最期の囁き
最期の囁き
最悪だ…っ! こんな事になるだなんて…。僕は己の行動をこれほど呪った事は今までなかった。もう、あれから嫌な程走っている。
男二人組は相変わらず僕の後ろを獲物を見付けたピラニアの様に追い掛けてくる。薄暗い路地を抜けたらそこは階段が続いていた。僕は
階段を掛け降りる。転ばぬ様、細心の注意を払いながら、だ。
「…ッ!」
それに気を取られていた為、前からやってきたあの男たちの仲間に気付くのが遅くなった。気付いた時にはすでにその人たちが目の前
に居てそれから僕は気を失った…。
「うぐ……ッ」
目が覚めた瞬間生臭い悪臭が鼻を突いた。固く凍てついたコンクリートの床が僕の心を孤独なものへと変える。此処はどこなんだろう
。生臭い中に微かに匂う鉄の臭い…。思い出せ。今まで起こった事を…。確か追われていたんだ。そして、階段を駆け降りたら、あの人
たちの仲間がいて…何かで殴られたんだ。そして、気付いたら…。
殴られた、と思ったら急に体の節々がうずいた。激痛が脳を駆け巡り、あちこちに痛みを感じた。大量の汗が額から吹き出しては、床
に流れ落ちる。湿った空気が不味い…。僕が閉じ込められたのは、どうやら何処かの車庫だろう。ガソリンの臭いがした。両手、両足は
ロープで縛られている為身動きひとつとる事が出来ない。
「…っはぁ…はぁ、はぁ」
…ッ!発作だ…。あれだけの距離を走ったのだから、それなりに覚悟はしていたけど、此処まで苦しいなんて…ッ。今まで感じた事の
ない苦しさに恐怖を覚える。
呼吸が上手く出来ない。このままじゃ……っ。
「よぉ、気分はどうだ? …それどころじゃねーか」
笑いを含んだその声は聞き覚えのあるものだった。僕は深く息を吸い込んだ。
「…おい、お前ら。縄はほどいてやれ。逃げれやしないだろう」
僕を追い掛けた男二人が出てきて縄をほどいた。キツク縛られていた為、縄のあとが手首にくっきりとついている。そして、よくよく
見るとあの角で殴られていた男もその場に居た。
「貴方…どうして此処に…ッ」
「俺も、グループの中の一人なんだよ」
「!!!?」
「クククッ! 間抜けな顔だな、白坊? さっきお前が見たのは全部、芝居だ。昨日の俺と吟のやり取りも含め、な」
「どういう事ですか!?」
「言ったろう? 隆也の事になると俺は壊れるってな。あれは全部お前をこちら側へ導く為のお遊びだ」
ニヤリと不気味な笑みを見せて絆さんは、僕に背を向けた。
「…白坊、よく見てろよ? …そこの車を…」
顎で自分の車を指した。僕は、言われた通りその車を見たが暗くて人が中に居るのかもわからない。
「準備完了だ。あとはお前の仕事だ!!」
大きな声でそう叫び、車の中から男が出てきた。そこに現れたのは、僕もよく知る人物だった。ショックが大きすぎて言葉が出てこな
い。
「…そんな…顔、すんなよ…ッッ」
「……ッ…な、んで…」
やっと出せた声は喉の乾きのせいでほとんど聞き取れないに等しかった。それに発作もまだ、治った訳ではない。それでも何とか聞こ
えたんだろう、その人はゆっくりと僕の方に歩み寄って来る。
「……ごめん…」
ジャケットに手を入れて何かを探るその行動が素早いもので僕は自分の目を疑った。探していたものが見付かったんだろう、その人は
ジャケットの中からソレを取り出した。そしてゆっくりと近寄ってくるそのスピードはゆるめずにこちらに手にしたソレをジャキっと向
けてきた。まったく理解が出来ていない僕は恐怖感と、困惑、色々な感情が混ざり合い混乱してみじろいだ。
「嘘だ!! 嘘…いやだっ嫌だよ…ッ!! こんな事…どうして!! もう、誰も傷つけたくないって…ゆったじゃないか…ッ」
「…こうするしか…俺は選べなかったんだ…こう、するしか…ッ」
そして、野坂吟は、引金を引いた。
「うわぁぁぁあああッッッ」
ズキューンと当たり一面に激しく音が木霊する。打たれた場所からは、赤い液体が流れだし、指先をつたう…。
苦痛で何も考えられなくなった。痛いという次元ではない。
「…次は外すな…」
「……っ」
また、引金に手をかけた、よく見ると、其の手は震えていて。次の瞬間。ファンファンとパトカーのサイレンが鳴り響いた。
「…厄介だな。おい、お前ら一旦引くぞ」
男たちがそそくさと愛車に乗り込む中、僕を打ったその人だけは悔いた顔をして僕から顔をそらしていた。霞む意識の中、僕は最後に
彼に一言、話し掛けた。
「……どうして…な、の………野坂………っ」
そして、僕はそのまま目を閉じた。銃弾が打ち込まれたその部分だけは焼けるかのように熱を発していた。
その、感覚だけが僕を包み込んで…。そして完全に意識を失った…。
「…俺は…ッ。………俺…」
「吟!! 早くしろっ!」
「…ッ解ってる!! ……浅生…だから、言ったろ? 信用、しすぎるなってッッ!!」
野坂吟はその場にひざまずき、そっと白兎の肩を抱き、自分の唇を白兎の唇へと押し当てた。それが野坂吟から白兎への最初で最後の
キスとなる。溢れる泪を拭き取り、野坂吟は父親が待つ、車へと足を進めるのであった。
第1章終了となります。
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