過ぎる
時間はやみくもに過ぎていった。気が付けば夏休みも終わろうとしていた。
変わった事と言えば、合宿に行ったくらいだ。家に居ないでいいのは気が楽だったが、常に海野が近くにいるのも辛いものがあった。どうしてこいつは、こんなにもお気楽で居られるのだろうと何度も思った。……悪い奴ではないんだけど。
間もなく夏休みは終わる。宿題は……相変わらずだ。環境を変えたいと願って行動しても、俺は結局変わっていないという事の現れか。帰ったら手を付けようか。夏休み中の部活は、今日で終わる。
「なぁなぁ、夏休み直前に転校生で『浅河』って来たの知ってるか? 超可愛いって噂なんだけど」
ふいに聞こえる海野の声。ボールは淡々と俺と海野の間を通過する。
「ああ、あいつか」
本当は誰だか知らない。噂に興味は無い。海野は悪い奴ではないが、少々煩い時がある。それが俺を苛立たせる時がある。今みたいに。……だから、からかってやろうかと俺の中の悪魔が囁く。
「従兄妹だよ」
軽く投げたボールを落としたとは……動揺し過ぎだろ。
「マジで?! お前、どんだけだよ」
冗談だったのに、信じたのか。
単純だな、海野。
学校生活が始まって少し経てば試合がまた始まる。単に練習試合でも、試合に出たいと気持ちが焦る。……信じろ。いつかチャンスは巡ってくる。
今までベンチに入ったのは二回。単に補欠だし、出番が回ってこない事は、見当が付いていた。だけど、多少なりとも期待していなかったと言えば嘘になる。俺は、監督の采配を信じてベンチに座りながらも、願っていた。
過ぎていった時間は、試合の後はただ空しかった。
帰宅後、机に座ったが宿題ははかどらなかった。帰宅中の海野の声が、何度も頭の中で繰り返された。でも、何を言っていたかは覚えていない。多分、俺は悪態をついてしまっていた。……まただ。昔からの癖が出た。
結局、俺は何も変われていないのか。
夏休みが終わって、学校が再び始まる。俺が起きてきた事に母さんは驚いていた。無言で朝食を摂ると、
「行って来ます」
とだけ言った。あの靴は、家に置き去りにした。
電車を乗り換える。窓辺に立って、景色を眺める。通り過ぎていく風景が、今の俺には妙に空しく映る。
あれから海野は連絡をよこさなかった。教室で顔を合わせても、何も話さないかもしれない。
学校に近づいていく道のりが重い。空は雲ひとつなく、暑くて嫌になるくらいなのに。
電車を降りて、通学路を歩く。友人同士で歩く奴らの中を、俺は黙々と歩く。……別に、何も。
「あ~さっかわっ」
背後から聞こえたこの声は。
「よぉ、久し振り……ってホドでもないか」
海野。
「ん? どうした?」
バカだ。
「お前……寝癖」
「はぁ? だからって、人を見て笑うなっ」
変な奴。
「朝、鏡くらい見て来いよ」
ふと、前を歩く足が軽くなった。後ろでまた、海野の騒がしい声がする。こんな事で笑えてしまうなんて、俺、可笑しくなったかもしれない。




