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みさき  作者: DirtyTom
6/12

act.5 そんなにすごいんだ

 


「いける、いける、いける、いける」

 試合前のベンチにどっかりと腰を下ろし、サッカー音痴の顧問、二村教諭は拳を握り込んでほくそ笑んだ。

「いけるぞ。あいつがいれば」

 晴天のグラウンド。

 チームメイト達とウォーミングアップをするみさきの姿を見て、二村は心を躍らせた。

 身体をほぐすための軽い運動だけだったが、他の選手達とは動きもボールタッチもまるで違って見える。思わず期待してしまう気持ちもわからないでもなかった。

 しかし、それでも敵の手前、みさきがかなり力を抜いていることに、二村をはじめとしてそこにいる全員が気づいていなかった。

 宗一郎までもがである。

「あれっ、みさきちゃん、どしたの」

 裕太の問いかけにみさきが何気なく振り向く。

「何が」

「オッパイ」フラットなみさきの胸を見て裕太が頭が悪そうなことを言い放つ。「そんなペッタンだったけか」

 ついでに言うと偏差値はサッカー部一低い。

「こいつにゃそんなモンねえよ」

 後ろを向いて宗一郎がこともなげに言った。

「バカたれ!」

 みさきの蹴ったボールが宗一郎の後頭部にゲットする。

「ってーな、バーロ」

 不機嫌そうに宗一郎が振り向くと、みさきは藤色のユニフォームの首を引っ張ってアピールし出した。

「さらしを巻いとんのじゃ! 見てみい!」

「ほほお」と、宗一郎以外が群がって来る。

 慌てて宗一郎がみさきを押し戻した。

「わかった、わかった……」

 ムッとした様子でベンチに引き返すみさき。

 その後ろ姿を眺めながら、宗一郎は困惑したような表情をしてみせた。

「はああ……」とため息をつく。

 ボロが出るまでに何分もつことやら、と。


「おい、あの十三番、うまいな」アップ中のみさきの様子を見て、帝凌中のベテラン監督、稲森は、思わず驚きの声をあげた。「あの選手もこの前出ていたのか」

「いえ、いなかったと思います」

 男子マネージャーの一人が答える。

「そうか」ふうむと稲森が唸った。

 三軍の試合ごときに総監督の稲森が出ていくことはない。

 実際一年生ばかりのチームにまったく歯が立たなかった相手でもあり、そこに目ぼしい選手がいたなどと遠征時の監督からの報告もなかった。

「菱木、おまえ知っているか」

 稲森が隣で腰を下ろしていた選手に話しかける。

 それに答えて、まるでモデルのような顔立ちのその少年は、サラサラの髪をかき上げながら言った。

「さあ、知りませんね」

 あまり興味がなさそうだった。はなから相手にしていないのである。

「まあ、他が他だから、心配することはないがな」

「やあ、どうも」

 陽気な声に稲森が振り向く。

 すると二村が嬉しそうな表情で立っていた。

「あなたは、向ヶ丘の……」

「部長の二村です。どうですか、あの十三番」得意げにみさきを指さす。「凄いでしょう。今日は簡単には勝たせませんよ」

 調子にのるのが二村の悪いクセだった。

「彼は」

「はい、岬優と言います。まだ一年生ですが、いいセンスでしょう。なんでも小学生の時は、相当の選手だったそうで」

「岬……」

 稲森は帝凌中の監督を務めるだけでなく、県のサッカー協会でも役員として活躍していた。県内の目ぼしい選手は小学生でも目こぼしなくチェックして声をかけていたはずなのに、この岬という少年にはまるきり心当たりがない。帝凌の即戦力になるかと言われればノーだが、二年後にレギュラー争いに加われるくらいの実力はありそうだった。

 他県の選手なのかと考える。

 一つだけ引っかかることがあった。

 思い当たる節がないわけでもなかったが、それは全く別のものだったのだ。

「おてやわらかに頼みますよ」

 心にもないことを言って稲森が右手を差し出した。

 それを鵜呑みにして、二村が握手を受ける。

「それはこちらのセリフでしょう」

 自信満々の勘違いだった。

「菱木」

 二村が去った後で、稲森はさっきの少年、菱木孝太郎に告げた。

「あの十三番は注意しとけ。一応な」

「わかってますよ」答えて、たいして気にもしていない様子で菱木が髪をかき上げた。「一応ですね」


「あいつが菱木だ」

 教育上好ましくない座り方で円陣を組んで、宗一郎がみさきに説明し始める。

「エースなの」

 みさきの表情も真剣である。

「おお」アップ中の菱木をギリッと宗一郎が睨みつけた。「去年向ヶ丘史上最強と言われた先輩達が、後半から出てきたあいつにあっという間に五点取られた」

「そん時ゃ、九対〇だったんだよな。先発メンバー、ほとんど補欠だったのに」

 裕太は軽く無視して、宗一郎は話を続けることにした。

「とにかくボールを持ってからの動きが鋭い。トップスピードにのせたら、うちじゃおいつける奴いねえだろうな」

「なんでも船石から推薦の話きてるんだってよ。こそっと」

 古田の言葉にみさきが目を丸くして驚きの声をあげる。

「船石って、あの千葉の船石高校?」

「そ」宗一郎が補足して言う。「あの何度も全国で優勝してる船石だ。住民票移せって校長と監督が頼みに来たって噂だ」

「へえ~。そんなにすごいんだ、あいつ」菱木の姿を遠くからしげしげと眺め、みさきは素直に感心して見せた。それから小首を傾げる。「でも、どこかで見たことあるような……」

「あいつけっこう有名だぜ。県選抜にも選ばれて、雑誌とかバンバン載っかってるみたいだし」

 比較的まともなことを裕太が言った。

 その時、菱木が華麗にオーバーヘッドシュートを決め、ギャラリーからワッと歓声があがった。

「アップであんなことするか、フツー」

「土の上でよくやるよ……」

 何はともあれ、げっそりさせる。

「むうー」口をへの字に結び、みさきが立ち上がった。「あたしだってあれくらい出来る!」

 いきり立つみさきを、宗一郎達がまあまあまあと宥めた。

「何か気にくわないね、あいつ」

「あらためて言うまでもねえ」菱木を見てげんなりとなった宗一郎が振り返る。何やら淋しそうに笑った。「あいにくそう思ってる女は、今んところおまえだけだ」

 菱木が走るたびにサラサラの髪がフワッと揺れる。ふいに動きを止め、気持ちよさそうにかき上げた。

 途端にその周辺がさわやかな風で満たされる。

 この仕草に好感を持つ少女達は、決して少なくない。実際、ファンクラブまで存在する有り様だ。

「宗一郎の方が背は高いのにね」

「背だけはな」

 宗一郎がうらめしそうに裕太を見た。

 みさきも二人を見比べてみる。

 かたや常勝チームの絶対的エース。一方は連敗街道驀進中のさえないGK。

 比べるまでもなく、やはり顔のつくりもかなり違う。

 とりあえずの結論には辿りついたようだった。

「男は顔じゃないよ、宗一郎」

「なんでいきなり顔の話題になる!」

「でも、サッカーで勝てないのに、顔まで負けを認めちゃったら哀れじゃない」

「あああああああ!」

 それを言うなら反対だ、と宗一郎は言いたかったらしい。

「うっし、行くぞ」気を取り直して宗一郎が号令をかけた。「みさき、後半からな」

「うん」

「ちょっとまてよ」頷くみさきと宗一郎を交互に見比べ、慌てたように古田が口を出した。「なんでみさきちゃん、後半からなんだよ」

 すると当然と言いたげな様子で宗一郎が受け止める。

「前半はおまえが出るからだろ」

 驚きに目を剥く古田。

「何言ってんだ、おまえ。俺は捻挫が……」

「嘘つくなって」

 宗一郎の言葉に古田がはっとなった。

「おまえ捻挫なんかしてないだろ。香川が見たってよ。階段すたすた歩いてんのをよ」

「遠藤も見たってよ」ニヒヒと笑いながら裕太も続く。「トイレで反対の足引きずってたって。あいちちち、だってよ」

「だからだ」宗一郎がにやりと笑った。「おまえ出ろよ」

「でもよお……」

「チーム勝たせようと思ったおまえの気持ち、キャプテンとしてありがたく受けとっとくわ。だから後半からはみさきと交替してもらう。他の誰かならなおいいが」

 ギロリと裕太を睨みつけると、裕太は鼻をほじりながら、ほへ? と言った。

「頑張ってね、古田君」

「みさきちゃん……」

「調子よさそうだったら、後半も出てくれればいいから」

 屈託なく笑いかけるみさきの顔を、古田はまともに見られなかった。

「みんな……」

「そのかわし、前半五十点も取られんなよ。いくら何でも、そんじゃかわったって意味ねえからな」

「ああ、わかってる」

 古田は半ベソ状態だった。このチームにいてよかった、などと思う。

 それをぶち壊す、みさきの声。

「頑張るのは宗一郎の方でしょ。古田君、いくら頑張ったって、宗一郎が守れなきゃ何にもならない」

「そうだよなあ。うちはキーパー、ザルだもんな」

 無責任な裕太の酷評に、宗一郎の目がすわる。

「最近おまえがボールに触ってんの見たことねえぞ。試合中どこ行ってんだ」

「あいやあ……」痛いところだらけ。

 何はともあれ、ゲームは開始された。





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