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一日二日一話

13/12/09 男女の友情(仮)

作者: 熊と塩

 アァ? なんて聞き返し方もこいつの悪い癖だ。

「それな。あとそのストロー噛むのも何とかしろよ。バカっぽいわガキっぽいわ」

「え、何、いきなりダメ出し?」

 グニャグニャに潰れたストローを直しながら、桑山は眉間に皺を寄せた。

 始めたのはそっちだ。

「お前に言われたくねーって話だよ。お前だってモテねーだろうが。彼氏居ない歴イコール年齢だろって」

「アァ? とんだ言い掛かりだし」

 しかしこれといった反論も無く、かわりにフライドポテトを口にする。

 土曜の昼に若い男女がファストフード店で軽い口論。他の客からはカップルに見えるだろうか。まさか。付き合ってると思い込んだ知り合いは居たが。まさか。友達以上恋人未満じゃないのかと言い出すヤツも居るけど。まさか。

 電子工学科に女子なんて極少数で、内一人がたまたま同じ研究室になった。それが桑山だ。それだけだ。で、俺としてはボソボソ聞き取り難い声で喋る男連中と居るより楽だから、こうして飯を一緒にしてダベってるだけなのだし、たぶんきっと桑山の方も以下同文。その程度の関係だ。

 付き合ってるとかとんでもない。付き合うとか有り得ない。

 『女友達』と言うより『男じゃない友達』だ。そもそもから理工学系の女だもの。華も色もあったモンじゃない。幸いにも自分が利口だと思い込んでいるタチの悪い女ではないだけ話は出来るものの、いわゆる女らしさみたいなものとは程遠い。お世辞が言えないどころかいちいち癪に障る物言いを平気でするし、こっちがシモネタかましたって恥じらうどころか寧ろ乗ってくる。

 加えてノーメイク髪型めちゃくちゃと残念な点を挙げればキリがないが、一番問題なのは服装だ。

 地味な上にレパートリーが少ない。Tシャツに男物のパーカーだの、ジーンズだのカーゴパンツだの。『カワイイ』でもなければ『カッコイイ』ですらない何かだ。

「せめてスカートぐらい穿いてみろっての。だから彼氏できねーんだよ」

「嫌だね。お尻スカスカして居心地悪いもん。トイレもしにくいしさ。色々気ィ遣う事多すぎ。そもそも」

 彼氏なんかいらないし。桑山は窓の外に視線を遣りながら言った。

「いらねーの?」

「めんどくさいじゃん。毎日電話だのメールだの、いついつデートしてどこ行こう何食べよう。エッチはホテルかお家かーとか馬鹿みたいに話し合ってさ。マジかったるい」

「夢ねーな」

「夢見てる方がおかしいんじゃないの。だから実際、あんただって今彼女居ないんでしょ。別れてんじゃん。現実見たらそうなったんでしょ」

 まあ、そうだ。

 恋人を作る努力の後は、関係を持続させる努力になってくる。時にはカンフル剤を打ち時には安静に様子を見る、しかも相手の顔色を読みながら、延命させる懸命な努力が要る。友達であればテキトーに付き合っていても何とかなるものが、彼氏彼女となるとそうもいかない。

 確かに面倒で、面倒くさがっていたからフラれたのだ。

「別に、変な期待してないし。期待する歳でもないし」

 どうせロクな男居ないし──そう言って、またストローを噛んだ。

 何となく言い出しにくい雰囲気にされてしまった。話題を逸らそうとした俺の失敗かも知れないが。しかし黙っておくような事でもない。言わないで済ますのも不義理という気がする。

 だから、ハンバーガーの包みを開きながら何気なさを装って俺は言った。

「まあ、俺は彼女できたんだけどね」

 桑山の顔がサッと俺に向く。

「ウソ」

「ウソ吐く意味ねーだろバカ」

「え、誰? どこで知り合ったの?」

「バイトの後輩。今19だから2コ下か」

 はぁん、と感心したのか小馬鹿にしたのか解らない反応をする。それでわざとらしく椅子にもたれて、乱暴にポテトを引っ掴んだ。

「見る目ないね」

「そーな。ねーな」

 桑山の言う通り、俺も最初はからかっているのかと思った。こんなオタクを捕まえて、良ければお付き合いしませんか、はないだろうと思った。が、彼女は真剣だった。

 けれど、桑山の言いように少しイラッときたから仕返しだ。

「俺もビックリした。可愛い子だからさ。背もちっちゃいし細いし、化粧もしっかりしてるし。目はパッチリしてるし睫毛なんかこんな長いんだぜ。女の子っぽい格好してるし。お前とは真逆の存在だわ」

 どういう感情を煽りたいのか自分でも解らない。怒るかふて腐れるか、そういう反応が希望だ。でないと──

 でないと何だ。

「へえ、そう」

 ところが桑山の反応は淡泊なものだった。冷めてふやけたポテトを頬に詰め込んで、もさもさやっている。

 嫉妬くらいしたらどうだ。そう思った。

 何に? もちろん、先を越した俺にだ。


 昼に続いて夕食もまたハンバーガーチェーンになってしまったが、それは口にしない方がいい。バイト学生の身分に相応しいお粗末な初デートだけれども、気分は大事にしたいのだ。

 しかし、2歳の違いはこんなにも大きいのかと驚いている。いや環境の違いなのか。

 店に入るまでは照れ臭そうに俯き加減だった彼女が、席に座って落ち着いた途端に口が止まる事を知らなくなった。家族の事やら友達の事やら学校での出来事やら、あれやこれやが数珠つなぎに飛び出てくる。そんなに喋る子だという印象ではなかったのだけれど。これまではコンビニのバックヤードだったから本領が発揮できなかったのか、はたまた告白できずにいるもどかしさのせいだったのか。

 とにかく俺は圧倒されてしまって、相槌を打つばかりだった。

 あ──とようやく気付いて、彼女は肩を縮めて苦笑した。

「すみません。自分の事ばっかり喋っちゃって。退屈ですよね」

 付き合い始めたからって敬語をすぐにはやめられないようだ。呼び方もまだ『先輩』のまま。そういう初々しさも可愛らしくはある。

「そんな事ないよ」

「あの……良かったら先輩のお話も聞きたいです」

 俺のお話か。それは、困る。

 話す事がない。共通点が少ないのだ。彼女は違う大学で言語学専攻、理系と文系の壁は厚くうずたかいし、かと言ってバイトの話をしては愚痴っぽくなるのを避けられない。これといった趣味もない。研究内容なんてそれこそ退屈だ。家族については実家の弟がウザいくらいで、特に友達の話題も。

 友達と言ったら桑山くらいか。

 あの。彼女は俺を上目遣いに見ながら言った。

「わたしの事、好きですか」

「え」

 唐突。急に店の中が静まり返った気がした。

「よく気持ちも確かめないで勢い任せに告白なんかしちゃったから、それでその、先輩困ってるのかなって」

「困ってなんかないよ。そりゃ、嬉しかったよ」

「好きだからですか?」

 居合い一閃、逆袈裟にズバリ。困る。

 可愛い子に言い寄られたから嬉しかった。こんな俺でも好きになる女が居ると知って嬉しかった。たぶんそんなところだ。基本的に可愛い女の子は好きだけれども、ヤる事も好きだけれども、それは君の言う『好き』とは全く違う種類のものだ。

 当然そんな風には言えない。答えられなかった。

「ホント、ごめんなさい。自分一人で舞い上がっちゃって。みっともないですよね」

 俯いて萎縮して、小さい体がテーブルの下に入ってしまいそうな勢いだ。

 結局、その場で好きだと言えなかった。嘘でも何でも言っておけば良かったかも知れない。そうすれば、どうせ見抜いていたって、表面上は明るく誤魔化して取り繕って何事もなかったかのようにしてくれただろうに。

 これから好きになっていきたいとか、まだお互いの事をよく解っていないからだとか、色々言ったものの以後ほとんど会話がなくなったままその日は別れた。当たり前だが、家やホテルに連れ込む流れにはならなかった。

 一人になった後で思い返して俺は、めんどくせえな、と思ってしまった。


 ツッコミ待ち。桑山の態度はまさにそれだ。

 いつもの店のいつもの席で、窓際にもたれ掛かりテーブルの外へ脚を投げ出している。その脚について何か言ってみろと言いたいのだろう。

 肌が見えている。見慣れたくたびれスニーカーの足首から、脛を通って膝、更に上って太腿まで不健康そうな青白い生足が見えている。

「……なんつー格好してんだよお前」

 ショートパンツなんか穿いていやがる。それも真新しいデニム生地の。その癖上半身は普段通りの袖が伸びたパーカーなのだから、不格好だ。果てしなく、格好悪い。

 『目に毒』とは言うが、本当にただの毒である希なケースだろう。今日一日、研究室の連中は視線を下に落として無駄口を叩かなかったし、俺も気になって仕方がないのに言い出せなかった、そんな異様さだ。尋常ではない。

「別に。悪い? 昨日スカートくらい穿けとか言ったの誰だっけ」

「スカートが嫌だからってショーパンかよ。あのな、露出しろって意味じゃねーから。完ッ全に間違えてるからな、それ」

 極端すぎる。

 桑山は脚を引っ込めて、今さっきかじったポテトを指で弾き飛ばしてきた。

「アァ? ふざけろ。ひとの努力を全否定すんなタコ」

「食いモンで遊ぶなタコ。それはアレか。対抗して彼氏作ろうってソレか?」

「そうだよ」

 そうだよって。

 そうだよって、なんだよ。それは嫉妬してるのか。

 何に? 俺に? 彼女に?

 彼女を作った俺に? 俺と付き合ってる彼女に?

 まさか。

「それで。初デートはどうだった?」

「あ……ああ、別に。フツーだよ」

「はぁん」

 そして窓の外を見て、ストローを噛む。

 何、気にしてるんだよ。

 彼女ができたと知った途端に突っかかりやがって。その日の内にわざわざ服なんか買いに行きやがって。しかも色々間違えやがって。

 意味深な言動をしやがって。こんなに勘繰らせやがって。

 面倒くさい。女らしさもない癖に。女らしさを履き違えてる癖に。

 ちょっと女らしいと思ってしまった。

 桑山が口をすぼめると、潰れたストローがズコズコと音を立てた。

 いやガキっぽいだけか。

一日二日一話・第二話。

「ショートパンツ」のお題をくれたここあ氏に感謝を。

(またお前か)


一日二日に一話上げるはずが二回目からオーバーしました。よって次回以降は「一日二日あるいは三日一話」になります。うそです。マジごめん。

思い付いた話をいざ書き始めたら長くなってしまいどうしたら良いのか悩みました。そういう能力をも養う作業ですね。他人事。


ところでタイトルはあんまり考えてません。だいたいいつも考えてないです。一応「(仮)」も含めて正式です。さほど考えてない。

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