それぞれのすれ違い
昔、よく言われていた…。
『薄気味悪い』と…。
実の親でさえ、俺の事を避け続けていた。
…でも、あいつは違ったんだ…。あいつだけは…。
俺は産まれてすぐに重たい病気だ、と医者に宣告されたそうだ。
両親はショックで俺を大事に育てようと二人で話し合ったらしい。
だが、俺が物心つき始めた頃から彼らの様子は一変した。
…無理も無い。
俺が【ほとんど感情を表に出さない】子どもだったのだから…。
二人とも気味悪がって俺を避けるようになった。
俺自身も、其の頃はあの二人の事なんて【俺を産んだ人】くらいにしか…いや…きっとそれ以下にしか思っていなかった。
生きる価値のない…俺なんかを産んだ最悪の人たちだと…。
*****
「初兄、入るよ…?」
夕食を食べた後、僕は初兄の部屋へと向かった。初兄に話がある、と言われたからだ。
「…嗚呼」
部屋に入ると初兄がこれでもかってくらい優しく微笑んでいた。
でも、少しだけ引きつった顔で…。
なんだろう…? 物凄く胸が騒ついた。
「おねぇちゃんは…?」
「…今日は白兎にだけ、話あるけん」
「…? うん」
「俺が、玲の事愛してなかった…ってのは話てあるんよね…」
「うん。でも、どうして…」
偽りの愛だとしても、それでも二人は確かに好き同士だったんだ。
…同情なんかで付き合うなんてそれこそ初兄の性に合わない…。
少し切なそうな、でも暖かい顔つきでそっと初兄の形の良い唇が開かれた。
「俺は昔から一人に決めてあるんだ。はじめて会った日から…」
「…誰?」
「…気になるか?」
「だ、だって!!」
「話したら俺とそいつが出会う前の話になる。…ほら、俺ってうまれつき、の病気持ちじゃろ? だから…はっきり言って自分なんて本当価値なんてないって思っとった。何も信じられんで俺は俺自身も信じられんかって、いっつも『死んでやるー』ってよく言いよった」
『…じゃあ、何で俺を産んだんだよ!!?』
『キライなくせに!!薄気味わりィくせして…ッ何で俺なんか産んだんだよ!!』
『ッどうせ、俺なんて生きてても何の価値もねぇじゃんか!…・ただこうやって病院のベットで毎日毎日…ッ』
『死んでやる…!!俺なんか誰からも求められてねぇんだろ!?だったら…・いっそ…ッッッ』
いつも、荒れてて、荒れてない日はぼぉっとしてて…。とにかく、人との接触を拒んできた。
自分が惨めになるだけだと解っていたから…。
*****
僕は初兄のこんな顔は今までみたことがなかったから、初兄が違う人みたいで少しだけ不安になった。
「でもな、そいつと初めて会った時、こう、なんつーんかな? ビビビッて俺の直感が働いてな。あーこいつだっ! て見た時に思ったんよ」
「…うん」
「…それが…お前。白兎」
「ッ!!?? ぼ、僕!?」
「あぁ。…お前が俺を救ってくれた。何も持ってなかった俺に大切なモン、くれたんよ。お前が…」
そう、それは本当に偶然だったんだ。
お前と会っていなかったら今の俺はきっと無い。
『びょーいんきらいっ』
『…あいつ、誰?』
『浅生白兎くん。発作がときどき出てるみたいで薬を取りに来てるのよ』
俺とたまに話をする看護士がそう言った。最初白兎を見た時あいつが輝いて見えた。
まるで、白兎からすべての明かりが出てるみたいな、そのくらい俺には白兎が眩しすぎたんだ。
俺みたいにすべてが嫌になって小さい頃から何も受け入れない、寄せ付けようとしない奴じゃなくて、死のうなんて考えてなくて、凄く…生きてるんだって、楽しく生きてるんだって思ったら。
自分が考えとった事が何だったんだ? って思えて気付いた時には、泪が頬を伝ってた。
『…ッぅ…馬鹿じゃん…俺…っ』
俺でも泣けるんじゃなって思ったらもっと切なくなっで泪が止まらんくなった。
『…おにいちゃん、お注射したの? いたいよね? いたいよね? びょういんこわいよね?』
『…ッ!?』
『ほら! おとうさんのウソつきー! お注射いたいじゃないーっっ』
『……っあははははっ! 白兎だっけ? 俺の部屋来てみる? 少しは病院好きになるかもしれんよ?』
『あ、うん! おにーちゃん!!』
そして、この時から俺の中の歯車が大きく音を立てて時を刻みだしたんだ・・。
初めて本気で【生きたい】と…心から思ったんだ。
死にたくなんかないって…こんな病気なんかに負けたくないって…!
それからの俺は今までと別人みたいに明るくなった。
両親もそんな俺を見て距離を置くのをやめた。
よく家族で長期休暇を取って、広島のじぃちゃんの家に遊びに行った。
俺にとって広島のじぃちゃんの家は本当に居心地が良くて、じぃちゃんも俺に凄く優しくて大好きだった。
だから、かな? 俺がこうして広島弁を使うのは…。
すげー、感謝してる、白兎、お前に…。
*****
「僕は何もしてないよ…初兄に感謝されるような事…」
「…感謝、ね。確かに感謝しとるよ。でも、俺が言いよるんはな…」
また、だ。初兄が優しい顔で笑った…。何が引っ掛かるんだろう?
僕の近くまで来た初兄は少し身を屈めて、僕の耳元に顔を寄せて来た。
「…俺の中心はお前だよ。白兎。お前がおったからお前に会えたから今の俺がおる。
俺はお前しかいらない…。…好きだよ。白兎。愛してる…」
そう、囁かれてドクドクと鼓動の音が大きくなるのが解った。
かぁっと顔が熱を持ち始める。
「ぼ、僕…! 初兄…僕…ッ!?」
いきなり初兄の顔が近づいて来たかと思ったら、唇に初兄のが重なった。
「…!!」
そうかと思ったら無理矢理、口を抉じ開けて、舌が侵入してきた。
「っ…んんッ、…ヤ、だっ! 嫌だよ! …っ初、に…!!」
「…本当に?」
そう言って唇を手のはらでなぞられる。
それだけで更にドクンッッと一際大きく胸が高鳴る。
こんなの…僕、嘘…っ!?
「僕は初兄の事、そ、そういう風には…見れないよッ」
「…ッ」
ガッと肩を捕まれてそのままベッドの上に押し倒された。
僕は抵抗したが初兄はびくともしない。
「…抱きたかった。白兎の事」
愛しそうに、でも何処か切なそうにそう呟いた。初兄の顔がどんどん僕の顔に近付いてくる。
「ッ!!」
そのままシャツのボタンに手を掛けられひとつずつ外される。
「ッッッ!? 初に、お願い…やめ、て…ッ」
どうしてこんな事…ッ!
すべてのボタンを外し終えたその手は直に僕の肌に触れた。
「ッッ! や…ぁっ!」
自分で聞いても恥ずかしい、甘い声が漏れて僕は口元に手をやる。
「…可愛い」
クスリと初兄が笑う。この、顔だ…。さっきから気になってた顔…。
怖い、よ…。初兄…。
「お願…っもう、やめて初兄…」
どうしよう…っ! 誰か…誰か助けて…!
「っ…どうして…? 初兄、なんでこんな事するの…!?」
「…なんでわからんのん? 好きなんだよ!! ずっと……初めて会った時からお前が…ッ」
そう言って初兄は苦しくなるくらい僕を抱き締めた。
「っ怖い…こんなの初兄じゃないよ…!」
「…これが本当の俺だよ。白兎。汚いくらいに心が歪んでる。…これが…俺だ」
「ッ…嫌だ……っ。やめて! 誰か助けて…!!」
声が震えて小さな声しか出てこない。
それでも、今の僕にはこうする事しか出来なくて……。
初兄は僕の唇にさらに深く口付けをして…。
誰か……、助けてッ! …野坂っ野坂!
「何やってるんだよ! 初兄!?」
この声は、瑠樹?
「…溜」
「病室行ったら白兎いないしもしかしたらと思ったら…」
案の定、という顔をして瑠樹は初兄を僕の上から退くように言ってくれた。
初兄は躊躇ったが、仕方なく渋々とその場を離れた。
「大丈夫か!? 白兎」
「……ッ、うん…ありがとう、瑠樹」
声が震えて思うように言葉が出てこない。
そんな僕の姿を見て、瑠樹はキッと初兄を睨み付けた。
「初兄、なんでこんな事…嫌われるってわかるだろう!?」
「るせぇ!! どんだけ待てば良いっ!? どんだけ待ったら白兎は気付くん!? …もう、嫌われたって構わんよ…」
初兄は、だらしなくその場に腰を降ろした。
そして切ないくらいに僕の顔を見つめた。
『とうとう、爆発しちゃったね。……初』
「おねえちゃん…」
『ごめんね、白兎。初が、白兎の事を好きなの私気付いてた。早く教えてあげればこんな事にならなかったのに…』
「そんな事ないよ! 僕がもっと早く初兄の気持ちに気付けば、初兄の事こんなに追い詰めたりしなかった……」
僕は初兄の傍まで寄って、しゃがみ込んでいる初兄の顔を覗き込んだ。
強がって必死に何かに耐えている顔をしている。僕と目を合わせようとしない。
「初兄? ごめんね…? 気付いてあげられなくて。……でも、僕は初兄の気持ちに……答える事は出来ない」
また、強く抱き締められた。
瑠樹が止めに入ろうとしたが僕が首を振って大丈夫だと示した。
「…俺も、大人だ。きちっと言われた事は理解、出来る。ごめん。怖い思いさして…」
「ううん……」
「本当に心から……お前のこと、お前だけを愛してるから。…これからも……」
初兄は苦い顔をして僕に言った。
「……ありがとう。こんなに好きで居てくれて。いっぱいの時間、僕を好きでいてくれて…」
初兄の深い深い愛情が僕に伝わってきて、涙が頬を伝った。
こんなに僕の事を大好きになってくれる人が居るのに、どうして答えてあげられないんだろう…。
男性だから、とかそんな事全然関係ないんだ。
有難う。初兄。僕を愛してくれて。
初兄の一番になれた事が僕は何よりも、とても、嬉しいから。
「初兄、話してくれてありがとう、じゃ僕部屋に戻るね…」
「嗚呼。……白兎」
「何?」
「これからも、お前の事、好きなままでいいか……?」
「ウン。でも……」
「解ってる。もう、今日みたいな事はせんから」
僕と瑠樹は初兄の部屋を出た。
少しだけ、初兄の部屋の方を振り返ると初兄と視線がぶつかって、そしたら泣きそうな表情で初兄が最高の笑顔を見せてくれた。
*****
「白兎、大丈夫か? ごめん。守れなくて…」
「言ったでしょ? 僕は大丈夫って! さっきのは怖かった、けど…。でも、もう大丈夫!」
「オレ、初兄が白兎の事好きなの知ってたんだ。でもこんなに早く行動に移すなんて…」
深刻な顔で瑠樹がそう言った。僕は初兄の事、好きだけど、違うんだ。
そういう好き、じゃなくてやっぱり瑠樹に対する気持ちと同じで、家族みたいな<好き>なんだ。
「じゃ、オレ帰るな! 白兎の部屋に授業写したノート置いておいたから」
「え!? とってくれてたの?」
「困った時はお互い様、だからな!」
ニコッと笑って瑠樹は僕の肩を叩いた。
「うん。ありがとうね…」
僕たちは、そこで別れた。
早速部屋へ戻って瑠樹のノートを見てみよう。
いつも丁寧にまとめてあってとても解りやすいから、苦手な英語も瑠樹のおかげで少しは出来るようになっている。
部屋に着いて、何か異変に気が付いた。
ほんのりと、微かだけど甘い匂いがした。甘ったるいんじゃなくて本当にふんわりやわらかい。この香りは、僕でも匂った事がある……。
「…浅生」
「ッ!?」
振り返ると僕が、一番会っちゃいけない人物がそこにいた。
「来ないで…!」
「……」
「どうして…なんで来たの……?」
「っ!」
「……駄目! 僕は、野坂に会っちゃいけないんだっ」
「また、誰かを傷つけるのはもう、嫌なんだ。だから、お前に最後の別れを言いに来た」
*****
『初、大丈夫……?』
「ん……。だいじょうぶ。……ごめんなー、いっつも心配かけて」
『でも、すっきりした顔してるよ』
「嗚呼、俺もなんかスッキリ、した。……やっぱ、白兎はすげぇな」
『…・ええ』
「……じゃあ、玲、お前が…いや、俺がお前に謝らなくちゃいけない一番謝らなくちゃいけない事に決着、つけますか」
*****
「今、なんて…」
「もう、お前に会わない為に、最後のけじめつけに来たんだよ…」
僕は耳を疑った。野坂吟の顔を見たら真剣なもので今度こそ本当なんだって思った。
僕らはいつからすれ違い…いつまですれ違うのだろう?




