変態さんはお嫌い?
東貴博と服部加代の重大発表も落ち着くと、本題の第二回同窓会の打合せに入った。坂本群馬はこの時期、日本全国どころか、世界を飛び回っていたので、実行委員から外してもらった。また、貴博も選挙の準備で忙しくなるということで外れることになった。
だが、群馬が外れた真の理由は別のところにあった。
「君のご希望どおり、もう連絡しません」
同級生の玉木碧へ送った最後のメールである。碧には、次回の同窓会も楽しんで欲しかった。だから、群馬は、実行委員からも外れ、同窓会にも出席しないつもりだったのだ。
「前回、女子も実行委員に入れたほうがよかったって誰か言ってたよね」
佐々木哲夫の一言から始まった。
「うん、言ってた」
倉木雄太も思い出したようだ。
「じゃあ、加代ちゃんとみぃちゃんにやってもらえば」
実行委員から外れ、気楽な貴博である。
「やっぱりそうなっちゃうよね」
加代と太田美津子も、ある程度は覚悟していたようだ。
こうして、市原清介、設楽慎吾、佐々木哲夫、倉木雄太、服部加代、太田美津子の六名が実行委員を勤めることになった。
この働き盛りの時期は、それぞれ多忙だが、前回同様楽しい同窓会にしたいということで引き受けてくれた。そして、委員長は、前回も大活躍だった哲夫に決った。相変わらず、清介が会計だ。
「加代ちゃん、清介が横領しないかちゃんと見張っといてよ」
「うん、わかった」
「大丈夫だよ」
清介は苦笑いしていた。
「シンちゃん、実行委員もいいけど、仕事もちゃんとやってよ」
「ハイハイ」
慎吾は軽く流した。
気の会うメンバーが集まれば、こうした準備段階から楽しいものである。
仕事といえば、株の上場を控えたこの時期、群馬は、やけに慎重になっていた。以前のような講釈や法螺話しもすっかり影をひそめていたのだ。このメンバーは、そんな群馬の立場も理解していたのだが、ついに倉木が言った。
「群ちゃん、今の立場も分るけど、昔みたいに法螺話しが出ないとつまんないよ。俺ら、今更、群ちゃんとこの株でどうこうしようなんて思ってないんだからさ」
倉木は群馬にとって恩人である。今でこそオモパロスといえば、上場間近の大企業だが、まったく無名の時代に少し無理してまで出資してくれたのだ。
「そうだよね。このメンバー相手にインサイダーもへったくれもないよね」
さらに続けた。
「先日、勝さんにも、ちょっと話したんだけさぁ。これから、勝さんの情報革命と同時に僕もオリジナルの農業革命を起こすわけ」
「待ってました」
皆、面白がって耳を傾けていた。この時、群馬は、この農業革命を哲夫に手伝ってもらう時がくるかもしれないと感じていた。また、ひょっとしたら、清介のチカラも必要になるかもしれないという漠然とした思いもあった。
なんだか、不思議な予感がしたのである。
続いてカルチャーについて語り出した。
「日本は音楽・ファッション・芸術などのカルチャーを軽視しすぎだよ。本来なら、世界市場で有効に絡めていかなくちゃいけないのに。そういった意味では、他のアジアの国々にもずいぶん遅れをとってるね」
これには美津子が興味を持ったようだ。
あっという間に楽しい時間は過ぎた。みんなが未来への希望で、少しだけ身軽になったようだった。
「いくら?」
誰かの声がした。
それに答えるように、すでに支払を済ませた群馬からいつものキメ台詞が飛び出した。
「金なんか持ってるヤツが出せばいんだよ」
クレジットカードを指の間に挟んでる。
「あの文無し群ちゃんが、ここまで出世したか〜。でも、まだまだ貸しの方が大きいよ」
貴博が言うと、笑いが起こった。
群馬の車の助手席に清介が乗り込んだ。酒の飲めない慎吾は、乗り慣れた運転席だ。
「清介、シンちゃん。僕は同窓会も出席しないけど、よろしく頼むね。碧のこと楽しませてあげて」
「まだ、そんなに想ってんの?俺には信じられないな」
「清介に信じられるわけないよ。だって、僕自身、信じられないんだから。でも、実際に、一日も忘れられないんだから仕方ないね」
「清介、群ちゃんみたいな変態じゃなきゃ、あんなに大きな会社にはならないよ」
「それもそうだね」
二人して笑っていた。
「運命の人なんかじゃないんだ。碧は僕にとって宿命のひと。彼女にとってはそうでなかったとしても」
理解などしてもらえそうもないから、清介にも慎吾にも言えなかった。群馬の中で、常に寄せては返す碧の波。この日は、とても大きな波だった。二人は気付かなかったが、後部座席の暗闇のなかで、一筋の涙が光っていた。