貴方が悲しくなったら僕も一緒に泣いてあげる。

楽しい時は一緒に笑い飛ばそう?

ね、野坂…。


血塗られた手はもう、いらない。

欲しいのは、お前を守りぬく、右手なんだ…。

最終話、ご覧下さり有難う御座いました!!!


ようやく完成致しました…!!!

本当によく書いたな、自分…。

書き終える事が出来て本当に良かったです…!一安心しました…。


やっとお互いの気持ちが通じ合った吟と白兎。

これからも吟は罪を背負って生きていくけれど、隣には白兎が居るから大丈夫です

もう、自分ひとりで辛い気持ちを背負っていく事はないんだろうなぁ、と思います。


それでは、今まで本当に有難う御座いました!!!

彼等の幸せを祈って☆

2006年12月1日


※コメントは2006年当時のものです。

改めて、最後までご覧くださった方ありがとうございました。

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