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みさき  作者: DirtyTom
2/12

act.1 やばいことになった

 


「うらー、何やってんだぁ!」

 試合は相手チームの一方的な展開だった。九対〇と表示されたスコアボード。得点差は、そのまま互いのチーム状態を反映する。

 覇気があるのは、ゴールキーパーだけだった。

「おい、そっちそっち、どこ見てんだ、バカ。十一番、マークは。おい、バカ、早く戻れ」

 自軍のパスはいとも簡単にカットされ、相手チームの逆襲が始まる。

 敵ながら見事な攻撃力とチームワークだと、GKは感心していた。

 せめて彼らの半分だけでも、こいつらに気力があれば……

 ふとそんな考えが頭をかすめ、彼は苦笑する。今はそれどころではないのだ。

 負け続けの彼らにとっても、たとえ相手が市内一の強豪だろうが、十対〇は記録だった。

 恥の上塗りはさけたい。

「らー! どけどけどけー!」

 状況判断もままならず、うろたえるディフェンダーを突き飛ばして、GKが飛び出して行った。

 左手のタッチラインすれすれから、絶妙のセンタリングが上がってくる。

 周囲よりも頭一つ抜け出た長身のキーパーは、相手FWがそれに頭を合わせる前に、見事に白と黒の入り混じったボールをキャッチした。……はずだった。

 彼の大きな両手のひらがガッシリとボールをつかみ取る瞬間、それが反対方向から走り込んで来た一人の選手によって阻まれたのだ。

 ボールをクリアしようと、わき目もふらずに飛び込んで来た、味方DFによって。

「バカ、何しやがる」

「わっ、宗一郎」

「わ、じゃねえ、どけ!」

「お、お、おっ」

「あ!」

 沸き起こる歓声。

 こぼれ玉を相手選手が押し込んだのだ。

 それはタイムアップを告げる長い笛の音によって、いっそう大きくなった。

「新記録だな」

「……」

 味方の心ない一言に、GKの少年が呆然と立ちつくす。

 爽やかな風が吹く絶好のサッカーびより、市立向ヶ丘中学校サッカー部は失点記録とともに連敗記録を更新した。


「あー、いたいた。またこんなところに」

 くったくのない陽気な少女の声に、集団の中で一番大柄な少年が振り向いた。目下連敗街道驀進中のサッカー部GK、浅見宗一郎である。その目つきは評判ともども悪い。

「よお、みさきちゃん」

 一人が少女を出迎えて言う。

 すると、その少女、みさきは嬉しそうに笑いかけた。

「こんちは、裕太君。もう、すぐこんなところにかたまるんだから。みんな不健康だねえ。ヤンキーだから仕方ないか」

 茶色がかったさらさらの髪が陽射しを浴びてキラキラと光って見えた。笑うとやや口が大きく、明るい印象を見る者に与える健康優良児だった。

「仕方ねえな、ヤンキーだから、俺ら」

 顔を見合わせて全員が笑った。

 宗一郎を除いて。

「宗一郎、また負けたってぇー!」

 不機嫌そうな宗一郎にもまったく臆する様子もなく、あっけらかんとみさきが言い放った。

「ああん!」

 宗一郎がみさきを睨みつける。しかしそれは何の役にも立たない。

「ばっかみたい。何カッコつけてんのよ。十点も取られて負けたくせに」

「ははっ、あいかわらずみさきちゃんは厳しいねえ」

 宗一郎の向かい側にいたトサカ頭の少年、裕太が笑った。

「けっ。たかだか十点取られたくらいでよ」

「野球に換算すると三十点くらいになるらしいな」

 あっけらかんとそう言った裕太を、宗一郎がギロリと睨みつけた。

 昼休み、体育館の裏で宗一郎と数人の友人達が、教育上好ましくない座り方をして、談義にふけっていた。内容はと言えば、女の話、嫌いな先生の悪口、ケンカの予定などなどで、宗一郎を除く全員がタバコをふかしていた。

 その中で一人だけ、宗一郎は菓子パンをほおばり、パック牛乳をグビグビやっている。食後の一服ならぬ、食後のもう一食だった。

 校内に睨みをきかせているこわもての輩もまじっており、平均的な一般生徒ならば、あまり立ち寄らないような場所だった。

 それでもこのみさきという少女は、何のためらいもなく顔を出し、すっかり溶け込んでしまう。よほど慣れているらしかった。

「みさきちゃんもやる?」

 タバコの箱を差し上げて別の一人が言うや、瞳を輝かせてみさきが身を乗り出す。

「やるやる」

「バカ野郎、てめえぶっ叩くぞ」

 怒鳴りつける宗一郎に、口をとがらせてみさきが振り返った。

「なんで、一本くらいいいじゃない」

「吸ったこともねえくせによ」

「自分だってそうじゃない」

「けっ」しかつめらしく宗一郎が横を向き、一息に牛乳を飲み干した。「げっぷー」

「何よ、ばっかみたい」呆れたようにみさき。「不良のくせに健康ばっか気にしちゃって」

「不良のくせにとはなんだ!」

「本当のことじゃないの」

「うんだぁ! てめえはったおすぞ」

「はったおせばあ。あたしより足遅いくせに、つかまえられるの?」

「……。けっ、てめえなんか相手にしてらんねえ」

「あっ、逃げた。すぐそうやって諦める。そんなことだから勝てないのよ。まあ宗一郎がキャプテンやってるようなチームじゃ、勝てなくて当たり前だけどね。あはははは!」

「返す言葉がねえな」

「……」

 裕太にぶすりと言われて宗一郎が絶句する。

 二人が顔を見合わせた。

「おまえ副キャプテンだろうが」

「うん」

「うんじゃねえだろ。いったい何試合点取ってねえんだ」

「こないだで、ちょうど十試合だな。その前までは十三試合取ってねえんだぜ。まだまだだいじょぶだな」

「何が大丈夫なんだ、こら。点取れねえの自慢するエースがどこにいんだ、てめえ」

「おまえこそ何点取られりゃ気がすむんだって。新記録までつくっちゃってよお」

「しょうがないよ。宗一郎才能ないんだもん」

「だーあああってろ、てめえは!」

 少しも悪びれた様子のないみさきに、宗一郎が怒りのリズムを狂わされる。まあ、いつものことだが。

「おまえなあ、いつも言ってんだろうが。学校じゃ俺のこと呼び捨てにすんなって。ちゃんと浅見先輩って呼べ、ばあろお」

「何よお、別にいいじゃない。みんな知ってるんだし。だいたいなんであたしが宗一郎のこと、先輩だなんて言わなきゃいけないのよ。お世話にもなってないのに。笑っちゃう、ホントに、あははははははー!」大爆笑!

「……」

「こんなのと幼なじみだったあたしの方が百倍かわいそうだよ」

「おまえなあ」ニコニコと裕太のタバコを受け取ろうとしたみさきから、宗一郎がそれを奪い取った。「こんなとこ来るんじゃねえの。先生に誤解されんぞ」

「なんで?」

「なんでってな……」

「みさきちゃん、俺らと違って頭いいんだからさ」

 裕太が口を出した。

 それにみさきが反論する。

「そんなの関係ない、ない。そりゃ宗一郎よりはいいけど。百倍くらい」

「おまえなあ」宗一郎がむっとなった。「その性格の悪さはすでに代表クラスだぞ。その前におまえは性格がレッドカードだ。退場だ、退場、ほれ」しっしっ。

「あら失礼しちゃう。あたしはいつだってフェアプレー賞なのに。宗一郎みたいに卑怯な手を使わなくたって、十分通用するもん」

「だよな」裕太が頷いて言った。「みさきちゃん、中二にしてもう、朝日丘レディースのエースストライカーだもんな」

 朝日丘レディースとは地元のアマチュア女子サッカーチームの名称で、トップリーグほどではないものの、地域リーグの中ではかなりの勝率を誇っていた。それというのも、中学入学と同時にみさきがチームに加入したからに他ならなかったのだが。

 キャリアの豊富な高校生や大学生がチームの多数を占める中で、中学生のみさきがエースナンバーをつけることは快挙とも言えた。

「五点だっけ、この前の試合」

「違う。六点」

「ほえ~」裕太が驚きの声をあげる。「ダブル・ハットかよ」

「へへへえ」

「うちにもこんな選手がいりゃあなあ、宗一郎」

「エースのてめえがそんなこと言ってっから、勝てねえんだよ」

「こら、人のせいにすんじゃねえの」

「ね。今度の試合、あたし出てあげよっか」

 みさきの何げない一言に、そこにいた全員の動きが止まった。

 思わず、みさきに視線が集中する。宗一郎などは菓子パンを口にくわえたままだ。

 そんなことなどまるで気にする様子もなく、みさきは全員の顔をニコニコと見まわした。

「そりゃ、ありがたいけど……」

 心のこもっていない裕太のセリフ。

 するとさらに嬉しそうにみさきが笑った。

「でしょ、でしょ」

「あははは……」

 引きつった裕太の笑いの後、ようやくつかえていたパンを飲み込んで、宗一郎がみさきを怒鳴りつけた。

「バッカ野郎! てめえ何言ってやんだあ」

「はん?」

「はんじゃねえ。てめ、いっつもいっつも、そんなことばっか、言ってやがって、ふざけんのもいい加減にしろ、バーロー」

「何よお」

 不服そうに口もとを歪ませて、みさきが宗一郎の顔を見上げた。

「るっせ。あんまなめてんなよ。てめ、俺と知り合いだから、こいつらよくしてくれてんの忘れんな。でなきゃてめえなんか、誰も相手にしてくんねえぞ」

「そうでもねえよな」

 隣の少年と顔を見合わせて裕太がぼそりと言う。

「どっちかっつうと、宗一郎の方がバーターだよな」

「そりゃど真ん中だろ、おまえ」

「バーターたあ、どういう意味だ!」

 キッとなって振り返った宗一郎を、裕太が極めて普通に出迎えた。

「おまけってことだろ」

「そんなこた、わかってる!」

「だったら聞くなよ」

「だあ、もう!」

「宗一郎、熱でもあるんじゃないの。あ、そうか!」ぽんと手を叩いて、嬉しそうにみさきが笑った。「シュート頭で受けすぎて、脳ミソがいい感じにふにゃふにゃになっちゃったんだね」

「おおお!」裕太が大袈裟に頷いてみせた。「ありえるからこわい」

「でしょ、でしょ?」

「うおー!」突然もの凄い勢いで宗一郎が立ち上がった。「黙れ、黙れ、黙れ! てめえとなんか、もうつきあってらんねえ。次は数学か、あいたたた、頭が頭痛で激痛だ、急いで保健室へレッツラゴーだ!」

 そう言うや、クルリと背中を向けて、宗一郎は去って行った。

 残された者達はあぜんとなって、その後ろ姿を見守り続けていた。

 やがて呆れたようにみさきが声を発した。

「何、あれ」ひょいと裕太のタバコを奪い取って一息吸う。すぐにけほけほとむせて、みさきは裕太にそれを突き返した。「げえ。裕太君、やっぱりこんなのやんない方がいいよ」

「そお?」

「うん……」


 放課後、部活動のために練習場に向かう宗一郎を、一人の教師が呼び止めた。

「浅見」

 宗一郎が振り返る。

 サッカー部顧問、二村教諭だった。

「先生」

「対戦相手が決まったぞ。やばいことになった」

「……」

 その表情には希望のかけらすら見当たらなかった。





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