表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/33

宿命のひと

彼女の名前は玉木碧たまきあおい


あの同窓会のヒロインだ。


残念ながら、坂本群馬は、碧とはほとんど話せなかったので、彼女のことを何も知らない。


だが、碧のことが忘れられずにいた。できることなら、再会してゆっくり話したいと願っていたのだ。


今回は、実行委員が撮った同窓会の写真をダウンロードできるアドレスを事前に通知していた。群馬が写真を整理し、ダウンロードできるようにしてから数日後、碧から実行委員に宛てたお礼のメールが届いた。何人かから届いたのだが、碧からのそれが群馬にとっては何より嬉しいものだった。


同窓会に関する一連の苦労が一気に報われた気がしていた。全員に返事を送ったが、碧への返事はちょっとしたラブレターになっていた。


そして、まるで天がその距離を意図的に縮めているかのように、碧とのメールの遣り取りが始まったのである。


少しずつ碧のこともわかってきた。


公務員で同業の夫がいる。まだ子どもはいないらしい。


群馬はどうしても碧に逢いたくなって、飲み会を企画しダメ元で誘ってみた。


だが、意外にもOKをもらえたので、群馬は年甲斐もなく舞い上がっていた。


同級生4人の飲み会で、群馬は碧と一緒に会場へ行くことした。ちょっとしたドライブ気分である。残りのメンバーは市原清介と大久保純である。群馬は同窓会の時に清介と純と一緒に飲み会をやる約束をしていたので、それを実行したのだ。そこに碧が参加してくれたことは、本当にうれしかった。


「かんぱ~い」


楽しいひと時の幕開けである。


「清介はね、昔、純ちゃんと付き合ってたんだよ」


オアシスと名付けられたその飲み会は、そんな群馬のひとことから始まった。だが、実は、群馬には中学時代の碧の記憶がほとんど無かった。再会したひとというよりは、同窓会で初めて出逢ったひとという感覚だったのだ。


「碧ちゃんって、ほんとにキレイだよね。モテるでしょ」


群馬はちょいちょい、そんなことを言っていた。本気で美しいひとだと思っていたのだが、碧はちょっとふくれていた。その表情がまたとてもかわいらしく想えた。


楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、いつのまにか12時を回っていた。碧も少し眠そうである。


帰りの代行を呼んで、オアシスはお開きとなった。後ろの席に乗り込んだ二人の距離が少し縮まったように感じたところで、碧の実家へ到着してしまった。


すぐに群馬も家に着いたが、飲み過ぎたせいで、碧からのメールに返信もできず眠り込んでしまった。


その後、メールの頻度と群馬の愛の言葉は、ますますエスカレートしていった。


だが、常に冷静で大人の対応をしてくれた碧に救われていたのだった。


そんな中、二度目のオアシスを開くことにした。この時は碧の自宅近くで、群馬がかつて同僚と行っていた思い出の店にした。碧も一度行ってみたい店だったらしい。今回は純が参加できなかったので三人での飲み会となった。


この時は碧のことをいろいろと聞くことができた。話しづらいことも話してくれたことが嬉しかった。だが、この夜はどこかに天が放った魔物が潜んでいたのかもしれない。


話しを聞いているうちに、今まで碧のことをほったらかしにしてしまったことを本当に申し訳なく想って、群馬はかなり酔ってしまった。帰り間際のことをあまりよく覚えていなかった。清介の家からの長い道のりを歩いて帰ったらしいが、次の日、足が痛くて目が覚めた。どこかの側溝に落ちて、はく離骨折していたのだ。もしかしたら、碧がつらい時、そばにいてあげられなかった自分への自傷行為だったのかもしれない。


どうやら、碧への恋心は本気の愛へ変わったらしい。


それから数日が過ぎた。魔物は群馬に憑いてきてしまったのだろうか。ちょっとした事件が起こった。


このところ、群馬の様子がおかしいと思っていた妻のれいに携帯を見られてしまったのだ。群馬は碧にベタ惚れだったが、少なくとも碧にはまったくその気がなく、ただの友人に送る気楽なメールだった。やましいことは何もない。


だが、れいには理解してもらえなかった。今まで群馬に無関心だったれいは、一転して束縛するようになったのだ。


群馬は久しぶりに碧へメールを送った。友人へ送る他愛もないものだった。だが、その返信内容に唖然とする。


「彼とメールの遣り取りをしないで欲しい」


れいが碧へ直接メールを送っていたのだ。


群馬はそのことを碧からの返信で知った。


「もう、坂本くんとはメールの遣り取りをしないつもりです」


そして、そのメールの最後には、そう書かれていた。


群馬は状況を理解するのに時間がかかった。これからは碧とコミュニケーションができないのだ。れいに大切な友人を奪われたように思えた。その後、迷惑をかけてしまった謝罪と、友人としてこれからも変わらずに付き合って欲しいということを伝えた。


だが、碧からの返事はなかった。


それから数ヶ月後、群馬は碧がお腹の中に赤ちゃんを授かったという噂を耳にした。


自分で体力がないと言っていた碧の体調が心配だったし、事実を確かめたかったので何度かメールを送ったが、たまに帰ってくる返信はいつも同じだった。


「奥様の了解を得るまでは、お返事しません」


群馬はそんな碧を逆にますます愛しいと思うようになっていった。群馬が碧のことを忘れた日は一日もなかった。また、れいの理解を得られることもない。


同窓会から丁度一年経った。いつの間にか碧の携帯アドレスは変わっていた。だが、なんとかパソコンのアドレスへは届いたようだ。


「もう、拝見もしません」


そして、返信には一文追加されていた。


結局、この数日後、事実を知ることがないまま、群馬はある覚悟をして最後のメールを送った。


「君のご希望どおり、もう連絡しません。君にとって大切な人たちと、どうか素敵な人生を歩んでください」


これは、群馬にとって、人生で最大の覚悟だった。この世で一番逢いたいひとへ連絡すらできないのだから。同時に覚悟するという本当の意味を学んだのだ。


この一月半後、無事、碧に女の子が生まれたという確かな情報が入ってきた。


群馬は、碧に女性として出産と育児を経験して欲しいとなんとなく思っていた。だから、友人として、お祝いの言葉も伝えられなかったことはとても残念なことであった。


群馬にとって、碧との想い出は三ヶ月のメールの遣り取りと、ほとんど会話もなかった同窓会を含めても、たった三回一緒に飲んだことだけだ。


だが、それが人生のすべてだった。本当にいろいろなことを学ばせてもらった。


例えば、誰かのことを自分よりも大切だと想うこと。それが本当の利他主義であること。ひとを愛するということ。愛するひとに恋をすること。例え二度と逢うことがなくても愛し続けること。ソウルメイトの存在を感じることができたこと。人生で一番素敵な三ヶ月だったと想えたこと。大好き過ぎてつらいという意味がわかったこと。嫉妬とうまく付き合えたこと。絶対的な美しさを感じることができたこと。美しく生きること。誠実に潔く生きること。命を懸けるということ。そして何より「ホンモノ」であるということ。今まではただのテクニックであったこと。運命の人とは結果的に一緒にいた人であるということ。宿命のひととは遥かな時を超えてつながっているということ。幸せを手に入れてはいけないということ。幸せとは常に追い求めるべきものであること。幸せが手に入るのは死んだ後だということ。……。


碧との出逢いは、群馬の人生で最大のイベントだった。パラダイムもシフトした。幸せの定義すら変わってしまった。思考や心をも貫いて魂に一本の矢が刺さったような感覚だった。実際に、群馬が碧のことを忘れた日は、あの同窓会から人生の最期の日まで一日もなかったのだ。


だが、上辺では日常が戻っていた。


以前との大きな違いは、覚悟というものを経験し、根元が「ホンモノ」になったことである。


「同級生として生まれてくれてありがとう。三ヶ月も時間を共有させてもらったことに心から感謝します。君と君の家族の幸せを願っています。そして、もう逢うことがなくても、ずっとずっと愛しています」


群馬が碧に伝えたかった言葉である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ