最初で最後の一目惚れ
坂本群馬は、これまでの流れをいろいろと考えたてみた。
その結果、やっと結論に達したのだ。
「天が自分に同窓会の音頭をとれと言っているのだろう」
初めての同窓会である。中学卒業後、二十数年経っていたが、今まで誰も音頭をとる者がいなかった。
早速、群馬は同級生の中でも最も信頼できる男、市原清介とコンタクトを取った。清介は、JEの職員としてコツコツと働いて、課長補佐になっていた。JEというのは、公務員と民間企業の中間のような、独特の組織である。かつて野心家だった清介だが、この組織の中でもまれ、そつない人生を送っていた。だが、群馬にとっては、相変わらず腹を割って話せる友なのだ。
この二人から同窓会実行委員会の組織作りがはじまった。まずは、整体師の設楽慎吾、坊主の東貴博、内装業を営む剛田浩をメンバーに加えた。そして、第一回の会議が行われたのだが、急遽、浩が佐々木哲夫という同級生をつれてきた。哲夫は、祖父が始めた鉄工会社、たかほ製作所の三代目だった。会議は、様子を伺いながら進んで行った。そんな流れの中で、急遽参加した哲夫が委員長に担ぎ上げられたのだが、哲夫自身、まんざらでもないようだった。
会議の回数も重ね、委員会のメンバーもだんだんと馴染んできた。だが、群馬と浩の意見が度々、衝突するようになってきたのだ。群馬は根っからのトップダウン志向だが、浩はボトムアップのコツコツ派だ。ついに群馬は言い放った。
「ヒロちゃんのいう通りにやってたら、一生同窓会なんてできないよ。どっちの案でいくか、この場でテツくんが決めてくれ」
場の空気が一瞬氷ついたようだった。この場をうまくまとめたのは、貴博と哲夫だった。
「やっぱり、日にちが決まらないとね〜」
ということで、結局、群馬の案で行くことになったのだ。この一件以来、貴博・哲夫と群馬の関係は深まったが、浩とは少しだけ見えない距離ができた。
だが、皆、いい大人なので、同窓会の後も、同級生かつ良き友人という関係が続いていくことになる。
浩は無借金で、コツコツと事業をやってきた男なので、見習うべきところも大いにある。だが、世の中を変える人というよりは支える人なのだ。実際、浩は目標へ向け努力をし、達成したら目標を少しレベルアップさせるという作業を続けた。こうして少しずつ資産を増やしていったのだ。
そして、少し早めに引退して、地域のボランティア活動を続けながら、家族と共にのんびりとした余生を過ごした。かつて、やんちゃだった中学生は、地域住民の暮らしを支える立派な大人になったのである。確かに、自営業者には魅力的な人物が多いと群馬も感じていた。浩は地道な努力を続けた結果、早い段階で幸せに満たされたのだろう。
一方、この頃の群馬は自分が何者かも何をするべきかもわからず、いつもモヤモヤしていた。
「明けない夜はない」
高校の担任教師が言っていたことを思い出しながら、いつかこの夜も明けるのだろうかと、闇の中でもがいていたのだ。
そんな状態の中でも、同窓会を成功させることが、今現在、天から与えられている使命のように感じていた。同時に同窓会が終わったら、何かが変わるような気がしていたのだ。群馬得意の感覚というものである。たまたま時間だけは自由にコントロールできたのも幸いであった。
「そんなことやってる時間があるなら、仕事したら?」
妻のれいから皮肉を言われながらも、同窓会の実現へ向け、地道な活動を続けた。まずは、住所録の作成である。現住所を登録できるPCと携帯のサイトを作った。それからアドレスとQRコードを入れた現住所登録用の書類を作り、卒業アルバムにある実家の住所に手分けしてポスティングしたのだ。
特に整体師の設楽慎吾が大活躍だった。住宅地図を片手に八割くらいは慎吾が一人で配った。起業したばかりだったので、実は、自分の仕事につなげようという野心もあったのだ。
個人情報について、何かとうるさくなっていたので苦戦もしたが、徐々にリストは集まり出した。しかし、三分の一程度集まったところが限界点だった。ネットや携帯の操作ができない者が、まだまだ多い時代だったことも要因のひとつだろう。仕方がないので、ポスティングで実家があることを確認した者には、実家へ案内状を送ることになった。
その後、ハガキの返信を待ち、出席者の整理をした。定期的に続けることを考えると、こうして完成したリストこそが一番の宝なのだ。これで、同窓会の八割は終わったと言っていい。あとは期日内に入金が済んでいないものに連絡をして、すべての入金を確認できた時点で九割方終了である。
そして、同窓会当日。
群馬は、ある女性を一目観た瞬間、かつてない衝撃を受けた。
「あんな娘、同級生にいたかな?」
何度も何度も卒業アルバムを見ていた群馬であったが、不覚にも誰だかわからなかったのだ。
不思議な感覚だった。とにかく、彼女はとても美しいひとだった。人生で最初で最後の一目惚れを経験した瞬間である。
だが、実行委員の群馬は、何かと忙しく、彼女が誰だか確かめる余裕もないまま、なんとか無事に会が始まった。
始まったら始まったで、出席者全員にとって楽しい同窓会にしたかった群馬は、ひとりでつまらなそうにしている人へ積極的に話しかけていた。
一方で、ずっと、彼女のことが気になっていたが、彼女は男女を問わず、常にたくさんの人に囲まれていた。どうやら、この同窓会のヒロインは彼女のようだ。
「いたっ」
記念写真の撮影準備をしていた群馬は、誰かとぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ、ごめんなさい」
それは、あの美しいひとだった。近くで観ると、さらに美しく感じた。群馬は名札を確認した。
「玉木さんでしたか」
返信ハガキと入金が遅れて、何度かメールの遣り取りをした名前だった。
「はい。あっ、返信ハガキも入金も遅れちゃってすいません」
「同窓会は遅れなくてよかったです」
「万象練り合わせて、遅れないようにがんばりました」
「楽しんでいってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
もっと話したかったが、残念ながら、群馬には、まだやることがあった。
二次会での群馬は飲み物係を忙しくこなしていた。当然、誰かとゆっくり話す時間もなかった。そのうち会は、お開きとなり、彼女もいつの間にか帰ってしまった。群馬たちは三次会のカラオケへ行き、最後に清介と慎吾と三人でラーメンをすすって帰宅した。
結局、彼女とはぶつかった時に少し話しただけだったが、帰りの車の中でもずっと彼女のことを考えていた。
天が群馬に同窓会を開催させたのは、彼女と出逢わせるためだったということをこの時はまだ誰も知らない。