第240話 スペード
「お待ちしていましたよ。ジューロー様」
その声の主ーーースペードと相対した。
激しい雨が降りしきる中、
わしは全身びっしょりと濡れ、ズボンにはぬかるみを走ったためにはね返った泥にまみれて薄汚れている。
スペードはいつもの優しい笑顔をわしに向け、この激しい雨の中全く濡れていない。まるで晴天の日に立っているかの用な様相じゃ…。
「思ったより早かったですね。さすがジューロー様です。」
わしは両手を抱えて身震いした。
けして雨で体が冷えた訳ではない。わしと向かい合っているこの男の…なんとも言い表しようのないドス黒い雰囲気にわしは震えたのじゃ。
声は優しげでいつものスペードと変わらぬ。
しかし彼を覆う何ともいえない違和感がいつもの彼ではない。別ものじゃ…
「お、お前は…誰じゃ?スペードではないな…?」
「ジューロー様?何を言っているのですか、私はスペードですよ。今も昔も変わらず…スペードという男ですよ。」
両手を広げ首をかしげるジェスチャーをする。
「それより読んでいただけましたか?私の手紙は。やっぱり渡してすぐ開けちゃいましたか?わたしの読み通りに。」
スペードはわたしの左側をゆっくりと回りながら、品定めするようにしゃべる。
「ジューロー様なら、3日後まで絶対に開けないでくださいと言えば、すぐに開けると思いました。人の手のひらで泳がされるのは嫌いなようでしたから…。」
スペードは歩きながらフっとニヒルな笑いを見せる。
「手紙に書いてあった、森で待つとはどういう事じゃ?」
今度はわしがスペードに聞く。
「…そのままの意味です。森でジューロー様とお会いしましょうというね。」
「森の皆はどこじゃ?どこへやったんじゃ!」
わしは冷静なスペードを見てイラッとして声を荒げてしもうた。
…その問いかけにスペードはすぐに答えようとはせずに、わしの周りを考えごとをするかのようなポーズでアゴに手をあてて歩き…
歩き始める前ーーちょうどわしの正面の位置にくるのを待ってしゃべり出した。
「消えてもらいました。ジューロー様と2人きりで話したかったので。」
「消えて…ってどういうっ。ま、まさか殺したと…。」
わしの動揺した態度を見て、ここで初めてスペードは醜悪な笑顔を見せた。
今までの紳士的な態度とは違い、ニヤアアアアアという薄気味悪い笑顔を…
「突然ですがジューロー様、私はあなたの悲しむ顔がみたいのです。」
わしの目を見ながら全くそらさずに笑顔で言う。
「苦しむ顔も、泣き顔も。そうですね、怒った顔なんかも最高ですかね。」
我慢できずにププっと笑い声が漏れる。
心底嬉しそうな顔で言う。
「なぜじゃ?なぜそんな事を…。まさかラ・メーンか?ラ・メーンに取り込まれているのか?スペード。」
「ラ・メーン…ああ、モベの事ですね。もちろんモベの影響もあるかもしれませんね。しかし彼は…わたしが取り込みました。私の1部となりました。」
少し怒ったような…心外だというような顔を見せたが、また笑顔で言う。
マジナの予言の黒い幕は100%スペードの事じゃろう。
しかしなぜ、わしに敵意を向けるのじゃ…なぜ?
「…なぜジューロー様に敵意をというのは正しくはないですね。」
「手始めにジューロー様を、というのが正しいのかな?」
「ジューロー様を殺した後には…王様ですかね。」
スペードは悪びれずに、それがさも当然だというよに話を続けた。
「王様を殺した後は王城、城下町の民全員、ゆくゆくはすべての国民を一人残らず平等に殺すつもりです。」
「もちろん子供、お年寄り、女性、男性分け隔てなくですよ。」
ー何を言っておるのじゃ?この男は…
笑顔で坦々と話をするこの男をわしはー初めて恐怖した。
スペードという男に恐怖した。
危険じゃ…この男はわしが止めねば…。
「…わしはお前を全力で止める。例えわしが死んだとしてもな。」
「…ジューロー様の全力でも、私は止められないと思いますよ。物理的な攻撃でも、モベを倒した能力を使っても…ねっ」
わしがそのセリフが終わると共に、重力変換能力を使って600%を1mに絞って発動すると同時に顔にパンチを当てる…。
しかし…しかしスペードは涼しい顔じゃ。全く効いておらん…
確かに重力が600%発動しておるのに…全く効いておらん。
「なぜ、わたしがこの雨の中でも濡れていないか分かりましたか?そうです。この薄い膜が私を守っているのです。」
近くでみるとスペードの周りには薄い膜のような、バリアーのようなものが覆っていて、すべてを寄せ付けない…。
「ジューロー様は打つ手なしですか……じゃあもう殺しますね。」
スペードがにっこり笑って指をパチンと鳴らすと
森はすべて火に包まれた。




