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好きの定義

男はふと腕時計に視線を落とす。

辺りはもう薄暗くなり始めていた。

パリっとアイロンのかかったワイシャツと黒いスーツに身を包んだ男は、ジッポを取り出して其れに火を点ける。

ゆっくりと流れる川のせせらぎは、男にとってみれば耳障りな雑音でしかない。

「…そろそろ、か」

肺に吸い込んだ煙を一気に体外へと吐き出して、男はボソリと呟くのだった…。


*****


「…やっぱり、住所書いてないや…」

先程から、穴が開くんじゃないかってくらい調べたのに、この手紙には送り主の住所が書かれていない。

一体どういう事なんだろう?

「…ぼ、僕も返事とか書いた方がいいのかな?」

でも…。

携帯電話があるのにわざわざ野坂吟は手紙を書いた。

しかも、住所が書かれていないって事は…。

「僕との連絡を野坂が拒んでるって事だよね…」

ちくりと胸が痛んだ。…解ってる。連絡をとる事がお互いにとってよくない事は…。

きっと今、僕の方から連絡したら、僕が自分で決めた夢もすべて無駄になってしまう気がするから。

僕の意志が揺らいでしまいそうだから…。

なにより、野坂吟の決意を、台無しにしたくない……。

「よしっ!…頑張らなくちゃねっっ」


*****


「…ククッよく、俺が此処に居ると解ったなぁ?」

「…貴方の事ですからね。此処だろうと思いましたよ」

和服姿の男が緊張した顔つきでスーツの男を見つめる。

逆にスーツの男は余裕の表情で和服姿の男を見た。

「…そろそろ、お前も出てくるんじゃねぇかと思ってたぜ? 隆也」

「子ども達は一切関係ないでしょう!? それなのにこんな風に巻き込んで…!」

「ククッ…。隆也、こっちへ来い。…俺はもっとお前の顔が見たい。…お前の、な…」

ゆっくりと、隆也と呼ばれた男はスーツ姿の男のもとへと歩みを進める。

それを面白がるようにじっと見つめて、スーツの男はその場に腰を下ろした。

「…なんで、こんなになっちまったんだろうな」

「え…?」

ポツリと零れた言葉は聞き取れるかどうか解らない程に小さいものだ。

隆也は不思議そうな顔をしながら、男の隣に腰を下ろす。

「…俺は隆也の事を今でも手に入れたいと思ってる。けどな」

不意に男の表情が険しいものへと変わった。

「…隆也、お前は昔から嫌な事があると避けてばかりじゃねえか。そろそろその性格…」

「解ってます。だからこうして貴方のところに来たんじゃないですか」

「…素直になれ。隆也。そうやっていつも冷静さを保ったフリをして俺から逃れようったって無理なんだよ」

「…えぇ。今回の事で思い知らされましたよ」

「ッ!!」

ガッと勢い良く男が隆也の髪を鷲掴みにして自分の方へと引き寄せる。

隆也は渋い顔をして、男を見つめた。

「いっつ…!」

「…ホント、ムカつくな、お前…」

「な…ッ」

「俺はな、てめぇのそーゆートコが腹がたつンだよ…! いつも俺の前を行く…ッ」

ギラリと瞳を光らせて男が低く言い放った。

頭を押さえ付けられたままの隆也は彼の獣のような顔つきに恐怖を覚える。

「…私は…貴方に憧れていたんです」

「…隆也?」

「好きだとかそういうものだったのかは解りません。だけど、貴方を羨ましいといつも思っていた…」

「…」

「でも、貴方は…違うでしょう?」

「…殺したいくらい腹が立った。お前が俺に無いものをこれでもかってくらい持ってるンだからな。殺してぇくらい隆也の事が好きなん


だよ…」

じっとりと熱い眼差しで男は隆也を見付め、ゆっとりと顎に手を添えた。

隆也は動く事をせず、それを受け入れる。

「やっと…真っ正面からお前の顔見れたな」

男は息を詰まらせながら呟く。

その行動を目にした隆也は自分の目を疑いそうになった。

あの、極悪で冷血な男がうっすらと瞳に涙を溜めている。

「やっと俺は…お前と同じ目線で、同じ歩幅で歩きだせるんだ…」

「な、何を言って…」

「…隆也」

「ッ!? んっ…!?」

勢い良く腕を捕まれたかと思うとそのまま引き寄せられた。

互いの唇が重なり合い小さく水音がたつ。

男は隆也の口を無理に抉じ開けて舌を差し込んだ。

男は、獣が餌を食らうかのように貪りついて、激しく唇を吸い上げた。

「ッ…っ」

「…出来るじゃねーか、そういう(焦った)顔も」

「ッ!? …なっ…な!!!!」

隆也はただ餌を欲しがるコイのように口をパクパク動かす事しか出来ない。

男はニヤリと怪しい笑みを浮かべてその場に立ち上がった。

紫色の夕日に照らされた男の顔は何処か楽しげで、そして満足した顔つきだ。

「逃げろよ! 隆也っ…俺が絶対捕まえてみせる。…それまでお前は逃げ続けるんだ」

「……仕方の無い人ですね…」

「…俺は自分の信念は貫き通す主義なんでな」

「解っていますよ…」

はぁっと一つため息をついて隆也は男に笑みを見せる。

「…白坊に伝えてくれ。もうお前には手を出さない、と…」

「解りました」

「それと」

「? はい?」

「…俺も、やり直せそうな気がする…という事もな…」

少し、照れ臭そうに男は言葉を濁しながらボソリボソリと呟いた。

それを見て隆也の顔が自然と笑みを浮かべる。

「…解りました。伝えておきますね」


*****


「それ、本当? 父さんっ!? 絆さんは…笑ってた? ちゃんと…」

「大丈夫だよ。彼の本当の気持ちでしょう…。顔付きが違ったからね」

そう言って父さんはにっこりと笑った。

絆さんの話で父さんが笑った事なんてなかったのに…。

仲直り出来たんだろうなと思うと僕まで嬉しくなった。

「どうやら、私の事はまだ追い掛けてやる、と言っていたけどね」

「え!? …絆さん…」

「大丈夫だよ。今回みたいな…銃を使うという事はないだろうから」

「そっか…」

「くすっ…そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「父さんは…絆さんの事どう思ってるの?」

「…」

しばらく考え込んで、父さんはゆっくりと僕の質問に答えてくれた。

「…一番、私の事を理解している人だね。…其れを私は少し、嬉しいと思っているのかもしれない…。彼は私にとって、憧れの存在だっ


たからね」

確かめるように、自分に言い聞かすように、父さんは話した。

僕は何も言わずに父さんの話を聞いた。

もうすっかり日は沈み、部屋の明かりがとても眩しく感じられる。

開け放たれた窓からは秋風が心地良いほどゆっくりと流れ込んできた。

「…私は意地っ張りだからね」

「うん…でも、だから父さんは強いんだよ」

「…白兎」

「いっぱい、いっぱい…色んな事に対してそうやって意地を張ってきたから…父さんは絆さんとこうやって長い間親友で居れたんだと思


う…」

だから…僕は野坂吟と会う事が出来たんだと思う…。

「…くすっ…そろそろ、繭さんも帰ってきますね。夕飯の支度、白兎も手伝ってくれるかな?」

「あ…うん!!」

僕は気付いた。

どんな形にしろ、父さんは絆さんの事を好きなんだって…。

いつも、絆さんの話をしても、嫌がらずに付き合ってくれた。

それって絆さんの事、気にしてるって事だもんね…?

「うわぁぁぁっ!! コゲてるよ! 父さん!!」

「あ、忘れてた…!!」


…父さんのこういうところが僕に遺伝しちゃったんだろうなぁ~…。

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