血よりも環境
坂本群馬の子どもたちは、皆、優秀だった。上から美穂、あゆみ、美咲の三人娘である。
「大きくなったら、何になるの?」
群馬は子どもたちに、いつも尋ねていた。
早くに夢を見つければ、それだけ有利になると考えていたからだ。また、幼い頃からクモイ式の学習塾に通わせていたので、自ら進んで自学自習することも身についていた。そのため、学校の成績も優秀だった。坂本家では、テストで80点以下を取ると、小遣いから罰金を払うことになっていたのだが、実際に払ったことは一度もなかった。
時は文無し群ちゃんの時代に遡る。長女の美穂は11歳だ。
「大きくなったら、何になるの?」
「モデル」
美穂は幼い頃から、こう答えることが多かった。
だが、あまり小さい頃にデビューすると、子役のイメージが強くなり、それから抜けるのが大変だからと、群馬から待ったがかかっていた。それが、この年に解禁されたのだ。
美穂は、早速、雑誌の読者モデルに応募したり、オーディションを受けたりといった活動を始めた。群馬は、影ながら応援していたが、妻のれいは、全面的に協力していた。その甲斐もあって、雑誌などに徐々に露出するようになっていったのだ。
また、報酬と交通費などの経費を自分で計算させるようにした。資本主義の世の中で、自分の仕事がどれだけの価値になるのかを感じてもらうということと数字に強くなってもらうことが目的だったのである。
美穂の仕事は、徐々に増えていった。現場での評判もいいようだ。幼い頃から群馬の講釈を自然と聞かされていだので、世の中の仕組みをなんとなく理解していたのかもしれない。全体の中での自分の役割をしっかりこなしていたのだ。同年代の子どもには珍しく、重宝されたのだろう。
そして、中学生になった頃には、そこそこの人気モデルへと成長していた。
一方、群馬は、アジア諸国に押されつつある日本の未来を心配していた。音楽・ファッション・芸術などのカルチャーを国を挙げて支援している韓国にも差をつけられると感じていたのだ。
カルチャーを各国で先導させ、その後で自国の製品をアピールしていくというのは、国家的な戦略にしてもいいほどだ。
だが、日本は、このようなカルチャーをサブカルチャーとして、軽視しすぎていた。
「カルチャーとビジネスをもっと融合させるべきなんだ。まずは美穂がもっと有名になって、世界で活躍しなよ」
「できるかな~」
「美穂ならできるよ。だって…」
「パパの娘だからなんて言わないでよ」
美穂は群馬の言葉を遮った。
「ハハハ、つっこみ早いね。やっぱり大事なのは血よりも環境なんだ。もちろん、一番大事なのは本人の努力だけどね」
「うん。頑張る」
「よし、じゃあ、メシでも食べに行こう」
さらに続けた。
「美穂のおごりで」
「え~、何で、信じられない」
「冗談だよ。それと、話しは戻るけど、足が長いのはパパ似じゃない?」
「はいはい。身長が思ったより伸びないのもね」
このまま二人で、寿司屋へと足を運んだ。