英雄
英雄
放課後、僕は急いで教室を後にした。
途中それはもう何人、いや何十人もの生徒に話し掛けられたり、視線を向けられたりしたが上手く交して、校門へと走る。
そこに行くとすでに零さんは来ていて、こちらに手を振ってきてくれた。
「す、スミマセン…ッま、待ち…ました、か?…」
「いンや。俺も今来たトコ。そーれにしても、嬉しいねぇ」
ニヤっと口の端を上げて微かに笑った零さんの顔を見て僕は何が嬉しいんですか?、と問う。
「…俺の為に走って来てくれたンだろ? …愛を感じるなぁ」
「ぜ、零さん!?」
「冗談だよ。…って言いたいけど、俺白兎の事本気だからなぁ~」
今から帰り? とか普通に友達に聞かれたかの様なその口調や爽やかな笑顔に呆気にとられてしまった僕はポカンと間抜けにも口を開 いて零さんを見付めてしまう。
「…そんなに俺、格好良いか?」
「───…ッッ!」
ドキっとして、僕は後退りしてしまった。
いきなり、真剣な顔でそういう事を言われる事にどうやら僕は弱いらしい。
「あははッ! そぉーんなに構えンなよ!」
「…い、いきなり零さんがそ、そんな…事、い…ッ言うからですよ!!」
どもりすぎな僕の様子を見て零さんはおかしそうに笑う。
恥ずかしくなり話題を変える事にした。
「そういえば、何処に行くんですか?」
「俺の仕事場」
「え!? 零さん、働いてるんですか!? 高校生かと思ってました…」
「嗚呼、俺高校行ってるゼ?」
「え? じゃあ、バイトか何かですか?」
「…野坂家でのお仕事っつったら一つしかねぇだろ?」
「……!!」
「あー、その顔だと多分白兎が考えてる事、不正解」
「……そう、なんですか?」
野坂と言えば「アレ」以外考えられない。じゃあ仕事とは一体何なんだろう。
野坂の家には、野坂みたいに仕事をやっていない人と好きでやっている人が居る…。
そんな当たり前の事、どうして今まで気付かなかったんだろう…?
「そんなに暗い顔すんなって! 仕事って言ってもな、その辺の女の子をだな…こう…」
零さんは、辺りをキョロキョロと見回した。
「…見てろよ? 白兎。俺のプロ技!」
そう言って近くに居た女性に駆け寄っていった。
…え、って、あの人!?
「ちょーと、いいですか? そこの金髪のおねぇさん」
…やっぱり。あの女の人…チャーだ…。
「…あら。教職員を口説くなんて坊や、随分と思いきった事するわね」
見てるこっちが怖くなるくらい、にこりと笑ったチャーのその顔は獲物を見つけたライオンと同じ…。
そんな、勢いで…・こう、手が出そうな感じだ…。
「くすッ。口説いてる、だなんて人聞きが悪いですよ? おねーさん。俺はね、おねーさんとお話がしたかっただけですよ」
「あら、そう? うふふッ。そこの兎ちゃんも一緒に保健室にどう?」
「い…ッいえ! 結構ですっ! 行きましょう! 零さん!!」
ぐいっと、零さんの腕を引っ張って早足で僕らは学校を後にした。
*****
「はーくと。そろそろ腕、離してくれるかー? ま、俺はこのままでも十分いいけどなー」
「あ、ごめんなさい! のびてないですか? 服……」
「そんな事、気にしなくても大丈夫だよ。んで? 何で逃げるみたいな事したんだぁ? 白兎?」
「あの人…が、好きだから」
「…は!? ちょッ、白兎あの女が好きなのか!?」
がしっと肩を掴まれ、前後に揺すられる。
「そ、そうじゃなくて……あの先生、その、同姓愛が…好き、みたいで……」
「…、女好きなのか?」
「そーじゃなくて…男の同姓愛が好きで…どちらかと言うと…その、み、見る…専門?……みたいで」
「…くッッあははははっ!! マジ!? そりゃ、いーわっククっ。…どうだ? 白兎、今からあの女の所引き返すか?」
「…え? …いえ…、その遠慮、しておきます…」
「……ざーんねん」
零さんは僕の近く、耳元まで顔を寄せて、息が当たるくらいまでの至近距離で、優しくそして低い声で囁いた。
ドクンと大きく心臓が高鳴って体が熱くなり始めるのを感じた。
「…急ぎましょう! も、もしかしたら野坂に会えるかもしれないですし…ッ」
気付かれたくなくて僕はスタスタと歩き始めた。
後ろで零さんが微かに笑った様に見えたのはこの際、気のせいにしてしまえ、そう自分に言い聞かせながら…。
「ぶっっ…クククッ…あぁ、そうだな」
(…やっぱり、笑われてる…!)
*****
僕たちは零さんの走らせるバイクに乗って仕事場へと向かった。
その間、零さんは、自分の話をしてくれた。
「…俺のガキの頃の夢って何だったと思う? 白兎?」
「え? …何だろう? …やっぱり、今の仕事ですか?」
「ぶー。はずれ。俺のな昔の夢はなぁ、ヒーローになる事だったんだ」
「ヒーロー…ですか?」
「あ、誰にも言うなよ? 特に吟の奴には。何言われるか解ったモンじゃねー」
「はい…」
「まぁ、ヒーローっつっても戦隊モノのとかじゃないぞ? …困ってる奴とかイジメられてる奴とか…そういう奴等を助けたかった。
…自分の無力さが嫌いだったんだ。だからそういう奴等には優しくしてやりてぇって思ったんだ。
…昔な、自分が助けられなかった奴が居た。俺、そいつの事すげー好きだったんだ。
…ぶっきら棒で強がりで…人一倍寂しがりなあいつを…」
「……それって…まさか…」
「…あァ。恥ずかしい話だけどな。俺、なんでか吟の事ホントに好きだったんだ。あ、今は白兎一筋だけどな!!」
「あはは……有難う御座います…」
零さんが野坂を…。何というか、不思議な気持ちだった。
胸が痛いけど、何処かホっとするような…よく、解らない気持ち…。
「あいつが一番苦しんでる時に俺は何もしてやれなかった。だから悩んでる奴とかは絶対助けてやりたい…。
今の学校じゃ、俺かなりのヒーローぶりだぜ」
にっこりと笑った零さんの笑顔はとても満足そうだった。
外見からだけじゃ、解らないけどとても純粋な心を持っていて、僕の方もつられて笑った。
「けど、うちの学校の奴らばっかり助けてるから他校じゃ、かなり嫌われ者だけどな!」
あはは、と零さんは声を上げたけど、僕の顔を見てこう、訪ねてきた。
「…意外?」
「いえ! そんな…そうじゃなくて感心してたんです」
「感心?」
「はい。僕なんて、自分の事で精一杯なのに凄いなぁって……」
「そんなん、白兎の方が俺はすげぇと思うけどな?」
「…どうしてですか?」
「…吟の為にこうして、危険を冒してまであいつの様子見に行こうとしてるじゃん? 普通だったらやらねぇぜ?」
「恩返し…がしたいのかもしれません…」
「…恩返し??」
「…僕、一番最初に野坂と話しをした時…野坂に助けられてるんです。だから、その恩返し、なのかなって」
「……そう、かぁ…」
「僕自身、よく分かってないんですけど……でも、此処で野坂を助けないと自分が駄目になりそうで怖いんです…」
「……俺が付いてる、って言っても…駄目、なんだろうな…」
「え??何か…言いましたか?」
聞き取れなかった其の言葉は頬に当たる心地よい風と一緒に流れていった。
*****
零さんはバイクを止めてエンジンを切った。
目の前に大きくて綺麗で派手な建物が現れる。
此処が…零さんが働いている場所…。
「此処、ホストクラブな。…本当はこっちが本業なんだけど何でかヤクザ業の方が知れ渡ってんの」
「そ、そうなんですか!?」
「あぁ。だから、絆さん人当たりは良いぜ? ただ…愛情表現が異常なだけで…」
「…異常、…とは侵害だな。零?」
「!!!? ば…絆さん!?」
「仕事の時間にしたら焼けに早いな? ん? ……ああ、そこに居る君は確か昨日の…」
「……あ、浅生…白兎、です」
いきなりの張本人ご登場で、かなり緊張している僕の顔を見て野坂のお父さんは不意に優しい笑みを浮かべた。
それはもう…まるで、野坂本人の様に…綺麗な笑みだった。
「あの…僕、野坂…君が心配で。だ、大丈夫なんですか??」
「くすっ…あぁ。今朝もよく…吠えていた」
「…ッな…っ」
自分の子どもだろう…。何故、そんな…ペットのような扱いをするんだ?
…わからない…。僕には、何もわからない…。
彼の事…野坂の事をもっと知りたいよ…!!
「吟に、用事があるんだろう? 白兎君は。零、良かったらうちへ案内してやりなさい」
「はい。分かりました。…白兎、行こう」
「あ、…ハイ!」
僕たちはまたバイクにまたがりその場を後にした。
目指すは、野坂吟の家。
不安と、期待に揺らめく心は少しだけワクワクしていた……。