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みさき  作者: DirtyTom
8/12

act.7 あっと言わせてやろうぜ

 


 向ヶ丘のゴールキックで試合は再開されようとしていた。

 帝凌中はDF三人、MF四人、FW三人の、三・四・三システムを採用していた。

 三人のFWのうち、センターフォワードの菱木だけはもう一段前に構えていて、実質上のワントップ、三・四・二・一システムとも言えた。

 スリーバックも積極的に攻撃に加わるこの布陣は、攻撃重視を信条とする稲森の自信の表れでもあった。

 対して向ヶ丘中イレブンは、守り主体の五・三・二システムだった。

 帝凌の攻撃力を警戒してのことではない。いつものことなのだ。

 攻撃は二の次。

 それでも負けてしまう。

 今回は強豪帝凌中相手ということで、もう一人ずつ下げて、六・三・一としていた。

 それでも三点とられてしまう。

 同じワントップでも意味あいがまったく異なっていた。

 仲間達が相手陣内へと上がっていくのを見届け、ボールを置いた宗一郎がみさきを眺める。

「みさき」

 その呼びかけにみさきが顔を向けた。

「実はよ。みんな気づいてねえが、もう一つ記録かかってんだ」真剣なまなざしだった。「今度負けたら、先輩達のと合わせて三十連敗らしい。部創立以来の快挙だってよ」

「ふん……」頷くみさき。余裕しゃくしゃくの帝凌イレブンを真正面から見据え、不敵に笑ってみせた。「負けなきゃいいんじゃない」

 みさきの明るさに宗一郎も気を取り直したようだった。


 そしてなんとか膠着状態のまま、前半終了を迎えるに至った。

「やあー、気分いいぜ」タオルで汗を拭い、満足そうに裕太が言い放った。「帝凌の奴ら、手も足も出ねえんでやんの。さすがみさきちゃんだねえ」

 他の一人と顔を見合わせて笑う。

 それを宗一郎がくさした。

「手も足も出ないのはこっちも同じだろうが」

「そりゃそうだけどよ」

「ガンガン行こうよ、ガンガン!」

 陰鬱な雰囲気をものともせず、みさきが勝手気ままに騒ぎ出す。

 たまらず宗一郎が制止した。

「わ、バカ、おまえ騒ぐな。バレる」

「何よ! 宗一郎がキャプテンのくせにそんなだから……」

「わかった、わかった」両手でその口を覆った。「わかったから、もうでしゃばんな」

「むごおっ!」

「三点差か……」

 二人のやり取りを楽しそうに眺めていた古田が真顔になって呟く。

 右足には包帯を巻いていた。今度は本当の捻挫である。

「このままで終わるかな」

「ちょうどいいハンデじゃないの」

 みさきがそう言って笑うと、裕太が隣の選手に耳打ちした。

「ほえ~、俺たちゃ帝凌にハンデやるほど強かったんだな」

「それ、みさきちゃんには言わねえ方がいいぞ」

 そんなやりとりなどつゆ知らず、ふいに宗一郎がキラリと目を光らせた。

「このままで終わらせてたまるかよ」

 何故か自信満々だった。


「どうだ菱木、あの十三番は」戻って来るなり菱木をつかまえて、稲森がたずねた。「あれだけの選手を相手にするのは久しぶりじゃないのか」

「たいしたことないすよ」

 髪をかき上げながら菱木が答える。しかしその表情からはいつもの余裕が消え失せていた。息継ぎも荒い。

「それならいいが、後半はわからんぞ」

「どういうことですか」

「彼はまだ本当の力を見せていない」口元に笑いを浮かべながら稲森は続けた。「あの選手の実力はあんなものじゃないはずだ」


「あたしが攻撃に!」

 後半開始間際、宗一郎に何事かを告げられ、みさきが素っ頓狂な声をあげる。

 それを見てもなお、こともなげに宗一郎。

「おまえ本職FWだろ」

「ん、だけど……。でも、そしたら守りが……」

「もちろん守りもやってもらう。裕太を少し下げるけど、やっぱ不安だからな。リベロだ」

「リベロ……」

「おまえやりたがってたろ」

「……ふん」

 リベロとは特定のマークをもたずにフリーに動き回り、攻撃にも積極的に参加するプレイヤーのことだった。古くはフリットやベッケンバウワーなどが、これらのポジションをこなし有名である。

「帝凌はディフェンスライン薄いからな。おまえなら一人でも突破出来るはずだ」

「……」

「なんだったら、ワントップでもいいよ」

 裕太が横入りしてくる。いつになく真面目っぽい様子だった。

「俺達全部守りにまわっても、みさきちゃん攻撃行った方が点取れるだろうしな。頼りにしてんだわ。結局、俺らさ」照れ臭そうに、「みさきちゃんのファンだしよ」

 照れた顔を見合わせて、仲間同士、いや~、と笑い合った。

「裕太君……」

「おまえならやれる。流れこっちにもってくるにはこれしか方法がないんだ。おまえが」宗一郎がみさきの両肩をガッシリとつかんだ。「おまえが俺達の切り札だ」

 みさきの心臓からドキドキと鼓動が伝わってくる。みんなの心を知ったからだった。

 認められた。

 今、向ヶ丘中サッカー部のイレブンとして。

 この期待に応えなければいけない。

 いや、応えたい。

 そう心から思った。

「わかった」ふっと笑ってみさきが頷く。力強い微笑みだった。「あたしやる」

「よーし、勝負はこれからだ」宗一郎が拳を叩き合わせた。「何はともあれ、帝凌の奴ら、あっと言わせてやろうぜ」

「あっ!」

「おら、おまえが言ってどうする」

 ダッシュしかけたみさきが、ぽかんと口をあけて振り返る。目を見開き、口をぱくぱくさせながら、宗一郎の胸倉を両手でつかんだ。

「宗一郎、思い出した」

「何をだ」

「ほら、あいつ」突然菱木を指さして、ぎゃーぎゃーわめき始めるみさき。宗一郎のユニフォームは引っ張ったままだった。「ヒジキだよ、ヒジキ」

「こら、ひっぱんな、伸びる。ん? ヒジキってどっかで聞いたことあるような……」

「知ってるでしょ、宗一郎も。ほら、少年サッカーの時、地区予選でケロンパスと対戦した、FCキンキンの十番」

「ああ、ああ!」つられて宗一郎も目を剥いて騒ぎ出す。思い出したのである。「マジ? あいつか、ホントか!」

「間違いないよ。変な名前だったから覚えてたんだ」自信をもってみさきが頷いた。「あの憎たらしい顔。昔とおんなじだよ」

 菱木が髪をかき上げ、ちらりとみさきの方を見た。

 ふんと鼻で笑う。

「きゃあー! パワーアップしてるー!」

「おい、落ち着け、落ち着け」

 三年前、宗一郎の所属していた少年サッカーチーム、永谷ケロンパスエイトは、エース菱木率いるFCキングオブキングスと地区予選で対戦した。

 当時みさきは他の女子チームに所属していたが、始終ケロンパスの練習に顔を出していたため、また監督同士の交友もあってか、大会の時だけ臨時で移籍参加したのである。

 当時からレギュラークラスの男子さえも圧倒する実力を持つみさきを利用して、何かと因縁のある名門チームに一泡ふかせてやろう、などという弱小チームの野心がかなり影響している。

 だがチーム力の差はいかんともしがたく、みさき達もよく健闘したものの、結果は四対三でキングオブキングスの勝利。

 その年キングオブキングスは全国少年サッカー大会で、ベストエイトにまで進出した。

 ちなみにヒジキとは宗一郎達が『菱』という漢字が読めなかったために、勘違いして使用していた菱木の名称だった。口に出すと印象が違って聞こえるために、気がつかなかったのである。

「まさかあのヒジキとはねえ……」ふうと荒々しく息を吐いて、宗一郎がグローブごしに拳をバチンと叩いた。「憎たらしさだけじゃなくて、三年間でまたうまくなってやがる。こりゃもう、なんともしようが……」

「負けらんないね」宗一郎の声も耳に入らず、みさきが頷いてみせる。勝手に発奮して走り出した。「絶対、負けらんない!」

「……」


 セカンドハーフが始まった。

 直前に向ヶ丘のラインナップを見渡して、帝凌陣営は憤慨していた。途中出場のスイーパーが最前線にいる。いくら駒が足りないとは言え、馬鹿にするにもほどがある。

 だが、稲森はそれを当然のように受け止めていた。

 そして菱木も。

「あの野郎」菱木がギリギリと歯がみした。

 ボールを蹴り出したのはみさきだった。

 ちょこんと味方にパスし、それをまたみさきに戻す。

 その直後、一陣の風が帝凌エンドに吹き荒れる。

 少女のように華奢な少年が、ボールをキープしたまま、陸上競技のトップアスリートのようにダイナミックに駆け出していた。

「来るぞ、来るぞ!」

 予想外のみさきのスピードに、帝凌中DF陣が浮き足立ち始める。まさか正面から一人で突破してこようなどとは、夢にも思わなかったのである。

 なめられたことに腹を立てた中盤の選手が、みさきのチェックに向かう。

 が、フォローの選手もろとも、フェイント一つで二人の相手の間をみさきがすり抜けていった。

 そのドリブルは繊細かつ正確、そしてパワフルでもあった。

 ただでさえ上がり気味のディフェンスラインが、たった一人の選手にかき回されようとしていた。

「くっ!」

 見事な速攻だった。

 右サイドの味方にヒールでの壁パスを通してマークをかわし、みさきが再びボールをコントロールする。

 中央から切り込もうと、もう一度逆サイドのフリーの味方にワンツーを通そうとしたその時、みさきへ渡るはずのパスがカットされた。

 菱木だった。

 みさきを警戒して、一早く戻っていたのである。

「!」

 菱木のポジションもフリーだった。

「チビがいい気になってんじゃねえぞ」

 大きくクリアして、菱木が吐き捨てた。

 敵意剥き出しである。

「チビで悪かったな」むっとなってみさきが睨みつける。「ヒジキのくせに!」

「な!」

 菱木が足を止める。

 走り去って行くみさきを不思議そうに眺め、首をひねった。

『何故昔の俺のあだ名を……』

 応援席がざわめき始めていた。

 スタンドのほとんどが帝凌中の補欠部員達だったのだが、それに交じって一般の女子生徒(菱木のサポーター達)や、わずかながら向ヶ丘の応援もいた。

 その全員が、今のみさきのプレーに沸きかえったのだ。

「すっげえな、みさきちゃん」

 みさきのかわりに下がった裕太が宗一郎に呟く。

「ったりまえだ」別段驚くそぶりも見せず、淡々と宗一郎が言った。「あいつが本気で走ったら、うちでついてける奴ぁいねえよ。いや」すぐに訂正する。「あっちにだって、いやしない」





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