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みさき  作者: DirtyTom
5/12

act.4 似合うかな

 


 ベッドの上で寝転んで、宗一郎はぼんやりと考えていた。

 みさきのことである。

 幼い頃からのつきあいだった。

 四軒隣の家。

 昔から年上の人間に妙に人気があり、あまり同級生達とつるんでいるのを見たことはなかった。

 遊び仲間の中では一番年下のくせにやけに生意気で、すぐに宗一郎のことを馬鹿にする。何かというと近寄って来て、ちゃちゃをいれたがる。つかみどころのない性格の上、負けず嫌いで、一緒に遊んでいても年上の仲間達と対等に扱わないと悔しそうな顔をした。

 それでも涙を見せたことはなかった。

 サッカーは宗一郎が教えた。

 いつもは生意気なみさきが、サッカーをする時だけは素直な態度になり、宗一郎の話に嬉しそうに耳を傾けたのだ。遊び友達の中で一番サッカーが上手だった宗一郎のことを、特別な存在として見ていたのかもしれなかった。

 それがいつの間にか、立場が逆転してしまった。

 フィールドプレーヤーとしての伸び悩みに限界を感じ、GKに転向しても宗一郎は泣かず飛ばずだった。

 対してみさきの方は、小学校中学年時に鮮烈にデビューして以来、将来性有望な女子サッカー選手として周囲の期待を一身に背負い続けてきたのである。

『あいつ、覚えてるのか……』

 ずっと前に交わした約束を、宗一郎は複雑な心境で思い返していた。かつて熱っぽく宗一郎が語り、それに瞳を輝かせて聞き入っていたみさきとの約束を。

 その偉大なる計画と現実とのあまりのギャップのひどさに、宗一郎は頭を抱え込んだ。

 身体を横に向ける。

 ひどく気にかかっていた。

 みさきを傷つけてしまったことを。

 何やら玄関が騒がしかったが、今の宗一郎にとってはどうでもいいことだった。

 こんなことは初めてだった。みさきにしても別に悪気があってしたことではない。もともとがそういうキャラクターなのだから。結果、どうしても悪意が見えてしまうのだが。

 謝った方がいいのだろうか、などと、珍しく気弱になっていた。

「宗一郎」

 宗一郎の思考を中断させる声。

 母親だった。

「みさきちゃんだよ」

「!」ベッドからとび起きるや、宗一郎が一目散に玄関へ向かって走って行く。

 言い訳を考えていた。

 が、どう謝ったものかと思案していた宗一郎の頭の中は、玄関先に立つみさきの姿を見てすっかり吹き飛ばされてしまった。

「!」あまりのショックに言葉も出てこない。「ど、ど、ど、どうしたんだ、おまえ……」

「へっへぇ~」さらさらの髪を撫でて、照れ臭そうにみさきが笑う。「似合うかな」

 背中まであった細くしなやかな髪が、ショートカットに変わっていた。

 その顔立ちとあいまって、さながら少年のようである。

「何やってんだ、おまえ!」

 宗一郎がようやく声を弾き出すと、少し照れたようにみさきが補足し始めた。

「うん。思いきって切ってみた。前からうっとうしかったんだ。サッカーやるのに邪魔だったし。サッパリしたでしょ」

「しすぎだろうが!」

 驚きすぎて、宗一郎は瞬きすら忘れてしまっていた。

 ぱっと見た瞬間、まるで別人のように見えた。みさきに弟がいたのかと、馬鹿なことまで考えるほどに。

 その声を聞けば、間違いなくみさき本人であることを認めるしかなかった。

「これだと男の子に見えない? 我ながら男前な顔してるなとは思ってたけど、こんなにハマッちゃうとは思わなかったな。ちょっとショックだ」

 ぽりぽりとこめかみをかく。無意識にほんのさっきまであった髪を手で探るような仕草になっていた。

 言葉もなく立ちつくすのみの宗一郎。

 ふいにみさきが神妙な顔つきになった。何となくバツが悪そうだった。

「さっき、ごめん。一応反省はしてるんだよ。ちょっとナマイキだったかなって。あたし自分のことしか考えてなかったもん。古田君とか、出たくても出られないのに、あれはなかったかなって。宗一郎の言いたいこともわかってる。でもホントに悔しかったんだ。なんだかみんな、試合する前から諦めてて。ひょっとしたらなんとかなるかもしれないのに、やる前から諦めてたら絶対勝てっこないもん」

「ああ、あれな」宗一郎もばつが悪そうに後頭部をかいた。「俺もそう思う。俺らの一番悪いところだ。本当は負けたくないけどよ、古田いなくなったら、俺らあとホント、カスばっかだもんな。そう考えたら、なんかやんなっちまってよ。おまえの言ってることも正しいなって思うけど、なんか、あまりにも当たりすぎててな。ついカッとなっちまって。うん……。みさき、さっき悪かった。俺、言いすぎた」

 素直に宗一郎が謝る。心からの謝罪だった。

 するとみさきが嬉しそうに笑った。

「よし、わかってるんならいい」

 目がかすかに赤い。涙の跡だった。

「そんならもう、あたし何も言うことない。みんなの前だと言いにくかったけど、恥ずかしいから言わなかったけど、宗一郎のキーパー、結構できてると思うよ。他の人達があんまりカバー出来ないから目立っちゃうけど、GKとしてだけなら、宗一郎、帝凌中にだって十分通用すると思う」

「ばーろ、やめろ。おまえにそんなこと言われると、痒くなってくるだろーが」

「うん。でもそれ言っとこうと思って来たんだ。もういい。……帰るね」

「へ?」怪訝そうに宗一郎が顔を向ける。「そんだけか」

 みさきが頷く。

「本当はベンチでアドバイスぐらい出来るかなって思ってたんだけど、やっぱやめとく。あんまりでしゃばって、これ以上みんなに嫌われたくないし。それに宗一郎達だって、ちゃんとわかってるみたいだから」ふと目線をずらした。何かを我慢している。「試合頑張ってね。応援してるから」

 明るく笑いかけたショートカットがまだよくなじんでいない。

 奥歯にものを詰めたように言葉を飲み込んで、みさきが背中を向けた。

 玄関から出ようとするところを、宗一郎が呼び止めた。

「みさき」

 みさきがまた振り返る。何の期待もみせずに。

「ちょっと待て」しばらく考える素振りをしてから、宗一郎が顔を上げてニヤリと笑った。「よし、決めたぞ」

「?」


「お、いい選手が入ったな」

 ゴール前の浮き玉を頭でちょこんとつめた華奢な少年を眺め、サッカーのサの字も知らない顧問教諭、二村は満足げに不精髭を撫でた。

「これなら帝凌中相手でも、二十点くらいには押さえられるかもしれんな」

 見る目だけはそこそこ確かである。

「うーっしゃー!」

 ゴールゲットし、両手をぐるぐると回して喜び駆ける少年を見て、教諭が顔をしかめた。

「……なんだか、女みたいな声だな」

「あいつまだ、声変わりしてないんすよ」

 そばにいた古田が慌ててフォローする。

「一年生か」

「はい」

「それにしても、あんな奴うちにいたか」

「い、いましたよ」引きつりながら古田。「本当はバスケ部の奴なんですけど、この大会のために仮入部させたんです。なんでも小学校の時、少年サッカーでかなり活躍したそうで、永谷のホマレちゃんって呼ばれてたそうですよ」

「ホマレちゃん?」

「ホマレくん! ホマレくん!」苦しそうだった。「……あぶな」

「ほお。……ホマレ君? ん?」腑に落ちない様子で二村が続ける。「で、当然FWで使うんだろうな」

「いえ」古田が否定した。「スイーパーです」

「スイーパー?」

「ええ、ゴールキーパーの前のポジション。一応、俺のかわりなんで」

 遠くで華麗に躍り上がるみさきと、ぶざまにつぶれ落ちる宗一郎の姿がワンフレームに映し出された。

 絶妙のタイミングでみさきのボレーシュートが決まったところだった。

「やりー!」

「てめ、騒ぐな、バレる!」

「ばれる?」不思議そうに二村。「何がばれるんだ?」

「バテるの間違いじゃないすか」つけはすべて矢面の古田にまわってくる。

「しかしな」残念そうに二村が言った。「もったいなくないか、DFじゃあ」

「そうですね……」

 古田も納得はしていなかった。

 すべて宗一郎が決めたことである。

 二村と古田は心配そうに二人の姿を見守っていた。

「宗一郎、へたっぴー」

「おま! 先輩って呼べって言ってんだろ!」

 試合まであと二日。

 キックオフを待つ選手達の気持ちは、いやが上にも高まっていく。

 それを苦痛と受け止めるものには勝利を手にする資格はない。

 わずかな期待に胸をふくらませながら、それでもみな不安を隠しきれない様子だった。

 一人の選手を除いて。

 あとはホイッスルが鳴るのを待つだけだった。





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