序章
八月一日、自室にて、俺は親父が空港で俺に渡した白色のUSBメモリーを見つめていた。
USBには灰色の文字でHALと書かれている。
今朝、俺はオランダへ立つ親父を見送りに空港へ行った。
飛行機はテレビや写真で見たことがあった。
しかし、空港の大きな窓から見る、生れて始めての本物は、写真のそれとは別物だった。
写真からはあの大きさ、迫力、エンジン音、そして、あの巨体が地面を離れ飛んでいく不思議な感覚は伝わらない。
俺は高校一年だが、飛行機が離陸する姿を見たとき、不思議な高揚感を覚えたのだった。
しかしあの飛行機が父をオランダまで連れて行くのだということに気付いた時、その高揚感はどこかに失せ、代わりに虚無感が襲ってきたのだった。
俺にあの飛行機を追いかけることはできない、また一人ぼっちになってしまった。
そんな感情がふつふつと湧いてきたのだ。
俺は母親を四歳の時に亡くしている。
ほとんど顔も思い出せない。
親父は男手一つで俺を育ててくれた。
そして今年、仕事の都合でどうしてもオランダへ行かなければならなくなった。
何も初めてのことではない、父はこれまでも何度か海外へ出張している。
しかし今回は、いつ帰れるか分からないらしい。
父は俺に「一緒に来るか? 」と聞いてきたが、俺は日本に残ることにした。
俺には海外で新しい生活を始める勇気はなかったのだ。
そのせいで俺は日本に一人取り残されることになった。
別にひとり生活に不安はない、今までだって、父は仕事が忙しく、俺は毎晩一人で冷めた飯を食べていたのだ。
一人暮らしだからと言って、今までの生活に特に変化が起こることはないだろう。
ただ今日、飛行機の離陸を見て、父はとてつもなく遠くに行ってしまうのだなと思ったのだ。
今俺の立っている大地の続いていないところへ。
空港から家までは、電車で二時間、徒歩で三十分、俺はへとへとになりながら家へ帰った。
疲労のせいか、なんだか頭にモヤがかかったような脱力感が体を襲っていた。
今日は夕方から気温が下がり、比較的涼しかったのが唯一の救いだ。
蝉の鳴き声もどこか控え目である。
家の前まで来ると、玄関先に見覚えのある自転車が止められていた。
良太の物で間違いない。
俺の家に客が来るとしたらあいつだけだ。
良太とは中学来の友人である。
あいつは幼い時、両親に死なれ、パソコン屋を経営してる伯父さんの家で暮らしている。
境遇が似ているからだろうか、気付いた時には友達だった。
俺には良太以外に友人と呼べる奴はいない。
家の前の自転車は間違いなく良太のものだが、その良太の姿が見えない。
不思議に思いながら、玄関の鍵を開け、家の中に入る。
パンッ!
突然爆発音が鳴り、とっさにしゃがみ込むと、頭の上からカラフルな紙テープ、それと金色の紙吹雪が降りかかってくる。
「一人生活デビュー、おめでとうございまーす!」
顔をあげると、良太が発射済みのクラッカーを床に放り捨て、拍手をしていた。
「人様の家で何やってんだよお前……。」
疲労感から、まともに怒る気も起らず、力なく良太に尋ねる。
「いや~、すまん、すまん、親父さんが今日からしばらくオランダへ行くって聞いたもんで、これから一人生活を始めるお前をちょいと元気づけに来た!」
良太は腕を前で組み、仁王立ちをしながらそう言った。
普通、「元気づけに来た」という目的は、本人の前では言わず、それとなく伝えるものではないか?などと一瞬思ったが、良太はこういう奴だ。
「別にしょげてなんかねぇよ」
俺もいつもの調子で答えたが、内心、良太が来てくれたこで、先までのモヤが晴れた気がした。
良太とクラッカーの後片づけをした後、二人で俺の部屋に向かった。
俺の部屋は広いとは言えない。
というより狭い。
せいぜい六畳間程度で、部屋の突き当たりには、ノートパソコンの置かれた机、それと椅子、左側にはパイプベッド、右側には棚が置かれている。
少し太っている良太と二人で入るには窮屈であった。
良太は部屋の真中に座り込み、俺は椅子に座った。
良太は、空港はどうだった? とか、親父さんは何て言ってた? とか、いろいろ尋ねてきたが、一通り尋ね終えると、話題が尽きてしまい、部屋はしばらく沈黙に包まれた。
俺は、ふと父が俺に渡したUSBのことを思い出し、それをポケットから取り出し、眺めていた。
沈黙が何より嫌いな良太は、俺の様子を見て付け、早速話題にした。
「何だそれ?」
「親父がくれたUSBだ。」
「中身は?」
良太の発言に少し意表を突かれた。
パソコンに疎い俺には、中身を確かめるという発想がなかったのだ。
ひょっとしたら、中に父の置き手紙が入っているかもしれない。
「まだ確認してないなら、見てみようぜ、ひょっとして、俺いないほうがいいか?」
「人の家に勝手に上がり込んで、クラッカーで不意打ちした奴が、なに変な気遣ってんだよ。」
良太の気遣いに感謝しながら言う。
「じゃ、お言葉に甘えて、俺も拝見させてもらいましょう。」
良太はそう言うと、俺の左後ろからパソコンをのぞきこんだ。
俺は机の上のノートパソコンを立ち上げ、例のUSBを差し込む。
しかし、パソコンはそのUSBを認識していないようで、どこを探しても、USBの中身は見つけられない。
俺の探し方が悪いのかと思い、パソコンにはいくらか詳しい良太にバトンタッチするも、やはり見つからないようである。
「USBメモリーじゃないのかもしれん……。」
良太はそういうと、椅子から立ちあがり、あごを手でさすりながら扉のほうへ振り替える。
これは良太が物を考えるときにとる癖である。
「え?、ええええええええええええ!?」
思案に入った良太は、いきなり俺の後ろでこんなリアクションをした。
まったく、騒がしい奴だ、もう少し静かに物を考えられないのか。
と思いながら、俺も振り替える。
そして、良太とまったく同じリアクションをした。
なんと、パイプベッドの上に見知らぬ女の子が寝ていたのである。
初投稿作品なので、いろいろ至らないところ塗れかもしれませんんが、よろしくお願いします。