変わる
クラス替えの季節がやってきた。
朝礼が終わると、新しいクラスが掲示板に貼り出され、それを確認した者から帰宅していい。掲示板は正門の近くだ。ガヤガヤと賑わっている。
自分の名前を見つけるのは簡単だ。一年のクラス順に掲示されている。
視力が悪くないことが幸いだ。俺は人だかりから離れて、掲示板を見上げる。
『A』クラス。
なんとも覚えやすい。
自分のクラスを確認してから、何を期待してか、俺は別の名前を探している。その名前は……。
「浅河~」
俺の気持ちは重くなる。これは、海野の声だ。
「いやぁ~、こういうこともあるんだねぇ。また一年、よろしくなっ」
丁寧にお断りしたい。
「ん? 俺と同じA組だろ」
海野をシカトして掲示板を見ていたら、つっこまれてしまった。
背後から俺の肩に回った、海野の腕。……これ以上は、探せないか。
「いや、また一年同じクラスだと思うと、変わってほしいなと思って」
「まったく~、素直じゃないんだからぁ」
こっちがまったくと言いたいところだ。そのテンションはどうにかならないのか。
結局、海野と帰ることになった。
一年前、高校の入学の時に親父が買って来た靴を今日は履いて来た。何を俺が期待していたか、言葉で明確にしなくても、わかってしまう。
奇跡が起きればいいと思った。
そんな事を思うなんて、俺らしくない。
翌朝、俺は珍しく遅くに登校した。
明日から、朝練だ。
「おお、浅河。遅かったな。おはよう」
相変わらず、海野は周囲に馴染むのが早い。もう知らない数人と話していた。
人見知りの俺とは、大違いだ。
「おはよう……」
海野は友人に困るような質じゃないから、そうして他と話していたらいいのに。
「なぁ、今年は担任、女だぜ!」
「あ~……そう」
「なんだよ~、楽しみじゃんかぁ……」
海野の話すターゲットが俺になり、一年の時と同じような一年間をまた過ごすのかと想像する。
まぁ、海野は悪い奴じゃないのは知っているが。
煩いのが玉に瑕なんだろうなと思う。
チャイムが鳴り、海野の言っていた担任がやってきた。
海野が気にするだけあって、若い。長く、ゆるいウエーブのかかった髪。派手すぎない化粧。ふんわりとしたスカートから伸びる華奢な足。
美人な部類なのだろうが、俺の好みではない。後ろから、嬉しそうな雰囲気は感じるが。
「では、出席をとります」
担任が出席をとり始める。
「浅河くん」
「はい」
俺が初めに呼ばれるのも、次に呼ばれる名前も知っている。
「海野くん」
「は~い」
海野の嬉しそうな声に続き、どんどん名前が読み上げられていく。これから、今年一年、同じクラスのメンバーだ。
聞いた事のある名前と無い名前、聞いた事のある声と無い声が混ざって聞こえて来る。
クラスを見渡していない俺は、担任の読み上げる声に耳を傾け続けた。昨日、俺の探していた名前が呼ばれるかもしれない。
奇跡は起きているかもしれない。
そんな思いがあったのか、今日も昨日と同じ靴を履いてきていた。
それに、電車に乗ってから気がついた。
女子の声が聞こえて来て、俺は頭の中で五十音を思い浮かべる。
「高倉さん」
「はい」
『た』……か。まだだな。
担任の声を聞いているのか、海野が静かだ。助かった。
「山村さん」
「はぁい」
『や』? 次に、もしかしたら……。
「芳野さん」
『よ』……『ゆ』は飛んだ。
そうか。
そうだよな。
一学年のクラスが多い学校で、また同じクラスになれることなんて、滅多にないよな。
あれだ。
海野が稀で……いや、他にも一年と同じクラスだったメンバーは数人いたが。
彼女との接点は、もう何も無くなってしまった。




