余命宣告
2050年代初頭。
長女の美穂は、芸能活動を引退し、オモパロスアカデミアで英語を中心に語学を教えている。海外での芸能活動から自然と身についた外国人とのコミュニケーション方法なども人気の高い講座となっていた。グローバリゼーションはますます加速し、国と国の間にある敷居はどんどん低くなっている。
次女のあゆみは、外科医から独立開業し、美容整形外科医院の院長となっていた。美容整形への抵抗はうすれ、誰もが気軽に整形し、自分の人生をより楽しんでいる。整形でコンプレックスが解消され、精神的に自由になれるのなら、抵抗する理由もない。
三女の美咲は、オモパロスプロモーションの看板女優となっていた。どうなることかと心配された坂本家最後の秘密兵器は、今や世界に通用する大女優である。
また、さらに女性の立場が認められ、夫婦別性も選択できるようになっていた。坂本群馬の三人娘たちは、結婚と出産もしているが、みな坂本性を名乗っている。別に群馬が強制したわけではない。
「苗字にこだわりはないし、墓場なんかみんな好きなところに入ればいい。坂本家がひとつなくなったところで、世界が困るわけでもないのだから。ただ、せめて、君たち三人が生きてる間だけでも、ご先祖様のご供養だけは忘れないように。それと、お墓参りには、なるべく子どもたちと一緒に行きなさい」
群馬自身も、お墓参りへ行くときは、子どもたちも連れて行った。
そして、群馬は今日も教団に立っている。
「先日、このアカデミアを開校した頃の資料を整理しておりました。あの年に新入社員として入社した方々もすっかり立派になって、今では、そのうちの何名かが、このアカデミアの受講生です。
すっかり成長したみなさんとこうして再会できたことの喜びを改めて実感しております。当時の新入社員の中には、約束の三年を辛抱できずに退社してしまった方も大勢いたのはとても残念ですけどね。
ですが、こうして残ったみなさんは、まだまだ頑張らないといけません。ここからまだ上を目指すなら、懸けなくていけないものがあります。
なんだと思いますか?
それは、自分の命です。
それくらいの覚悟がないと人の上には立つことはできないと思ってください。また、その覚悟があれば、良き人材も集まるものです。
さて、前置きが長くなりましたが、講義を始めたいと思います。
今日は未来についてのお話しです。
私も若い時は、未来が見える望遠レンズのようなものがあればいいのにと考えたりしておりました。未来が覗ければ、なにかと便利ですからね。
ですが、そんなものはどこにもないと気づいたのです。
もしも未来があるとすれば、それは、あなたたちの頭の中です。どんな未来があなたたち自身を笑顔にしてくれるのか。また、あなた方の子どものたちが笑顔で暮らしているのはどんな未来なのか。それを良く考えてください。
進むべき方向は心が導いてくれます。
思考したときの自分の感情を意識してください。うれしくなったり、たのしくなったりすれば、それは正しい方向です。
逆に、嫌な気分になれば、それは間違った方向ということになます。
そんなときは、正しい方向へ思考を徐々に進化させてみてください。そんな理想の世界が想像できれば、あとは、信念を持って、計画を立て、実行するのみです。成果はあとからついてくるでしょう。
この国が良き国かどうかを判断するひとつの基準は人口です。私たちの世代で減らしてしまった人口を増やすことをひとつの目安にしてみてください。
それには、赤ちゃんというか魂が生まれる先として、選択してくれるような魅力のある国にしていかなくてはいけないのです。資本主義が完璧だとは言いませんが、少なくとも、あなた方の子どもの未来でも変わることはないでしょう。資本、つまりお金に代わる何かに辿りつかないでしょうから。
ただ、これだけは忘れないでください。
資本主義の世の中で、努力をして資本を得る権利は平等なのです。みんなが好きなことを仕事にする能力を身に着け、笑顔で自由に暮らしていけるような国になったら素敵だと思います。あなたたちはまだまだ若い。
素敵な国にするために、今ここで、チャレンジと努力を続けてください。
諦めなければ失敗などありません。
夢を叶える唯一の方法は、諦めずに続けることだけなのです。
そして、本当に大切なのは、過去へのこだわりでもなく、未来への不安でもなく、常に今ここだということをどうか忘れないようにしてください。
素敵な未来の正体は、過去からの学びを踏まえて超えて、今ここを一生懸命生きるということの積み重ねなのです。
さて、今日はクリスマス・イブです。少し早めに終わりにしますので、みなさんも今日くらいは大切なひとたちと素敵なひとときを過ごしてください」
この頃の坂本群馬は、講義の他に世界のいろいろなところへ自らの足を運んでいた。
そして、実際に自分の目でみた世界の情勢をアカデミアで伝え、やがてこの国を背負っていく未来のリーダーたちへのヒントを与えていたのだ。彼らが、より良い未来を創ってくれることを願って。
だが、実はこの時、群馬の身体はすでにボロボロだったことは、本人と信頼できる主治医しか知らなかった。
坂本群馬の余命は半年だった。
以前作ったやりたいことリストのほとんどは塗りつぶされていた。
•自分の葬式でみんなを笑顔にする。
以前、この項目に関して、準備する内容や三人娘にやってもらうことを書き出したが、ついに、それを実行する時がきたのだ。
この日は、三人娘を自宅に招いた。
「三人とも、落ち着いてよく聞きなさい」
「どうしたの?改まって」
「まー、たいしたことじゃないんだけど、パパは、もう、そう長くは生きられないんだ」
三人とも言葉を失った。
「長くないって、どれくらい?」
美穂がやっと口を開いた。
「医者には半年と言われてる」
三人とも声を上げて泣き始めてしまった。
群馬はそんな三人を抱きしめた。
しばらくそうしていたが、徐々に泣き声もおさまってきたようだ。
「落ち着いたかい?」
「うん」
「パパは昔、死ぬまでにやりたいことリストっていうのを作ったんだ」
「知ってるわ」
「そのうちのほとんどのことは達成した」
「うん」
「だから、パパの残りの半年は、アカデミアへ行ったり、旅をしたりしながら、普段通りたんたんと生きるだけでいんだよ。だから、美穂もあゆみも美咲も、いつも通り生活していればいいんだ。何も特別なことなんかない」
「わかったわ」
「それと、あとで、僕の葬儀でやることを美穂のコミュニケーションツールへ送っておくから、その通りにやるんだよ」
「はい」
「よし、じゃあ、今からママの家へ行くよ」
「なんで?」
「れいさんがおいしい料理を作って待ってるんだ。久しぶりに家族そろって、食事でもしよう」
「ママは知ってるの?」
「みんなが来る前に話したよ。それで、こういう流れになったわけ」
「わー、楽しみ」
れいの家に到着した。中に入ると料理のいい匂いがした。
「僕は、まだ、生きてる。今この瞬間を楽しもう。かんぱ~い」
群馬はいつも通りのワインを飲んでいる。家族が全員そろった最後の食事会である。




