恐怖の前兆
恐怖の前兆
その日の夜、僕は瑠樹の家で夕飯を食べた。
両親が共働きのせいもあって昔から瑠樹のおばさんにご馳走になる事が多かった。
僕の名前は浅生白兎。童顔で、背は低い。こんな外見だからよく、女の子に間違えられる。
夕飯を食べえ終えた僕は立ち上がった。
「ご馳走様でした」
「あ、白兎、オレが下げるから置いていて?」
「ありがと! 瑠樹」
瑠樹、最近わざとじゃないかってくらい日本語がおかしくなっている。
彼は、僕の幼馴染の李瑠樹。僕と同じ高校二年生だ。
武術が上手で帯は勿論黒。僕と違って彼はとても凛々しいし、強い。
「おばさん、ほとんど毎日ってくらいたかりにきちゃってごめんなさい」
おばさんは優しく笑っていいのよと言ってくれた。
瑠樹が、台所から居間に戻ってきたので、それを合図に僕はおばさんに挨拶をして瑠樹と一緒に居間を出た。
向かうは彼の部屋だ。
*****
瑠樹の部屋はその性格からも解るように、かなり綺麗に片付けてある。
少し殺風景じゃないかと思うくらいだ。でも、そこがまた瑠樹らしいと思う。
部屋に着き僕は床の上、瑠樹はベッドの上にお互いに座った。
「白兎、今日の授業のノートな。これ」
瑠樹はカバンの中から自分のノートを何冊か出して僕に手渡してくれる。
「え!? わざわざ写してくれたの!?」
「困った時はお互い様」
「ありがとう! さすが瑠樹だね~」
「今日、皆騒いでいただろう? 本当に怪我とかしていないのよな?」
「大丈夫だって言ったでしょー? 心配しすぎだよ! 瑠樹。僕の事いくつだと思ってんの?」
軽く肩を叩いてそう言う。
すると瑠樹はやっと安心できた、と笑った。だが、顔をしかめて黙り込んでしまう。
ノートを手渡されたままの僕はどう、声をかけるものかと戸惑った。
しばらくの沈黙が続いたがそれを破ったのは、携帯電話の着信音。
「もしもし? あ、母さん。どうしたの? …うん。……ん、解った」
電話の向こう側の人物は、僕の母親。
用件だけを伝えられてあっさりと電源を切られる。
「…おばさんなんて?」
「明日の朝早くから仕事だから今日はそのまま仕事場泊まるって」
僕の母親の仕事は、映画監督だ。
これまでに、名の通った作品をもう、何本と完成させている。
母は、16歳の時に父親と結婚した。
父は母と昔からの仲で祖父祖母も両親の結婚には大賛成だった。
周りの人たちにはかなり反対されたのだが…。
そして、すぐに僕が生まれた。
隣よ染みの李夫妻に手伝ってもらってなんとか僕をここまで育ててくれた。
と言ってもやはり仕事の方が大事らしい。
僕の事はほとんど李夫妻にまかせている。
「なら、泊まってくか?」
「今日はいいよ。それより瑠樹、さっき何考え込んでたの?」
「ん…? 白兎に何もなくて本当良かった思った。オレの大事な弟みたいな人だから」
「…うん。ありがとう」
瑠樹は僕の事をとても大切に思ってくれてる。
もちろん、僕も瑠樹の事は友達以上に親友、いや家族みたいな存在だ。
瑠樹はにっこりと笑った後、立ち上がり適当に何冊かの本を手に取り、僕の所まで戻ってきて座った。
「勉強、見てやるから今日の分ちゃんと覚えておこう」
「うん!」
それから、僕は瑠樹と一緒に約2時間ほど勉強した。
瑠樹の教え方はとても丁寧で、はっきり言ったら学校の先生の授業より断然解りやすい。
「今日は、ホントありがとね! 瑠樹。じゃ、また明日」
そう言って瑠樹の家を出た。
*****
僕の家と隣と言っても15分くらいは掛る。
僕は歩きながらぼんやりと、今日の出来事を思い返していた。
ふと、足が止まった。
僕の視界に普段あまり、目にしないものが映ったからだ。
そして、ゆっくりとコンクリートの方へと視線を落とす。
(何だコレ!?)
見た瞬間、恐怖がドッと僕にのしかかった。
恐怖を沸き立てるソレは、地面にじっとりとこびりついている。…しかも大量に、だ。
汗が、毛穴からジワジワとふき出る。
よくよく辺りを見回すと、ソレは転々とシミになり、道を作っていてまるで僕を導いているかのようだ。
…行くべきか? しかし、足がすくんで前に進む事さえ出来ない。
ドクドクと血液の流れを感じる…。
ほんの数センチで僕の家だというのに、歩くことが出来ない。
僕はその場にしゃがみ込んだ。
蒸し暑く、ジトジトしているにも関わらず、僕の体はどんどん体温が昇降していく。
どうしよう…どうしよう……!!
辺りには誰も居ない…ただ、電灯の明かりが薄暗くその場を照らしているだけだ。
「……大丈夫か!?」
声を掛けられた。誰だろう…?
微かに顔を上げてその人物の顔を見ようとした。
だけど、暗いせいでよく見えない。
「浅生…? 浅生か!!?」
よく、聞くと、其の声は聞きなれた、声だった。
まさか、と思いもう一度ぼんやりとした脳を起こそうと目をこすり其の人を見る。
嗚呼…彼、だ。
「浅生…!」 その人は僕の所まで駆け寄ってきてそっと、肩に手を置いた。
ガクガクと震える僕を見て、その震えの強度感じ、彼は優しく僕の頭を撫でてくれた。
それと同時に、心が暖かさで満たされた。
「ッだい、じょうぶ…だから…」
やっとの事で声を出すことが出来た。
しかし、掠れていたので相手が聞き取れたかどうかは不明だ。
「こんな所でどうしたんだ…?」
「……そ、こ…僕ん家だから…」
恐怖がまだ、僕の周りに纏わりついて消えない。
僕は俯いて、自分の家を指差した。
「また、コケたか?」
「違、う……足元…」
彼は自分の足元へと視界を移した。
しばらくの沈黙が続いた。
そして、彼は怒鳴り声を上げて悔しそうに呟いた。
「あの野郎…!! またっ!」
どうやら、この血痕について何か知っているらしい。
僕は恐怖より、先に疑問がわいてきたので彼と目を合わせて彼に質問した。
「知ってる人? 何があったの!!! 野坂!」
「……っ」
今にも走り出しそうな野坂吟の腕を掴み必死に食い止めようとした。
野坂吟は悔いた顔をしたが、数秒後僕の手を握り返した。
「その内、話してやるから。御免。今は、何も聞かないでくれ…」
「…解った」
『覚悟できてるか…??』
脳裏で、野坂吟の言葉がリピートされる。
もしかしたら、あの、血痕と野坂の言葉には何か深い関わりがあるのかも知れない。
パンクしそうな頭で最後に考えたことだった。
僕に襲い掛かった恐怖の前兆…。
これからが、本番だ…。