着いて来て
第2章です。
今回から病院での出来事です。
「白兎!!」
「…と、…さん?」
「っ良かった…」
目を覚ますと、眩しいほどの明かりが僕の視界を白くした。そして父と母が僕を心配そうに見つめていた。
「…此処、は…?」
「病院だよ。警察の人から、家に電話があってね…。何があったんだい? 白兎…」
その言い方は優しかったが声色は、怒りを含んだものだった。普段怒る事の少ない父がこんなにも怒っているのは久々に見た。さすがの
母も父が怒っているので大人しくしている。
「…僕の問題、僕だけの問題じゃないけど、でも、自分で解決するから。…だから何も聞かないで…。ちゃんと解決するから!」
必死になってそう答えるとしばしの沈黙が訪れた。おそるおそる、両親の方に顔を向けると、二人とも複雑な表情で顔を見合わせていた
。少し、ドキッとしたが二人とも、解ってくれたのだろう、苦笑して僕の方を見た。
「…繭さん。自販機に行ってコーヒーを買って来てくれませんか?」
父は唐突にそう言い、母は部屋を出た。
「…白兎。もう、あの人たちとは…関わるのはやめなさい」
「!!…ッ」
「君が頑固なのは私がよく知っているよ。だが…こんな、寿命が縮む様な思いは…させないでほしい…っ」
不意に父の瞳から溢れた泪がポタリと僕の手の甲に落ちた。その冷たさが僕の思いを心の奥底に閉まい込んでしまった。
野坂吟に会いたい、という気持ちを…。
「…解った。だから、父さん…そんな顔、しないで…」
それからは母も帰ってきたので、コーヒーを飲んで話しをした。どうやら、僕は入院しなければいけないらしい。
いつ、また発作が出るかわからないからだ。今までは小さいものだったが、今回の事で体が大分弱っているから大きいものになる、と医
師が言っていたのを父から聞いた。
*****
夕食を済ませたら、両親は家に帰っていった。病室は、個室でこじんまりしたものだ。両親の仕事の関係でマスコミやらに知られたら何
かと大変みたいだから此処にしてもらったらしい。この病院は僕が小さい頃からお世話になっているから、先生や看護婦さんとはそれな
りに顔馴染みなので気を使わない。それは、良かったと思う。
「…一人ってこんなに静かなんだなぁ…」
自分の部屋でいつも一人なのに、誰もいないと思うと少し、寂しく感じた。
『…あの…』
「…え?」
空耳かと思ったがその声が耳について消えなかった為、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
『…みえる? ぼくの事』
その声と同時に今まで誰もいなかったこの部屋にすぅっと人が現れた。ただし、半透明という奇妙な形で。
『おにいちゃん!』
「え…? もしかして、草…汰?」
『! うんっおぼえててくれたんだね!! おにいちゃん』
僕が草汰と呼んだその少年は外見、まだ十歳にも満たない小さな幽霊だ。僕が彼に最初に会ったのは学校の部棟と呼ばれる文化部専用の
部室が設備された校舎の中だった。草汰は自分の好きな人を探してほしい、だから助けてほしい、と僕に頼んできた。
僕はそれを引き受けて、そして草汰の過去を知ったんだ…。
「…久しぶりだね。草汰」
『うん!!』
「でも、どうしてこんな所に…?」
『あのね、ぼくね、おにいちゃんにあわせたいひとがいるんだ』
「会わせたい人?」
『うん!』
「そ、それはいいんだけど、草汰、楓介は…?」
『そのひとといっしょにいるよ。だから、ついてきて! おにいちゃん!!』
草汰は僕の腕を引っ張る仕草をした。だが、その手は僕の体をすり抜けている。
「何処に行くの!? 草汰!」
『にかいだよ。…急いでおにいちゃん!』
そう言われたので、僕は走った。右肩の傷にじん、と痛さを感じたが痛いなどと言っている場合ではない。
エレベーターに乗った時、やはり草汰は、初めて体験するこの乗り物に少々怖がっていたがすぐに二階に着いた。
僕は草汰に案内されて、一番奥の部屋へと向かった。薄暗い廊下はやけに不気味さを強調させている。
草汰が来た、という事はやはりそっちの人…が関わっている、そういう事なのだろうか?
そんな考えを巡らせていると不意に草汰が立ち止まった。
『ここだよ。おにいちゃん』
「う、うん…」
何故か錆び付いているドアを引くと真っ暗な部屋が広がった。
掃除をしていないのかと思うほど湿気とほこりとが混ざり合い湿っぽさが広がる。
やっと暗闇になれてきたので、目を凝らして部屋の中を見た。
『ふーすけ!!』
草汰が、叫ぶと誰もいなかったこの部屋からゆっくりと二つの人影が浮かび上がってきた。
『…白兎さん、お久しぶりです…』
「楓介…うん。久しぶりだね…」
楓介は、にこりと微笑んだ。彼は、草汰と同じく幽霊だ。
でも、その顔つきが今僕の一番会って話をしたい人、野坂吟にそっくりな為、何故か胸が締め付けられた。
『…白兎さん…?』
「あ…ごめん…。そうだよね。楓介は…野坂じゃないもんね…」
『…? 俺は野坂の人間ですけど…・』
「う、ううん。こっちの話!」
少々抜けている楓介を見るとやっぱり、彼は彼なんだ、なんて思えてくる。草汰は嬉しそうに楓介の元へ駆け寄りキュッと彼の着物の袖
を掴んだ。
『…ふーすけ、おねいさんは…?』
『そこに、居る』
楓介が顔を向けた方向には、背中を向けた女性、とまではいかないが若い女の人が居た。髪の毛は綺麗な栗色で其の髪の毛が肩まで伸び
ており風も無いのに靡いていた。まさか、と思った。
その女の人がこちらに顔を向けた瞬間、僕の体の中に雷のような一筋の電気が流れた。
この…人は……!!
『白兎………何年ぶりかしら…?』
僕は、生唾を飲み込んだ。
そして、ゆっくりと声にならない声で、呟いた…。
「………お…ねぇ、ちゃん…っ」