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恋時雨

恋時雨


兎に角走った。今までにないくらい必死に。

恐怖感と戦いながら…。

ただひたすらに、月明かりの指す裏道をどんどん走った。

「…っ!?」

血の臭い…。辺り一面に鉄の臭いが充満した。

耐えきれず僕はその場に立ち尽くした。

だって…。

「…白兎君、こんな所でどうしたんだい?」

「ッ!? …貴方…は…」

後ろから声を掛けられたので振り返ってみて、僕は自分が野坂吟との約束を破った事を後悔した。

「…こんな遅い時間に一人で居たら危ないだろう? 俺が送ろう」

「…っ! あ、あの良いです! 僕自分で帰れますから」

「…似ているな」

「え、なに…」

ガッと頭を乱暴に掴まれて、絆さんの方に引き寄せられた。

その力が強くて僕はクラクラなりながら絆さんの顔を見上げた。

「…近くで見るとますます似ている。…隆也に…」

「ッ!! は…離してくださいっ」

「…さぁ、送ろう。車に乗りなさい」

にこっと笑って絆さんは僕から手を離した。

仕方なく、僕は車に乗る為に伴さんの後ろを着いていく。

「…あのっ!」

「ん? 何だ?」

「どうして…野坂の事嫌ってるんですか…」

「…嫌ってるんじゃない」

絆さんは苦笑いをして、僕の耳元で囁いた。

「…大事すぎるからいじめたくなるんだよ…」

「……はぁ…」

可愛いからいじめると同じ様なものなのか…?

一瞬そう思ったが絆さんの場合はソレが行き過ぎていないだろうか…?

車に乗った。前見たのとは少し違う車だ。

しかも今日はあのサングラスの男たちは誰一人乗っていなかった。

「あ、あの…!」

助手席に乗り込んだところで僕は絆さんに思いきって話掛けた。

「絆さん、どうして…どうしてそんなに、あの…ち、父が好きなんですか!?」

「……誰から聞いたんだ…」

「野坂に。…でも、その前に父から直接聞きました…」

「…隆也から…な…」

くすりと笑った絆さんは何処か優し気で、僕は驚いた。

だって、あの絆さんが笑っている…。

とても、幸せそうに…。

「…白坊、俺はな…隆也が本当に好きなんだよ。…自分が壊れるくらいに、な」

「え…な、どういう事ですか?」

「あいつの事になると、周りなんてどうだってよくなる。…吟にもそんなとこ、あるだろう?…あいつがキレた時」

「…確かに…」

心当たりがありすぎて、やはり、野坂吟は絆さんの子どもなんだな、と思った。

それからは互いに話をする事もなく、僕は、流れているラジオの曲に耳を傾けていた。


*****


「…‘ただ’……」

「…え?」

「‘ただ、只管に…君思ひ…舞い散る桜に心打たれり…’」

「? …なんですか? それ…?」

「…先代が残された言葉だ。代々受け継がれている。…吟は知らないだろうがな…」

「…恋の詩…?」

「…あぁ。…俺たちみたいな家計の奴がこんな詩作ったなんてちょっと考えられんがな…」

「とても、素敵だと思いますけど…・」


*****


車は大通りを抜け、それからは僕の見慣れた風景が広がった。

僕は絆さんに指示を出しながら、家までの道のりを教えた。

…・信用、してる訳じゃないけど、今は…今だけは何故か良い人に思えた。

さっきあの和歌を詠っていた時の絆さんの横顔は…何故か切なそうだったから…。

どうしてあんな顔をしていたんだろう…?

「…此処か?」

「……え、あ! ハイ! …あの、わざわざ有難う御座いました!!」

「いや…お礼なんて良い…」

あ…れ? 今、絆さん、口元が笑って…。

その時、家のドアが開き中から和服姿の父が出てきた。

「…ッ!! 白兎!! 離れなさい…!」

「…ッく…くく…ははははははは!!!!!! 白坊、こっちがお礼を言いたいくらいだぜ! 有難よッ」

「な……に? どういう事…ですか!!!? 絆さんッッッ!!!!」

「…っくく…はははっ…お前はわざわざ、俺に隆也を合わせてくれた…感謝するぜぇ…?」

「!!!!!!…と…うさん…っ」

僕が駆け出したよりも早く、絆さんは父のところへたどり着いた。

そして、其の手を父の顎に掛けて満足そうに父の顔を見た。

「…隆也…お前も変わってねぇなぁ…?…あの頃のまんまだぜッ」

「………離して下さい」

「その、冷静ぶったトコも変わっちゃいねぇ…っ!」

「…‘ただ、只管に君思ひ…舞い散る桜に心打たれり…’」

「!!!! ッ野坂……」

「…吟、何でお前、ソレ…を…?」

「…親父、俺たちは…アンタの道具なんかじゃない。…・生きて…生きてんだよ」

「……やめろ、吟。…」

「俺たちは生きてんだよ!!!!ちゃんと、自分たちの足で立って、自分たちで考えてる!!」

「吟…!!」

絆さんはゼイゼイと荒い息を吐きながら父に掛けていた其の手を離した。

フラフラと二、三歩野坂吟の近くまで行って、そして、互いに目を合わせた。

きっと、どちからが目をそらしたら…・それで、負ける。

「…っ……何で、知ってるんだよ…その詩を…」

「…おふくろから聞いてた。それに…」

「まぁ、いい。…俺はなぁ…この詩が大嫌いなんだよ…!! 掴み取れないなら奪えば良い!」

「……」

「帰るぞ…」

「ッ…解った」

二人は車に乗り込んで、去って行った。

野坂吟は…一度も僕と目を合わせようとしなかった…。

どうして…? どうしてなんだよ…。

「…白兎、家に入ろう。…」

「うん…」


*****


「…よくやったな…お前にしたら上出来だ」

「俺は……ッ」

「…あの、詩の何処がいいんだ…何処が……」

「……・親父…何で、泣いて……」

「…俺の良心は…まだ死んじゃいねぇって事か…? っなっさけねぇ…」

「親父、もう、やめよう…。こんな事したって意味なんか…」

「いいか吟? …俺は諦めてない。だからな…最後の手を使う…」

「まさか………」

「…ックク…とっておきの最後を…な」







‘ ただ 只管に君思ひ 舞い散る桜に心打たれり ’――――――――――――――――――――

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