傍らの恐怖
傍らの恐怖
暑苦しい7月中旬。
夏休みも間近に迫っているのにもう夏休みボケか、と思うくらい体がダルイ。
そして、僕は今日も一人で学校へ向かう。
友達が少ないわけでもない。むしろ、多い方だと自分で思ってる。
浅生白兎、高校2年生。自分で言いたくはないけど、外見は女の子並み……。
童顔だし、身長なんて153cmくらいしかない。
色素が薄い為、肌の色は人より白いし、目は完璧に青みがかっている。
よく、女の子に間違われるから僕の事を心配して一緒に学校まで行こうと言ってくれる友達はいる。
でもそんな気分になれない…。だってちゃんと男だし、僕にだってプライドというものがある。
いつもより足取りが重い。ギラつく太陽が悪魔にさえ思えてくる…。
(ヤバっコケる―――!)
足元が縺れてしまって倒れそうになりかけた。
その拍子に僕は誰かに腕を捕まれて間一髪倒れずにすんだ。
「あ、有難う御座い―――」
お礼を言おうとしてぎょっとした。
何せ、僕を助けてくれたのは僕が苦手とする人物、其人だったからだ。
「……の、野坂……?」
野坂吟。僕と同じ高校2年生。クラスも一緒だ。
父親がヤバイ仕事をしている、と学校じゃあかなりの有名人だ。
実はヤクザだとか、密輸組織だ、なんて噂する人もいる。
麻薬なんかを秘密で売買してお金を稼ぐ、あれ。
聞く話によると、人殺しも専門だとかなんとか。まぁ、この噂は突拍子もなさ過ぎて信じる人はいないに等しいけれど。
野坂吟本人もきっと、もう闇の仕事に手を汚している…そんな噂までちらほら見え隠れしていて誰も彼に近づこうとしない。
そんな危ない人に僕は助けられた……。
体がこわばって、身動きを取れないでいると、野坂吟は少し表情をしかめた。
初めて間近でみる野坂吟の顔はどちらかと言えば女の子に騒がれるタイプのカッコイイ系。
髪の毛はだらしなくボサボサのままで前髪が目に入りそうなほどだ。
切るのも面倒なのか、何本かのピンで無造作にとめてある。
顎はすらっと長くて背も僕なんかより高い。
「…おい…」
「はっ……はい!!!」
声を掛けられ、心臓が波打つ。
……怖い。今すぐ此処から逃げ出したい。そんな僕の気持ちは返事をしたときに声に出てしまった。
大きく返事をしてしまい、しかも声は裏返っているためまた、野坂吟が不思議そうに僕を見つめる。
「大丈夫か…?顔色悪いけど。浅生、だよな?」
「あ……う、うん」
あれ?…なんだか思っていたより怖くない……?
少しホッとして僕は一呼吸置いてから話を切り出す。
「えっと…有難う。あのままだったら顔面から突っ込んでた……」
想像しただけで、背中がひやりとした。
「そうだな。…まぁ、浅生のコケる姿もかなり見物だろうけどな」
ふんわりと微笑んだ顔は、父親が裏組織の者とは思えないほど純粋で綺麗な笑顔だった。
こんなに堂々と彼と話をしたのは初めてだ。
学校での彼はいつも、怖い顔をしている…。
…もしかして、自分から近寄りがたい雰囲気を出しているのかな…?
そんな事がふと頭の中を過ぎった。
「それだったら僕のことなんて助けなかったら良かったじゃん!」
冗談ぽく言うと野坂吟は驚いた顔をした。
「え?な、なに……?」
もしかしたらヤバイ事を言ったかもしれない。
後になって後悔という波が僕に襲い掛かってくる。
「いや…そんな冗談、俺に言う奴って親戚の奴らとかだけだったから…驚いただけだ」
「そ、そうなの? ご、ごめんね、急に冗談なんか言っちゃって」
「いんや。構わねー。むしろ…もっと言ってくれてもいいんだ」
「…え?」
少し淋しそうな野坂の表情に胸が締め付けられた。
今まで怖い、と。苦手だ、と思っていた自分が急に恥ずかしくなった。
父親の仕事の関係で学校では怖がられ、救いの手を差し伸べてくれる友達もいない。
それに加えて先生たちのぞんざいな態度。彼の居場所は学校の何処にも無かったんだ。
思うと同時に僕は行動していた。彼の手を取って一言。
「僕と、友達になろう……?」
「………………」
…もしかして、もしかしなくとも、呆れられた?……また後悔。
友達になろう、なんて今時小学生でも言わない、よ…な……。
恥ずかしさのあまり俯いた。耳まで上昇して熱くなってくる。
野坂吟の反応を見るのが怖い…! 別の意味で怖さを覚えてしまった。
と、その時肩に野坂の手が置かれた。
ビックリして顔を上げるとあの、優しい微笑みを僕に向けてそっと彼は呟いた。
「……俺で…いいのか?」
と。
僕はすべての力を首に集中させ、思いっきり縦に振った。
野坂吟の表情を見てるととても、切なくなったり暖かい気持ちになれたりした。
今、初めて話したばかりなのに。人を引き付ける力があるんだと、解った。
「お前馬鹿だな…俺に誰一人近付こうとしないんだぞ? なのに助けられたからって…」
「違うよ!! いつも、学校で怖い顔してたのは自分から僕たちのこと避けてるからでしょ!?」
「なっ!……父親があんな仕事してんだ。誰だって近寄って来ないだろ。だから俺の方から近寄ってくんなって、そういう風にしてればいいんだ。俺の為にも、お前らの為にも…」
「でも、それじゃ、野坂自身の気持ちはどうなるんだよ? 友達欲しいんでしょ…!?」
「っおれ、は…」
「僕は…野坂と本当に友達になりたいって思ったから! だから……」
頭がクラクラした。気が遠くなってきて野坂吟の声が――遠くに響く……。
僕はそのまま意識を失った……。
*****
「ぅ、…ん?」
目が覚めたら保健室にいた。
カーテン越しに人影が見える。きっと、保健医だろう。
そんな事をぼんやり考えていた。
「……間抜けな目覚め方するんだな。浅生」
「!!?」
ビックリして起き上がるとそこには、野坂吟がいた。笑いを堪えている。
僕たちの声に保健医が気付いてカーテンをめくって中に入って来た。
「もー、先生ビックリしたわよー? いきなり、野坂くんが兎ちゃん抱きかかえて入ってくるんだもの」
「だ、抱きかかえて……!?」
「そうよ~! し・か・も! お姫様抱っこよ~!! うふふふふッ」
「お、おひ…!?」
この保健医、名前を加藤昇華と言う。
ちょっと、いや、かなりの男好きで、しかも男性愛が好きだとかなんとか……。
加藤先生が新任の頃に学校中に張り紙を張ってアピールしたのが始まりらしい……。それで、全校生徒へと広まったというわけだ
まぁ、そんな事は今、問題ではなく僕は先ほどの加藤先生の言葉を思い出し今にも泣きそうな顔で野坂吟を見やる。
「咄嗟だったんだ。我慢しろ」
其の一言で終わられてしまった。
大体、男の僕をお姫様抱っこだなんて、僕の男としてのプライドが…。
というか、もっとご飯食べよう! うんっ!!
「ちなみに、他の生徒にも見られてたわよー。これは新聞部が黙ってないでしょうね」
何やら怪しげな笑顔を浮かべつつ保健医は唖然としている僕のことを無視して熱を測ってくれる。
測り終えた所で、僕と野坂とを見て疑問をぶつけてきた。
「貴方達仲が良かったの?」
「ハイ! 今日から仲良くなったんです。ね? 野坂ッ」
「え、あ、あァ…」
これで、もう僕たちは公認の仲となった。
野坂吟は少し困った様な表情を浮かべたが、すぐに僕にこう言って来た。
「覚悟……出来てるのか」
「? 何の覚悟? 友達になる覚悟だったらとっくにしてるけど?」
「……おぅ、そう、だな……」
(俺がこれから何があってもこいつを守らなくちゃいけない…。こいつはまだ、何も解っちゃいないんだ。俺の家の事を……)
恐怖の始まりはゆっくりと、確実に僕に忍び寄っていた。
この、暖かな空間の中で―――…。