意識する
海野は単に席順で『後ろの席の奴』というだけの存在だ。過疎化……小、中と馴染みの顔で育って来た俺からすれば、意識しない言葉でも無い。
わざわざ一時間に二、三回程度の電車に乗ってこの高校に行こうと思ったのは、そんな環境からの脱却をしたかったからだった。大きな市に出れば、少しは世界が変わると思っていた。
海野は馴染みの顔では無い。クラスの殆どが知らない顔だ。こんな事は学校生活が始まってから初めてで。『ああ、少しは世界を変える事が出来たんだ』と、この高校に来て良かったと思っていた。
あの女子にしてもそうだ。高校に来てから知った顔。数人だけいる顔馴染みの女子に囲まれた中で、一ヶ所だけが明るく見えて。……こんな事は初めてだ。
「部活、決めたか?」
海野の声だ。こいつに話しかけられると長いんだよな。まぁ、自分からは初対面で話しかけられない俺にとってはありがたい面もあるけど。
「いや」
「俺も。でも、そろそろ決めないとヤバイよな」
何だかこいつ、楽しそうだな。……もう、そんな時期か。
「入りたい部活なんか、無いんだけどな~」
そういう風には俺には伝わっていないけどな、海野。俺には『何に入ろうかな~』と幾つか候補があるように聞こえるぞ。
そういえば、入りたかった部活が小、中は無かったな。選べるほど部活がある今は……あの部活がそういえばあるのか。
「俺、野球部入ろっかな」
「ええ~? お前、中学の時はサッカー部だったんじゃなかったのか」
海野はイイ奴なのか、単にうるさいだけなのか……たまにわからなくなる。
「無かったんだよ」
「は?」
何回も言わせるな。
「サッカー部くらいしか、中学の頃は無かったって言ってんだよ」
で。
どうして隣に海野まで居るんだ。
「俺も野球部に入る~」
「はぁ?」
「だって、お前。前に言ってたじゃん。『野球の方が走りっぱなしのサッカーより楽だ』って。そう思うと、バスケとかも疲れそうだしな。でも、文化部より運動部の方がモテそうじゃん」
弾んだ声で、思いっきり不純な事を言ってやがる。
「勝手にしろ」
「って! 俺も入部届書くから、俺にもよこせよ」
『よこせ』という割には『強奪』したな、海野。しかも、俺の書こうとしていた紙を。
「席は席替えで離れられるけど……」
「何か言ったか? 浅河」
聞こえてただろ。
「別に」
「じゃぁ、部活でもよろしくな~」
職員室に入部届を出しに行った後も、海野は俺について来ていた。結局、学校から帰りの電車の中までこいつは俺の隣にいた。
懐っこい笑顔で手を振る海野をホームに残して、動き出した電車に俺は内心ほっとした。
(やっと解放された)
あのテンションはどこから来るんだか。……羨ましくは無いが。
(いつまで……この靴、履いて行こうか)
あの子の声がどうしても離れない。あれから一人でいると、自然と視線が靴にいく。
また、話し掛けられたいというより……単に話したいと思っている。麻利香の事を、誤解していないかと変に心配している俺が居る。
(この靴がキッカケで、また彼女と話せたら……)
女子との会話ってそもそも、何を話すんだろう。もし付き合うとかなれば一緒に帰ったり、手を繋いだり……って、いうか俺。女子と一緒に帰るなんて、一気に飛躍している。夢見過ぎだ。
そもそも、あの子の名前はなんだっけ。




