出馬と結婚
この日、久しぶりに数人の同級生が集まっていた。メンバーは、坂本群馬、市原清介、設楽慎吾、東貴博、佐々木哲夫、倉木雄太、服部加代。
それと、東証一部上場企業が展開するブランドの中のひとつを任されていた太田美津子が参加していた。美津子は、やり手だが、無理が重なり体調を崩してしまい、数ヶ月前に実家に戻ってきた。現在療養中である。会社からは、休職扱いにすると言われたそうだが、自分のなかでひとくぎりつけたかったため、退職してから戻ってきた。
また、立場が変わったものもいるので、改めて簡単にメンバー紹介をしておく。
市原清介は、JE職員。課長補佐から課長を経て部長に昇進。同期の中では出世頭。
設楽慎吾は、整体師だが、現在はオモパロスの社員。群馬の秘書兼運転手兼株式公開準備室長。
東貴博は、大酒飲みの坊主。今日は、重大発表があるらしい。
佐々木哲夫は、祖父の代から続く、鉄工会社たかほ制作所の三代目社長。
倉木雄太は、不動産会社の二代目社長で、オモパロスの株主。
服部加代は、花の独身OLで、小銭も貯まっている。今日は重大発表があるらしい。
他のメンバーは、たまに集まっていたようだが、ここ数年、群馬は多忙だったため、久しぶりに顔を出した。この日は、40代半ばで開催する第二回同窓会の打合せだった。
だが、未だに玉木碧のことを忘れることができなかった群馬は、同窓会の実行委員をやるつもりはないし、出席するつもりもなかった。碧へ送った最後のメールには、そういった覚悟も含まれていたのである。
そのことは、このメンバーの中でも、信頼できる一部の人しか知らなかった。
打ち合わせの前に、まず、貴博から話しがあるらしい。
「実はさ、俺、次回の市議会議員選挙に出馬しようと思うんだよね」
「マジで〜」
そろった声の中に、一人だけ違う言葉が混じった。
「やっぱりね〜」
群馬の声だ。
「タカちゃん、僕たちも世間では、それなりのポジションになったし、応援するよ。ただ、タカちゃんの場合、もう少し打たれ強くならないとね。政治家は、打たれてなんぼの商売だから」
貴博は苦笑していた。
「実は、弟が寺に戻ってきてね。少し余裕ができたから、政治の道へ進もうと決心したわけ」
「タカちゃん、決めれば天は味方してくるよ。それに、仏様もたくさん味方してるでしょ?」
みんなから笑い声が漏れた。
次は加代の番だ。
「実はね〜、私、お嫁に行きます」
「マジで〜」
全員声をそろえた。これには、群馬も驚いた。なんでも、相手は半年前に運命的に出会った年下の男性らしい。大げさな披露宴はせずに、身内で式だけ挙げるということだ。思わず、群馬は言ってしまった。
「大丈夫?加代ちゃんの小銭を狙ったサギとかじゃない?」
「失礼ね。大丈夫よ。それと、小銭っていうな」
加代は怒ってみせた。
「いろいろと、経験豊富な加代ちゃんだから大丈夫だとは思うけど…。結婚しても八方美人はやめないでね」
「もちろん、イエス」
加代は、どこにいても誰といても、そつない人間関係が築ける賢い女性だった。そのため、群馬は加代に八方美人とあだ名をつけて、からかって楽しんでいたのである。
だが、それを承知で、対応できる加代は、やっぱり本物の八方美人なのかもしれい。群馬は加代のそんなところが好きなのだ。
詳しく聞いているみると、数年前、有名な占い師にみてもらった内容とまったく同じ時期に、同じシチュエーションで、相手の年下男性と出会ったらしい。本人も忘れていたが、ふとした拍子に思い出し、運命の出会いを確信したということだ。
「ほんとに、人生って良くできたストーリーだよね」
群馬は改めて感心していた。
「加代ちゃん、僕が言うのもなんだけど、結婚についてちょっと語っていい?」
「ぜんぜんいいよ」
「この人となら幸せになれると思っても、幸せにはなれないんだよね。きっと」
「何それ?」
「まー、聞いてよ。結婚するなら、例え幸せになれなくても、この人と一緒にいたいと想える人がいいよ。お互い覚悟もできるし、幸せを手に入れるため、共に成長できるから」
「・・・そっか、そうだよね。いいこと聞いた。ありがとう」
「旦那さまにも教えてあげな」
「うん、そうする」
群馬は心から加代の幸せを願っていた。
「碧と出逢ってなかったら、きっと、あんな台詞出てこなかったろうな」
心の中でつぶやいた。群馬は碧に、これ以上迷惑をかけたくなかったので、みんなの前では、自分の想いを必死に隠していたのである。